第13話 滅ッてしないよ?
気落ちした様子のバンガゴンガが家に戻ってきたのは、結構時間が経ってからだった。
「すまない、フェルズ。大分待たせてしまったな」
「いや、気にしなくていい。それより、一つ教えて貰いたいんだが、狂化とは一体何だ?」
狂化のせいで仲間を殺さなければいけなかったバンガゴンガに尋ねるのは、非常に申し訳ないとは思うのだが……病気的なものだったりして俺達が罹患したらたまった物じゃないからな。
「俺達はかなり遠くから旅をしてきていてな。狂化というのは初めて聞く言葉だ」
「そうだったのか。人族は狂化しにくいらしいが、絶対にしない訳じゃないからな。知っておいた方がいいだろう」
そう言ってバンガゴンガは表情を少し変えた。恐らく……少し疲れた表情から真面目な表情に変わったんだと思う。多分。
「狂化というのは瞳の色が赤くなり、理性を無くし狂暴化してしまう事を言う。魔物や魔族なんかは狂化することが多い。また我々の様な妖精族も魔族に比べると少ないが狂化しやすい」
へぇ……ゴブリンって妖精なのか……バンガゴンガはゴリマッチョで妖精らしさのかけらもないけど……。どちらかと言うとYO!SAY!って感じだな。いや、それも違うか。
なんか頭の中でごついアクセサリーをじゃらじゃら着けたバンガゴンガが、ラップだかヒップホップだかをやっているイメージが脳裏をよぎったが、それを振り払いつつ話を続ける。
「何故そのようなことに?原因は分かっているのか?」
アホな事を考えながらも冷静に話せる我覇王。
「原因は魔王の魔力だ。北の大地にいる魔王の魔力が漏れ出てきてこの辺りにまで届いている。それを無意識の内に取り込んでしまい、限界を超えた時……狂化してしまうのだ」
魔王いるのん?
「ほう……」
魔王いるのかー。ところでどうでもいいけど、魔王って北に居ること多くない?気のせい?
「一度狂化した者を救う手立てはない。また防ぎようもない……理性を全て失う前に逝かせる、それが我々にできるせめてもの手向けだ」
「……すまないな、辛い事を思い出させてしまって。だが、その情報には感謝させてもらう」
「あぁ、気を付けてどうなる物でもないが……いざという時は躊躇するな。尊厳を守る為、理性無き獣としてではなく、愛する者として逝かせてやれ」
「助言感謝する」
いや……無理かなぁ……正直出来る気がしねぇ……。さっきは何かテンション上がってたからかさくさくっと戦えたけど、さっきバンガゴンガがゴブリンの首を落とすのを見た時……ちょっと胃の中とかやばかったし。
やっぱ日常パートで殺伐とした感じなのは無理っスね。
戦ってた時は全然分からなかった血やら臓物やらの匂いが、生々しく感じられたというか……逆に戦っている時は何で感じなかったのか……アドレナリンって奴のお陰か?すげぇなアドレナリン。
「バンガゴンガ。これからどうするつもりだ?」
とりあえず狂化について聞きたい事は聞いたし、話を切り替える。
こういう時、違和感なく元の話に戻せる人って凄いよね?俺には流れをぶった切って強引に話を戻すくらいしか出来ないんだけど。
「……その騎士というのがどれほどの数なのかは分からないが……争えば俺達は滅びるしかないのだろうな。だが村を捨て、人族が入り込まぬ程森の奥に移動するという事は、年寄りや子供は恐らく……」
ぱっと見た感じ子供とかは見当たらなかったが……やっぱいるのか……。
移動して、森を切り開き、住めるように……想像しか出来ないけど、非常に大変そうだ。魔物とかいるし……危険も多いのだろう。
まぁ、俺からすれば好都合だが。
「バンガゴンガ、提案がある。お前たち全員、俺の所に来ないか?」
「……どういうことだ?」
「言葉通りだ。俺の拠点に来い、最低限の衣食住と安全は保障してやる」
城には住まわせないけど……城下町を作ってもらおう。オトノハ達が協力すれば多分出来るはず……街の発展レベルを上げるのは開発部門の仕事だったはずだし。
「先程、お前達は遠くから旅をしてきたと言っていなかったか?」
ソウダッター!
やっぱその場のノリで適当に言うとやばいな……いや、遠くから来たこと自体は嘘じゃないけどさ……。
「……拠点は既にある。今はそこを中心に、情報収集等の活動をしているということだ」
気合でバンガゴンガから目を逸らさずに告げる。
俺はバンガゴンガの表情がよく読み取れないし、バンガゴンガも俺の表情を正確には読み取れない……と信じたい。
「……だが、その拠点というのは人族の拠点だろう?ゴブリンである我々が足を踏み入れられるはずもない」
「問題ない。確かにそこにいるのは人族……」
人族なのかなぁ……いや、今そこに引っかかっている場合じゃないな。
「人族しかいないが、俺の決定に反してゴブリン達を排斥しようとする者はいない。そうだな?リーンフェリア」
「はっ!そのような者はいないと断言出来ます」
俺が振り返りもせずに問いかけると、すぐに返事をくれる。
その返事はありがたいけど……間違ったことをしそうな時は注意してね?俺全然賢くないからね?
そうは思うものの……多分俺が何を言っても全力で肯定しそうなんだよな……うちの子達。
一瞬遠い目をしそうになったが、今は話が先だ。
「不安だろうが、その点については心配しなくてもいい。もっとも会ったばかりの俺を信用するのは難しいだろうが……こればかりは信じてもらうしかないな」
「……少し考えさせてくれ。俺一人で即断できる内容ではない」
「あぁ、構わない。だが、あまり時間がない事を忘れるなよ?いつ何時騎士が攻めて来てもおかしくはないのだからな」
「分かっている。今日中に結論を出す……少し時間を貰えるか?」
「いいだろう」
俺がそう言うと、バンガゴンガは重い足取りで部屋から出て行く。
まぁ、気持ちは分かるがな……。
さて……ここまで出来る限り友好的に接したつもりだが……話し合い次第では血迷って襲いかかってこないとも限らないからな……いざという時の打ち合わせをしておくか。
そう思い俺が振り返ると……何故か全員が恐ろしい目つきでバンガゴンガの出て行った扉を睨んでいた。
「……どうした?」
覇王的にどもるのはマズいので、一呼吸おいてから問いかけた。
「ゴブリンの分際でフェルズ様の御慈悲を即座に受け入れようとしないなどと……フェルズ様、ここは滅ぼすべきではありませんか?」
湧き上がる怒りを抑えつけながらといった感じでリーンフェリアが言う。
いや、考えたり相談したりする時間くらいあげようよ……。
「リーンフェリア。急いては事を仕損じるというだろ?ゴブリン達にとって居を変えるというのは大きな決断だ。ましてやお互いにいい感情を持っていない人族の提案だ。冷静に、気持ちを落ち着けて考えるべきだ。そうでなければ下の者達は納得できない」
「ですが……フェルズ様のお言葉を直接賜っておきながら……」
「落ち着け、リーンフェリア。言ったはずだ、もう一度最初からだと。俺は今や領地も定かではない一城主に過ぎぬ。しかもその身分すら明かしていないのだ、バンガゴンガが信じることが出来ないのは無理もなかろう」
「……」
寛容さというよりも……もう少し相手の状況を推し量れるようになって欲しいなぁ。
「お前達の憤りは俺への忠誠心故だからな、嬉しくは思う。だが交渉の場で己の心の内をさらけ出すのは悪手だ。自制せよ」
「「はっ!」」
……俺も口では言えるんだけどねぇ……それが実践出来れば苦労はしない。
っと、先に話を済ませないとな。
「ウルル。盗み聞きをしているものはいるか?」
「周囲に……こちらを監視している者は……いません」
俺のすぐ傍に現れたウルルに頷いて見せた俺は、念の為と言った話を始める。
「ゴブリン達がどんな結論を出すかは分からぬが、血迷って我らに攻撃を仕掛けてくる可能性もゼロではない」
「その場合は即座に殲滅いたします」
「……ふむ。だが通常の五倍の魔石が取れるというゴブリンを殲滅してしまうのは……勿体ないな」
「では、家畜として飼うのはどうでしょうか?一度牙を剥いた者達に自由意志は必要ないでしょう」
……即座にその発想が出て来るのは怖すぎるのですが?リーンフェリアさん?
「それならぁ、奴隷として労働力にした方がいいんじゃないかしらぁ?自分達の食い扶持くらい自分達で用意させるべきでしょう?」
「あたいもカミラに賛成だね。ゴブリン達から採れる魔石の量は城の維持費に届かない。数を増やすにしても時間はかかるだろうし、働かせながらの方が良いと思うよ」
カミラの提案にオトノハが賛同する。
まぁ……家畜にして飼いましょうよりはまともな意見……だと思う。多分。でも、奴隷って……いいのだろうか?
「……ゴブリン達は、ネズミよりも早く増えるという話ではありませんでしたか?」
ずっと発言する事の無かったエイシャが、頬に指を当てながら小首を傾げて言う。
桃髪幼女のあざとさが半端ねぇっス。思わず頭を撫でたくなったが……タイーホされる未来しか見えない。
「エイシャ、この集落のゴブリンの数から考えて……そんな一気には増えない筈だよ。あのでかいゴブリンの話では十年以上ここにいるんだ。塀や建物の感じから見てもその言葉は信用できる。ゴブリン達の繁殖速度は普通の人と大して変わらない程度だとあたいは見ているよ」
オトノハの言葉にエイシャは少し黙った後、明後日の方向に顔を向けながら言う。
「……つまり、あの村の村長はフェルズ様に虚言を吐いたという事ですね?……どうやらゴブリンより先に滅さなければならないようですね」
滅する!?メッてするんじゃなくて!?
うちの幼女聖職者が超過激派なんだが!?
「エイシャ、落ち着け。学の無い村人の言葉だ。迷信をさも事実であるかのように語っても仕方あるまい。いちいち相手にしていてはキリが無いぞ」
「は、はい」
しゅんといった感じで項垂れてしまったエイシャに近づき、おでこの辺りをぽんぽんと撫でる。このくらいなら許されるよね……?
後神官の帽子を被っているからこの辺りしか撫でられない感じでしたし。
「みょ!?」
不思議な声と共にエイシャが目を見開いて俺を見上げる。
普段は糸目というか、目を瞑っている感じだけどちゃんと目は開くんだな……因みにエイシャの得意属性は聖と光なので髪は桃色、瞳の色は金色だ。
「さて話が脱線してしまったが、ゴブリン達が万が一血迷った場合はカミラの案で行こう。なるべく殺さずに生け捕りに。カミラ、魔法を使えば無傷で捕らえられるな?」
「勿論よぉ。簡単な話だわぁ」
「ならばその場合はカミラに任せる。ウルルはゴブリン達が逃げない様に監視を」
「了解……」
とりあえずゴブリン襲撃パターンはこんな感じでいいか……後は恭順パターンだな。
「オトノハ。ゴブリン達が俺の提案に従った場合、居住区を作るとしたらどのくらいかかる?」
「開発連中は総動員していいのかい?」
「あぁ、今は開発するべきものは無いしな」
「建築資材を城から持ち出すなら一週間もいらないね。建築資材から用意するなら……木を乾燥させたりする時間を考えるとそれなりにかかりそうだね」
木って、切った奴そのまま使ったら駄目なの?
「建築資材は……結構在庫あるよな?ってイルミットじゃないと分からないか」
俺が今ここにはいない内務大臣の名前を出すとオトノハが問題ないというように笑う。
「流石に素材関係だったらアタイが把握出来ているよ。建築素材は999個あるけど、三百人程度の集落なら一個でも余るだろうね」
なるほど……建築素材って街や村の発展レベルを上げるのに使うアイテムだけど、レギオンズの村の最小値が人口千人で、それのレベルを上げるのに資材一個消費だもんな。
「……今後の事も考えて城下町を作る方向で考えてもいいかもしれないな」
「街づくりか……一から造るのは初めてだねぇ」
基本的に元ある街を発展させることしかレギオンズでは出来なかったからな……。
「都市計画はイルミットやキリクと相談してやってくれるか?恐らく今後ゴブリン以外も住まわせることになるだろうしな。民となる候補の種族は……バンガゴンガにでも聞いてくれ。あぁ、勿論人も多く民とするからな」
ケモミミとかエルフ耳とか……そういう種族もいるかしら?是非ともいて頂きたい。
「あいよ」
俺の丸投げにオトノハは楽しそうに頷く。
「それと、魔力収集装置だが……設置にはどのくらい時間がかかる?」
ゲームだと1ターンで建設出来たけど、1ターンって一週間だからな……日数的にはどんな物なんだろうか?
「都市用のでかいやつなら五日って所だね。ダンジョンに設置する小型の奴なら一時間もあれば組み立てられるよ。ダンジョンに置く方は結界装置の方が面倒だからね」
「結界装置?」
そんなものレギオンズにあったか?
「モンスターに魔力収集装置を壊されない様に近づけなくする装置だよ」
「……そういうことか」
ゲームには描かれてなかったけどそういう設定でもあったのだろう。
「街に設置する物とダンジョンに設置する物の違いは、通信機能や拠点間移動機能の有無とその結界装置だけか?」
「あぁ、そうだよ」
「結界というのはモンスターだけに反応するのか?」
「いや、許可した人間以外は通れないよ」
「であれば、森の外の村に設置するのはダンジョン用の魔力収集装置でいいかもしれぬな。我らの支配地域でもないし、拠点間移動や通信機能は必要ない。寧ろ触ることが出来ない様にしておく方がいいだろう」
「なるほど……大将の言う通り、その方が良いかもしれないね」
オトノハが晴れやかな笑顔で笑いながら、今みたいな発想をしなくちゃいけないってことかと呟く。
ゲームの機能をシステム外の使い方で運用するのは、まだ家臣たちには難しいみたいだが……経験を積んで成長してもらえると、俺も助かるな。
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