第12話 四桁の計算はちょっとむずい
近づいて来たバンガゴンガは俺達から少し離れた位置で立ち止まると、何故か黙ったまま俺の事をじっと見ている。
「……」
「……どうした?バンガゴンガ。もう周囲に狂化した魔物はいないだろ?」
「……あぁ。お前たちのお陰で犠牲を出さずに済んだ」
「それは良かった。早めに対処出来て良かったな」
「……あぁ」
犠牲が出なかった割にバンガゴンガの表情が硬い……気がする。多分。
会話が途絶え、またバンガゴンガが俺の事をじっと見つめて来て、非常に気まずいのだが……俺から話しを始めるべきなのか?
出来れば村の中に招待して貰いたいのだが……。
そんな思いが届いたのかどうかは分からないが、バンガゴンガが固く結んでいた口を開く。
「先程の話の続きだが……迷惑でなければ、俺の家でやらないか?」
「俺は構わんが……いいのか?」
「お前達は村の恩人だ。それに最初から誠意を見せてくれていたからな、拒む方が問題だろう。それに何より……」
「ん?」
最後にバンガゴンガが口籠ったのが気になった俺が首を傾げると、バンガゴンガがかぶりを振る。
「いや、何でもない。案内する、着いて来てくれ」
バンガゴンガはそう言うと、ゆっくりと村の方に向かって歩き出す。
それにしてもゴブリンの村か……レギオンズにはそういうの無かった……というか、ゴブリンと会話なんて出来なかったしな。ただの雑魚モンスターだったし。
こんな立派な塀を作ることが出来るゴブリンか……バンガゴンガが着ている服は革製っぽかったけど、アレは服じゃなくて鎧なのだろうか?
革の鎧は確かレギオンズにもあったよな。鉄の剣と同じくカス装備だけど。
そんなことを考えながらバンガゴンガの後を追い、俺達はゴブリンの集落へと足を踏み入れた。
「改めて、フェルズ。礼を言わせてくれ。お前達の加勢のお陰で犠牲を出さずに済んだ。本当に感謝している」
「気にする必要は無い。偶然居合わせただけだからな」
「居合わせただけの人族が、我等に手を貸す理由なぞどこにもないだろう?それにフェルズ。お前が倒した大型の熊の魔物はかなり危険な魔物だった。村に到達されていたら少なくない犠牲が出ていただろう。だから最大限の感謝を送らせて欲しい」
「……そうか。なら素直に受けよう」
俺が倒した大型の熊ってどれじゃろ?最初に斬った奴?最後にヤクザキックで倒した奴?どれもとても大きかったです。違いは分かりません。
まぁ、感謝されるのは良い事だな!
っと……その前に目的を果たさないとな。
「だが……俺はあまり面白くない話をしなければならない」
「……あぁ。聞かせてくれ」
どこか覚悟を決めた様子のバンガゴンガだけど……まぁ、村を捨てて移動して欲しいって話だからな……俺達の実力は見せたし、バンガゴンガとしては逆らえない相手からの勧告って感じだよな。
「お前達が以前追い返した冒険者の話から、森の中にゴブリンの集落……つまりここの事が森の外に住む連中にバレた。森の外……つまり村の連中だが、その者達はゴブリンの集落を恐れて国に騎士の派遣を要請している」
「騎士か……お前達はその国の騎士ではないのか?」
「俺達は唯の通りすがりだ。村の連中が怯え切っていてな、騎士が派遣されるまで我慢できずに調査と可能であれば対処を依頼されたわけだ」
「なるほど……その村人の望みは……我らの排除だろう?」
「村の連中の望みはそうだろうな。だが俺が約束したのは対処であって殺戮じゃない。良い落としどころを考えないか?」
俺のその言葉にバンガゴンガは目を丸くして口を開いている……これはびっくりしているんだよな?
「……お、落としどころと言われてもな」
「だが、見つかってしまった以上、いつかは騎士団が派遣されてきて戦いになると思うぞ?一国相手に勝ち切るのは難しいだろ?俺としては、村を移動させるか、外の連中と交渉するかしかないと思うんだが」
「……交渉は不可能だ。人族が我等の話をまともに聞くはずが……」
そこまで言ったバンガゴンガがなんとも言えない表情で俺の事を見る。
ふむ……言いたい事は分かるが……そんなにゴブリンと人には軋轢があるんだな。結構話せる相手だと思うのだが。
「それに村を移動させると言ってもな。我等は長年ここに住んで……」
「だが……そう遠くない内に攻め込まれる可能性は否定できないぞ?いつか来るかもしれない戦いに怯えて暮らすより、新天地を目指す方がいいのではないか?」
「……」
俺の言葉にバンガゴンガは難しい顔をして腕を組む。
まぁ、酷い話をしている自覚はある……しかし、自分達を発見した冒険者を警告するだけで逃がしてしまった以上、仕方ない事だと思う。
完全に恩を仇で返された形だが……これも世の理……弱肉強食という奴だろう。
個人的にはゴブリン達の人の良さ……人ではないのか?……まぁ、人の良さは好感が持てるし、こうやって話も出来る以上、あまりひどい目にあって欲しくはないのだが、決めるのはゴブリン達であり、村長であるバンガゴンガだ。
とは言え……バンガゴンガが黙り込んでしまって数分。少々居心地が悪いのだけど……どうしたもんか。
そんな俺の思いがどこかに届いたのか、家の外が少し騒がしくなり次の瞬間、扉が開け放たれ慌てた様子のゴブリンが飛び込んできた。
「村長!来客中すまねぇ!狂化が出ちまった!」
「っ!?すぐに行く!フェルズすまないが席を外す!説明は後でさせてくれ!」
部屋に飛び込んできたゴブリンと同じくらい慌てた様子のバンガゴンガが立ち上がり、部屋から飛び出していく。
「なんともせわしないとは思うが……緊急事態のようだな。狂化と言っていたが、この付近に狂化した魔物はいなかったはずだな?」
俺がそう尋ねると、当たり前のように何処からともなく現れたウルルが答えてくれる。
「うん……村の外の魔物じゃ……ない。村の中で……何かあった……」
「ふむ……俺達も行くか」
「「はっ!」」
俺は急いで家の外に出たが、既にバンガゴンガの姿はなくどうしたものかと思っていると、ウルルが声を掛けて来る。
「……案内……する」
流石我らの外務大臣!頼りになり過ぎるわ。
ウルルの後を追い、原付もびっくりな速度で小走りをすること数秒、広場でバンガゴンガが多くのゴブリンに囲まれながら片膝をついている所に出くわす。
バンガゴンガの目の前には一人のゴブリンが横たわっている。
「ム……村長!すま、ネェ!」
「お前のせいではない」
横たわったゴブリンはなにやら苦し気に謝っているが……あれが狂化なのか?
先程襲い掛かって来ていた魔物達とは違い、片目だけが赤くなっているようだが……。
「そ、ソレと!お、おれ、オレの、かぞくヲ!」
「安心しろ。俺が責任をもって面倒を見る。決して飢えさせるようなことはしないと約束する」
バンガゴンガの言葉に、横たわるゴブリンが苦しげながらも笑顔をみせる。
「あり、がトウ……そ、ソロソロ、むりなヨウダ。ウグゥ……むらオサ……たのむ!」
「あぁ、さらばだ!」
バンガゴンガが腰に差していた大型の鉈の様な剣を抜き、横たわっているゴブリンの首を刎ねた。
広場にいるゴブリン達のすすり泣く声が聞こえて来て、俺は彼らに背を向けバンガゴンガの家へと向かう。
流石に部外者である俺達があの場に残っても仕方が無いし、色々と葬式的なものもあるだろうしね。
そんなことを考えながら歩いていると、村の調査をしていたオトノハが向こうからやってくるのが見えた。
「大将?どうしたんだい?難しい顔をしているけど」
「なんでもない、気にするな。調査はどうだった?」
「あぁ……ちょっと面白いことが分かったよ。どうやらゴブリン一匹当たり、普通の人間に比べて生成できる魔石の量が五倍くらいありそうなんだ」
「五倍だと?そんなことがあり得るのか?」
「あたいもびっくりしたんだけど、間違いないよ。普通の人間と比べて魔力が多く吸収できるって訳じゃないんだけど、どうやら魔力の質の問題みたいだ」
「……ふむ。ウルル、この集落にはどのくらいのゴブリンがいるんだ?」
「約三百五十……です」
俺の問いに即返答をくれるウルル。
そうか三百五十……の五倍……えっと千五百の……二百五十で……十倍だから……一万七千五百か!素晴らしい!
「これは是非とも魔力収集装置を置きたい所だが……」
そもそも村の場所を移転するように話をしているところなんだよな。
移転先に設置させて貰えばいいだけの話だが……あの村の村長が言っていたように、ゴブリンは数が一気に増えるって言うのが本当だったらウハウハなんだが……バンガゴンガの話ではこの集落は十年以上存在しているらしいが三百五十人……あの村長適当に言いやがったな?
「いっそのこと、ゴブリン達を城に連れて帰るか?」
「ゴブリンをかい?」
意図せず口を突いて出た案にオトノハが反応する。
「あぁ。城というか……城下だな。そこにゴブリン達を住まわせて魔力収集装置を設置するのは悪くないんじゃないか?」
「ゴブリンを民として迎え入れるってことかい?それはなんとも……突拍子もない考えだね」
オトノハが目を丸くしているが……文化の違いはあるかも知れないが、ゴブリン達は言葉も通じるし野蛮な感じでもないし、別に問題ないと思うけどな?
それに俺達に比べて圧倒的に弱いから、反旗を翻されてもどうにでも出来るし。
「……オトノハ。開発責任者として、柔軟な発想は大事だぞ?」
「も、申し訳ありません!」
俺の一言に顔色を変えたオトノハが、膝をついて謝る。
いや、それほど畏まることじゃないよ?
「オトノハ、謝る必要は無い。多くの事に興味を持ち、多くの事を学び、自由な発想で色々な物を作ってくれ。俺はお前にそう言った働きを期待している」
「はっ!ご期待に添えられるよう、精進いたします!」
「分かってくれたなら立ってくれ。俺は普段の気安い感じのお前が好きだぞ?」
「へ!?あ、いや、その、はい!じゃなくて!あぁ、分かったよ!」
慌てて立ち上がったオトノハが、しどろもどろになりながら答える。
顔が真っ赤だけど……こういうのもセクハラになるのだろうか?
そんなことを考えながら、家に辿り着いた俺はバンガゴンガが戻ってくるまでゆっくりと待つことにした。
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