第19話 殺気
普通に会話をしていたら突然バンガゴンガが苦しみだして、狂化が始まったと言い出した。
唐突過ぎるだろ……なんか前振りくれよ!?
って、イカン。今はそんなことを言っている場合じゃない。
「エイシャ!バンガゴンガの容体を確認しろ!」
「はっ!」
俺の言葉に即座に動いたエイシャがバンガゴンガの容体を確認する。
その間もバンガゴンガは苦しげな声を上げながら脂汗を出しており……一見すると強烈な腹痛って感じに見えるが……その苦しみは俺には分からない。
ただ、ゴブリン達の集落で見た強化したゴブリンの最後は……バンガゴンガも死ぬのか?
今、こうやって普通に話をしていた相手が?
集落で見たゴブリンの最後を思い出し、俺は言いようのない怒りを感じる。
意味が分からない……なんだ?この理不尽は。ふざけるなよ……!?
たき火が傍にあるにもかかわらず、視界が暗くなっていく……そうかと思えば、フラッシュをたかれたかのように視界が白く弾ける……鬱陶しい……それに身体が妙に熱い……意味が分からん……。
「……」
俺の視線の先ではバンガゴンガが横たわり、その傍でエイシャが真剣な面持ちでバンガゴンガの身体を調べている。その額には汗が玉の様に浮かび、指先が震えているようにも見える。
咄嗟にエイシャに調べる様に命令してしまったが……彼女は神官であって医者ではない。
そもそも病気とかではなく、魔王の魔力とやらが原因とのことだ……原因が魔力だというなら、エイシャよりもカミラの方が適任だったか?
そう考えた俺は、少し離れた位置で神妙な顔をしているカミラの方を見て……声を掛ける直前、はたと気づく。
俺はエイシャにバンガゴンガの容体を見る様に命令した。
その命令に従い、エイシャは全力でバンガゴンガの容体を確認している……にも拘らず俺がここでカミラに命令をすれば……エイシャに役立たずと言っているようなものだ。
エイシャがバンガゴンガの容体を見始めてからまだ十数秒……そんな一瞬で結果を出せって?
俺は馬鹿か?
ここはゲームではないんだぞ?コマンドを選択したら即座に結果が出る訳ではない……ちゃんと理解しろ!ここは紛れもない現実だ!
煮えたぎる頭で、千切れた理性をかき集め必死に冷静であろうとする俺だったが、バンガゴンガがこちらを見ながら苦し気に口を開くのが見えたのを切っ掛けに、内向きだった意識が外へと向かい視界が輪郭を取り戻した。。
「は……はは……」
「バンガゴンガ……?どんな具合だ?俺達にしてやれることはあるか?」
覇王らしくない言動のようにも感じられたが、正直今はかなり感情がギリギリで、いつものように振舞えない。
そんな俺を見ながら、バンガゴンガは苦しげではあるが笑みを見せた。
「フェルズ、そんな……顔をするとはな……。だが……少し……殺気を抑えて……くれないか?そこの……お嬢ちゃんが……怯えている……ぞ?」
バンガゴンガの言葉に、エイシャが肩を震わせる。さっき……殺気?俺はそんなものが出せるのか?殺気がどんなものなのか分からないけど……俺はエイシャを怯えさせていたのか?
そう言えば……俺がエイシャを見ていた時、かなり汗を掻きながら手を震わせていたような……あれは俺の態度に怯えていたという事か。
頭から氷水をぶっかけられたように熱が引いていく。
「エイシャ、すまなかった。バンガゴンガと話がしたい、少し下がってくれるか」
俺はエイシャの肩を軽く叩きながら……出来る限り優しい声で言う。
「は……はっ!」
少し気落ちした様子のエイシャが下がるのを見て、更に申し訳なくなる。ってか、さっきカミラに声を掛けなくて良かったな……もし声を掛けていたらこれ以上の罪悪感に……いや、エイシャへのフォローは後でしよう。今はバンガゴンガだ。
「すまないな、バンガゴンガ。このような状態のお前に気を使わせて」
「いや……少し驚いた……だけだ。だが……そんなお前だから……先程までの言葉が……嘘ではないと……信じられる」
「そうか……」
再び苦しげながらも笑みを浮かべるバンガゴンガに、俺も釣られて苦笑を浮かべてしまう。
「この口調は……許してくれないか……?そちらまで……気が回せ……そうにない」
「気にするな。俺としては堅苦しいのは好みではない。権威を示す必要のある場所でもなければ、友人が気安い口調で話したところで俺は気にしない」
俺の言葉に一瞬苦しみを忘れたかのような表情をバンガゴンガが浮かべる。
「……友人……か」
「バンガゴンガ。俺がしてやれることはあるか?」
「……村の者達を……頼みたい……」
「当然だ。頼まれるまでも無く、彼らは既に我が民。何の心配もいらぬ」
俺の言葉に、バンガゴンガの苦し気なバンガゴンガの表情が少し緩む。
「……感謝……する……。後は……次の村長予定だった……カルモコルモを……呼んで欲しい。俺を送るのは……そいつの……役目……だ」
「……手はないか」
「……ない。一度……狂化したものは……もう……引き返せない……」
そりゃそうだ……何らかの手があれば、バンガゴンガが同胞を手に賭ける筈がないし……今もこうして苦しんでいる筈がない。
だが……何か手はないか?
……狂化……原因……魔王の魔力……バンガゴンガの知識……それ以外の手段……レギオンズに何か良いアイテムは無かったか?
魔力……魔力……魔力……そもそも魔力って何なんだ?レギオンズで魔力と言えば魔石だが……魔法を使う時のエネルギー源ってくらいだ。ゲーム内で特に言及されてはいなかったしな。
それとこの世界の魔力は別物か……?いや、同じである可能性が高い。
何故なら、もしレギオンズの魔力とこの世界の魔力が別物であるなら、魔力収集装置で魔石を生成出来るはずが……ん?魔力収集装置?
魔力収集装置は生物から魔力を吸収しているんだよな?人口が多ければ回収できる魔石の数が増えるのだから……そこは間違っていないだろう。
人が多いと空気中の魔力が増えるとかでなければだが……いや、前にオトノハがゴブリンから回収できる魔力は質が違うと言っていた……やはり人そのものから魔力を吸収していると考えていいだろう。
そして狂化とは魔王の魔力を取り込んで、限界を超えた時になる物だとバンガゴンガは言っていた……つまり、原因は体内にある魔力……魔力収集装置の傍にバンガゴンガを連れて行けば……もしかしたら治るか?
分らん……だが試す価値はある!
「バンガゴンガ!死を受け入れているところ悪いが……俺にもう少しだけ足掻かせてもらえないか?」
「……どういう……ことだ……?」
「お前のその状況……改善する手があるやもしれん」
「……無理……と思うが……当てが……あるのか?」
「あぁ。だが今ここでという訳にはいかぬ。一時間……あと一時間耐えられるか?」
「……俺を……友と呼んだ……お前の言葉だ……耐えてみせる……」
「感謝する、バンガゴンガ。もしお前が助かれば……今後全ての者を狂化から救うことが出来る。だから数多の同胞の未来の為にも、全力で耐えてくれ!」
俺の言葉に、バンガゴンガの目に宿る力が強くなる。
ここからならあの村が近いのか……?いや、村の魔力収集装置はオトノハが撤去して新しい物を設置中だ。城下町の方に行くしかない。
「ウルル!戻ってきているか!?」
ウルルにはゴブリン達の迎え入れの準備をするように伝える為、城に走ってもらった。だが……ウルルであれば既に戻って来ていてもおかしくはない。
「……います」
「よし、バンガゴンガを城に運ぶ!タンカ……いや、テントを張っている布を使って俺とウルルでバンガゴンガを運ぶぞ!エイシャも共をしろ!他の者達はゴブリン達の護衛を続行せよ!」
「御身自ら……」
「問答はしない!急げ!」
諫言をしようとしたエイシャを遮って命令を飛ばす。エイシャには本当に申し訳ないと思うけど、後で謝るから勘弁して貰いたい。
「「はっ!」」
俺の命令に従い、ウルルがテントに使っていた丈夫な布を運んできた。
出来る限りバンガゴンガの負担にならない様に布の上に寝かした後、俺とウルルで持ち上げ二人で運んでいく。
バンガゴンガがもう少し体が小さければ、おんぶでも良かったのだが……体がデカすぎて一人で運ぶのは難しい。ただでさえ弱っている状態でしっかりしがみつけと言うのも難しいだろうしな。
俺とウルルで布を使いタンカの様にしてバンガゴンガを運び、エイシャは落ちない様に支えながらついてくる。
走りにくいなんてものではなかったが、時速三十キロを軽く超える速度で、俺達は夜の草原を走った。
魔力収集装置がダメだったら……城にあるレギオンズのアイテムを総動員してでもバンガゴンガを助けてみせる!
そんな決意をしつつ、俺は必死に走り……三十分もかからずに城まで帰ってきた。
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