第5話 異変アリ



 扉を激しく叩きながら俺を呼ぶ声がする。


 緊急のようだが……しかしアレだな。エディットキャラは基本戦闘とかの掛け声しか聞いていないし、声だけだと誰が誰かさっぱり分らんな。


 そんな暢気なことを考えていると、俺の傍で膝をついていたリーンフェリアが顔を真っ赤にして立ち上がった。


「騒々しい!馬鹿者!フェルズ様に対して不敬であろう!」


 リーンフェリアが扉を開きながら外にいる人物に向かって怒鳴りつける。中々の迫力だけど……外にいる子は気にしていないようだな。すぐに騒がしい声が聞こえてくる。


「あ、リーンフェリアちゃん!フェルズ様いる!?大変なの!とんでもないの!」


「落ち着け!マリー!フェルズ様の御前だぞ!何事だ!」


「緊急事態なの!今みんな集まってるの!」


 再びリーンフェリアが怒鳴りつけるが、マリーと呼ばれた少女は全く意に介していないようだ。


「どうした?マリー、何があったんだ?落ち着いて話してくれ」


 俺が問いかけると、パッと笑みを浮かべた少女が俺の方を向く。


 マリー……そして赤髪か。


 身長は俺の胸より低い程度の少女で、顔は童顔。鎧ではなくローブの様な物を着ている事から魔導士だと言うことが分かる。赤髪なので得意属性は火だ。


 俺はエディットキャラを作る際、パッと見で得意属性とかが分かるように髪と目の色を設定している。リーンフェリアであれば金髪に灰色の瞳なので光が一番得意で次が氷だ。


 マリーは赤髪に緑色の瞳なので火が得意で次点が風だ。


 エース級である初期のエディットキャラ達はともかく、キャラがどんどん増えていくと、こんな風にルールを決めておかなければ、毎回ステータスを確認しながら編成しないといけなくて大変だったのだ。


 そんなマリーが、小さい体を精一杯大きく動かしながら何が大変かを説明してくれる。


「フェルズ様!街がね!無くなっちゃったの!全部ないの!壊されたとかじゃないの!最初っから無かったみたいなの!城門の外は草原なの!」


 どういうことなの?


 思わずそう問いかけたくなったが、ぐっと堪えてリーンフェリアに視線を向ける。激昂状態を脱したリーンフェリアだったが、今度は困惑している様子が見て取れる。


「マリー、どういうことだ?街が……消えたのか?」


「そうなの!全部無いの!人も誰もいないの!」


「馬鹿な!」


「本当なの!フェルズ様の帰還を知らせる為に、カミラちゃんが街に行こうとしたら全部無かったの!」


 マリーも慌てているが、リーンフェリアも何が何やらと言った状態だ。


 しかし街が消えるって……どういうことだ?白の国は城のすぐ外は城下町があったはず……RPGパートで歩いたこともあるし間違いない。


 それが草原に……?


 とりあえず、事態は分からないが……動くべきだ。


「マリー!」


「は、はいなの!」


「すぐに城門を閉める様に通達しろ!外に出ているものがいるならすぐに城に戻せ!それと全員武装を整えろ!」


「はいなの!」


 マリーが駆け出していくのを確認せずに俺はリーンフェリアに声を掛ける。


「リーンフェリア、自分の目で見たい。城壁の上に案内しろ」


「お待ちください!今調べさせますのでフェルズ様は……」


「リーンフェリア、俺の目で確かめる必要がある。案内だ」


「申し訳ありません!直ちに!」


 念を押す様に告げた俺の台詞にリーンフェリアが従う。


 先導してくれるリーンフェリアの背中を見ながら俺は混乱する頭を整理する。


 ここは俺が遊びまくったゲーム、ソードアンドレギオンズの世界……リーンフェリア、マリー、そして先程謁見の間に集まっていたキャラ達。それに宝物殿にあったアイテム……全て俺の記憶している通りだ。


 リーンフェリアの話が本当であれば、ここはクリア後の世界。確かに、クリア後の世界の事はエンディングで語られている以上の事は知らない……だから、街がいきなり消えるというような事件が起きていてもおかしくはない。……だが、バッドエンドでもない限り、エンディングで語られるのは繁栄を極めたとか数百年の平和を享受したとか……そう言う感じだったはずだ。


 俺の知らない内にレギオンズの2でも出てたか?いや、ありえないな。俺が知らない訳がない……ならばこの状況は……いや、考えても仕方ないのか?


 そもそも俺がここにこうしていること自体がおかしいのだから……街の一つや二つ消えてもおかしくはない……か?


 しかし……街が消えたとなると……システム的にも問題があるよな……。


「……フェルズ…様……聞いた……?」


 突然後ろから声を掛けられ……辛うじてビクッとならずに冷静に振り返ることが出来た俺はマジ覇王。


「ウルルか。今確認に向かっている所だ」


 俺は足を止めずに話す。当然の様に俺に話しかけた人物は付き従ってくる。


 彼女の名はウルル。身長はリーンフェリアと同じくらいだが、非常にスレンダーな体型をしている。黒髪に銀色の瞳から闇と幻属性を得意としている事が分かる。

 因みに我が国の外務大臣だ。


「……先遣……いくよ……?」


「少し待て、先に確認したい」


「……分かった……」


 それ以上何も言わずについてくるウルル。こんな感じの喋りだが、彼女は立派な外務大臣である。


 因みにレギオンズの外務大臣の役割は、斥候とか暗殺とか……いわゆるスパイ系のトップと言う役職だ。外交努力とかは一切しない、やる時は殺る時だ。


 まぁ、外交に関してはさておき……急ぎ知る必要がある事は……。


「リーンフェリア、ウルル。二人は魔石の保有状況分かるか?」


「も、申し訳ありません。把握できておりません」


「……分からない……イルミット……呼ぶ?」


「……そうだな。状況は分からないが、魔石の数は把握しておく必要がある。頼めるか」


「……任せて……」


「ウルル、フェルズ様は北東城壁にお連れする」


「……了解」


 その返事と共に付いて来ていたウルルの姿がスッと消える。驚いて二度見したがやはり消えた。


 レギオンズにおいて素早さは職業によって固定されていて、装備品で補強することは出来るが、そこまで重視されるものではない。


 今ウルルが消えたのは……早さによるものじゃないよな?ウルルは斥候系の職業で速さは多分全キャラ中一位のはずだが……いくら何でも消える程早くないはず……いや、ゲーム中でも斥候系のキャラはスッと消える様な演出があったから、そういう物なのかもしれないけど……。


 世界は不思議で一杯だな。




 城壁の上に立ちそこから外を見る。


 胸壁って言ったっけ?でこぼこになっている城壁の隙間から見える景色は、確かにマリーの言う様に草原だ。


「街の痕跡は一つもないな」


「はい……草の生え具合からも長らく建造物が無かったことが見て取れます。街道すらない草原……ですね」


 本当に何もない草原……戦争用の地形ではこんな場所はいくらでもあったが……少なくとも主要な城と街はセットだったし、それは白の国の本拠地だって同じだ。


「魔物の姿も見えないが……見たところ危険は無さそうだな」


「はい……ですが、地形そのものが昨日までとは全く違います……一体何が……」


 昨日か……彼女たちにとって昨日とは本当にあった物なのだろうか?その事を訪ねることは出来ないが……今は目の前の現実をどうにかしないとな……。


「やはり、外交官に出てもらうしかないか」


 お上品な呼び名ではあるが、外と交わったら基本的に殺す集団だ。交わらずに一方的に情報を取ってくるのも仕事だ。


「ただし、交戦は避ける様に。何が起きているか分からない状況だ、情報収集を最優先とする」


「……承知……すぐに……でる……」


 リーンフェリアに伝えたつもりだったのだが……いつの間にか俺の傍に居たウルルが、指示を受諾して再び姿を消す。


 ……この外務大臣心臓に悪いな。覇王じゃなかったら口から心臓が飛び出していたかもしれん。


「フェルズ様~、お待たせしました~」


 お待たせしましたと言う割には、覇王並みにゆったりとした歩調でローブを来た女性が近づいてくる。はっきり言って急いでいる感じはゼロだ。


「イルミットか。待っていたぞ」


 このマイペースな雰囲気の女性はイルミット。内務大臣に就任している。


 茶髪の長い髪は波打っているようになっていて随分とボリュームがあるように感じる。そしてリーンフェリアを軽く上回る胸部装甲を携えており、その攻撃力の高さに覇王の視線は奪われがちだ。瞳の色は赤く土属性と火属性を得意としているものの、彼女はリーンフェリアやウルルとは違い戦闘要員ではない。


 我が国では数少ない完全後方支援系のキャラだ。


「はい~御用は何でしょうか~?」


「早速で悪いが、魔石の貯蔵量と生産量を教えてくれるか?」


 先程から俺が気にしている魔石とは、レギオンズにおいて非常に重要なものである。


 この魔石、とにかく何をするにも必要なのだ。


 買い物をするのにも必要。キャラを強化するのにも必要。兵を召喚するのにも必要。魔法を使うのにも必要。武具を開発するにも修理するのにも必要。施設の維持にも必要。


 無くなれば基本的に戦うことが出来ないのでゲームオーバー一直線である。


 そんな何よりも大事な魔石は、月の初めに補充されるのだが……それ以外の入手方法はない。


 魔石のやりくりを上手くやるのが、レギオンズ攻略の第一歩である。


「畏まりました~。まずは貯蔵量ですが~、約一億です~」


「一億か……」


 つまり、ほぼ上限だな。ゲームの時この魔石の最大保有量は99,999,999だったからな。とは言え、これは決して余裕のある数字ではない。


 戦争がはじまるとキャラクターたちは部隊を組んで、兵を召喚することになる。


 キャラ三人で一部隊となり、三人の合計統率力の百倍の兵を最大で配置できるので、リーンフェリアクラスが三人いればその部隊だけで三万五千を超える部隊になるのだが、兵一人呼ぶのに魔石を一個消費する必要がある。更に一回の戦闘で出撃する部隊は三から十……すなわち、少なくとも一戦で十万から四十万近くの魔石を兵の召喚に必要とする。


 一度召喚した兵は魔石に戻すことは出来ず、次の戦場にも連れて行くことが出来ない使い捨てだ。引継ぎを重ねることで上限まで貯めることが出来ているが、一億程度、キャラの強化をすれば一瞬で消し飛んでしまう数字だ。


 なので保有量よりも大切なのは、毎月の生産量なのだが……。


「それと~生産量なのですが~ゼロです~」


「……ゼロ?」


「はい~来月得られることの出来る魔石は~ありません~」


 嘘ですやん……?


 大陸統一しているんだぞ?エンディング直前で、毎月数百万は生産量があったはず……それがゼロだと!?


 毎月の魔石の生産量は、敵の拠点を制圧して街や村に魔力収集装置を建造するか、ダンジョンを攻略して魔力収集装置を最奥に置くことで増やすことが出来る。


 ダンジョンの場合、ダンジョンごとに生産量は決まっているが、人里の場合は人口に比例して生産量が増えていく。具体的には、魔石を使って街のレベルを上げることで毎月の生産量を増やしていけるのだが……それがゼロ?


「魔力収集装置が壊れたのか?」


「若しくは~大陸中が~今目の前にある草原のようになっているのかもしれません~」


「大陸中の街が消えた……?いや、街だけではなくダンジョンも……?何がどうなって……イルミット。今月の施設維持費はどうなっている?詳細はいい、合計だけ教えてくれ」


「四万五千です~」


 今日聞いたイルミットの台詞の中で一番安堵出来る情報だ……維持費が四万五千ってことは、この城の施設のみの維持費しか発生していないってことだ。


 もし、他の街や砦に建設した施設の維持費もカウントされていたら、かなり苦しい所だったが……まだ何とかなる。


 しかし、原因は何だ?統一したのに全部なくなった……?いきなり大陸全土で一斉蜂起された?いやいや、だからって街ごと移動するのは無理だろ……城の周りにあるはずの城下町ねーし……。


 俺は目の前に広がる草原に目を向ける。


 街や村だけじゃない、ダンジョンからも一切収益が無くなっていると考えると……魔力収集装置が壊れたか……城下町と同じように街ごと消えたか……。


 城下町の破壊の跡でもあれば話は簡単だったが……それすらない……このことから考えられるのは……。


「ここは……ソードアンドレギオンズの世界じゃない?」


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