第3話 俺の名は……



 色々な意味で九死に一生を得た俺は、少し寄り道をしてからリーンフェリアの案内に従って宝物殿に来ていた。


 しかし、この城……広すぎるのだが?


 絶対さっきの玉座の間に一人で戻ることが出来ないと思う……後、これだけ歩いたのに、誰一人として会わなかったんだけど……まさか城にリーンフェリアしかいないとかないよね?


 宝物殿を守っているであろう警備兵も見当たらないのですが?


「フェルズ様、こちらが宝物殿です。私はこの場でお待ちしておりますのでごゆっくりどうぞ」


「え?」


 リーンフェリアが宝物殿の一つ手前の部屋で一礼をするのを見て、思わず素が出てしまったが、彼女は真面目な表情で説明をしてくれる。


「宝物殿には、フェルズ様以外入ることが出来なくなっております」


「……あぁ、そうか。そうだったな。では行ってくる」


 そんな設定だったんだ?でも警備兵までいないのはおかしくないかしら?それで安全と言うのなら別にいいんだけど……しかし、宝物殿からアイテムを運べるのは俺だけなのか……めっちゃでかい斧とかあったらどうするんだ?俺一人で運ぶのか?


 そんなことを考えつつ、宝物殿の扉を開いた俺の目に飛び込んできたのは……光。


 目を潰さんばかりの輝きが部屋の中からあふれ出てきて、俺は一瞬目を細める……やがてその光に慣れた俺は、宝物殿に足を踏み入れ見渡す。


 こいつはすげぇ……様々な武器や防具、アイテムが所狭しと置かれている。部屋自体ももっと狭いのかと思っていたが相当広いし……よく見るとちゃんと系統ごとに仕分けされているみたいだ。フェルズは多分A型だな。


 これが全て俺の物……ほんとに何もしなくても生きていけそうだな……そんなことを考えながら近くにあったなんともハイセンスな剣を手に取る。剣の片側が燃え盛る炎のようになっていて、実に厨二心をくすぐるデザインだ。


「確か……フレイムソードだったか?攻撃すると追加で火炎ダメージを与える武器だけど……まぁ、中盤以降は出番のないコレクションアイテムだな」


 俺は手に取ったフレイムソードを元の場所に戻す。傍にはアイスソードやサンダーソードと言った属性違いの武器が置かれていたがどれも性能的には似たようなものだ。


 そのまま広い宝物殿を散策するように歩き回りながら、モニタの向こう側でしか見ることの出来なかった道具の数々に心を躍らせる。


「凄いな……下手したら全種類の装備やアイテムが納められているんじゃないか?低レベルの物から高レベルの物までより取り見取り……もう既にいない筈のキャラ達の専用装備まで置かれているのはちょっとアレだが……お、ここからは主人公専用装備か」


 そう言えば、俺は鎧を着ているけど武器は持っていなかったな。リーンフェリアは剣を持っていたし、俺も一つ強力な奴を持っておくか。


「まぁ、剣でいいか……覇王専用装備は剣だしな」


 俺は一際目立つ位置に置かれた漆黒の剣を手に取る。華美な装飾は一切ない、機能だけを追求した様な剣。だが、どこか気品の様な物を感じさせる美しい剣だ。


「覇王剣ヴェルディアだったか?覇王以外が装備すると能力値を激減させた上、HPがもりもり削れていくという呪われた剣。うーむ……これ以上無いくらい痛々しい設定と名前……だがそれが良い」


 初めて手にしたわけだが……妙に手に馴染む……とか言ってみる。いや、言ってないが。


 しかし、しっくりくるのは確かだ。持ち手がフェルズの手に馴染むようになっているのかな?っていうか俺、剣の使い方とか知らないんだけど……これを持ってて役に立つのか?


「まぁ、いいか。ゲームの通りであれば覇王がこの剣を持てばHPがぎゅんぎゅん回復するし、ステータスは激増。更に状態異常もある程度無効化出来る」


 この剣が無ければ覇王ルートで邪神に勝つのはほぼ無理だろう。なんせ仲間が少ないからな……。


 宝物殿に収められている、多くのキャラの専用装備を見ているとため息が出て来る。まぁ、今の俺にはどうしようもないからな……後はアクセサリーの類を選んだら外に出るか。




「おかえりなさいませ、フェルズ様」


「あぁ、リーンフェリア待たせたな」


「いえ、問題ありません。ところでフェルズ様、この後のご予定は……?」


「……少し城内の様子を見て回るつもりだ。各種施設の場所があやふやだからな」


「承知いたしました。ご案内させていただきます。それと……申し訳ないのですが、最後に謁見の間に向かっても良いでしょうか?」


 謁見の間ってどこだ……?あぁ、他勢力の外交官とかが来た時に表示される部屋か。アレって玉座の間とは違うのかしら?


「ふむ、問題ないが……何かあるのか?」


「はっ!実は先程、フェルズ様がご帰還されたことを伝え、全員謁見の間に集まるように命令を出しておきました!」


「全員って城内の者全員か?」


「はっ!城内の者全員です!」


 それって何人くらいいるんだ……?って言うか、家臣としてエディットしたわけじゃない門番とか料理人とかそういうのも居たりするのだろうか?非常に気になるな……。


「今から行っても揃っているのか?」


「はっ!既に揃っております」


 揃ってるのに城内の案内を先にして、最後に行こうとしてたの?それどんな重役出勤?覇王の権力こわぁ……。


 だけど……どんな家臣がどれだけいるのか非常に気になる……。若干人前に立つのは怖いし……覇王なのに足が震えたりするかもしれんが……やはり気になる。


「先に皆の顔が見たい。謁見の間に行くぞ」


「ふぇ、フェルズ様……」


 今の一言に涙ぐむ要素ありましたか?


 何故か一瞬で涙ぐんだリーンフェリアにたじろいだが、俺は何も言わずに歩き出す。涙を流す女性に、なんて声を掛けたらいいか分からないからだ。


「も、申し訳ありません!ご案内いたします!」


 歩き出した俺にすぐに追いつくと、リーンフェリアが謁見の間まで先導してくれる。


 うむ、助かった……二歩目以降は自信が無かったのでな!


 そんな風にリーンフェリアに先導されることしばし、宝物殿に行った時よりも早い時間で謁見の間に戻ってくる。やはり先程は寄り道をしてしまったからな……直接移動するならこんなものか……多分次は一人で行ける……様な気がしないな。うん。


 城ってあれだろ?侵入者対策の為に複雑にしているとかなんとか……だからまだ覚えられなくても仕方ないっしょ?俺はそう思う。


 そんな感じで俺は謁見の間の前に戻ってきたが……この向こうに、この城にいる全員がいるのか……緊張するな……。


 しかし、そんな俺の思いを置き去りにして、リーンフェリアが扉を大きく開け放つ。


 そして謁見の間に居たのは……ぱっと見では数えきれない程の人間。俺がそう認識した瞬間、その場にいた全ての者が一つの音と共に片膝をついて頭を垂れた。


 えー、音が一回しかしなかったのだが?全員寸分の狂いなくタイミング合っていたのだが?練習?練習してるの?正直恐怖を覚える程の狂気を感じたのだが?


 え?俺ここを進んでいくの?こいつらの前に立つの?正直もっと軽いノリを考えていたのだが?これめっちゃガチですやん?


 しかし……ここまで来た以上躊躇う訳にもいかない……覇王、俺は覇王だ。


 意を決して謁見の間に足を踏み入れた俺は、ゆっくりと玉座に向かって進んでいく。


 俺とその後ろを歩くリーンフェリアの足音以外、何も聞こえないと思っていたのだが……そこかしこで、押し殺したすすり泣く声が聞こえてきている気がする。これってやっぱりあれだよね……?リーンフェリアが最初ぐっしゃぐしゃに泣いていたのと同じことが、あちこちで起こっているってことよね?


 フェルズの求心力が凄すぎて引くんですが……?俺にフェルズ出来るのかしら?外見は覇王だけど中身はただのゲーマーよ?


 マジで無理だと叫びたいけど叫んだら全てが終わります、本当にありがとうございました。次のフェルズ先生にご期待ください!


 とか考えている内に玉座の目の前まで来てしまいましたね……分かったよ、やるよ、やってやんよ、やったったんよ!マジ俺の覇王ムーブ魅せたったんよ!


 俺は勢いよく振り返ると同時に右手を横に振りマントを靡かせる。


 個人的にはかなりかっこよく決まったと思う。星をつけるなら五つだ。惜しむらくは、リーンフェリアを含めて全員が頭を垂れている為、誰も見ていないことだ。


 さぁ、次の手を考えろ……こういう時、俺は言葉を発していいのか?俺は視線だけで左右を確認するが、誰も控えている様子は無い。それにゲームを思い返してみれば、他の国の君主はバリバリ自分で喋っていたし問題ないはずだ!


 まぁ、不安要素は……主人公は喋らないタイプのゲームだったってことだが……大丈夫!だってリーンフェリアとはもう既に喋ったもん!


「面を上げよ」


 出来るだけ声に張りを持たせつつ、低めに出すと言う高難易度な発声にチャレンジした俺の第一声である。


 だが、誰一人としてピクリともしない。あぁ、はいはい、そういうことね。二回言えってやつね?格式美?面倒だわ!


「よい、面を上げよ」


 二度目の俺のバリトンボイスで、謁見の間にいた全ての者が一斉に顔を上げる。やはり動作が揃い過ぎてて超怖い……。


 さぁ、どうする?


 当然だが、何も考えていない……何故なら、頭空っぽの方が夢を詰め込めるらしいから。しかし、こちとら頭どころか中身も空っぽの人間だ……どうする?どうしたらいい?いや、こういうのはノリだ。覇王の九割九分九厘はノリで出来ている!


「皆……俺が誰か分かるか?」


 俺の突然の問いかけに騒めきの一つも起こらない。ただ全員が俺の一挙手一投足を、俺の一声一声を聞き逃すまいと集中しているのが分かる。


 彼らの中の七割が涙で頬を濡らしながら俺の事を見ている。残りの三割は、涙と鼻水でべしゃべしゃになりながら俺の事を見ている。


「俺はフェルズ……覇王フェルズだ!」


 俺はこの時初めて、フェルズを名乗った。


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