第2話 最優先すべきは……

 


 驚いた。


 超驚いた。


 俺が絶叫したら扉が開け放たれ、俺に勝るとも劣らない大声で怒鳴られたのだ。これは誰でも驚くに違いない。だから俺は別にビビりではない。


「「え!?」」


 怒鳴られた俺は、勢いよく振り返り怒鳴り込んできた人物を見る。


 扉を勢いよく開いたままのポーズで固まっているのは鎧を着た女性……髪の毛は長く、染めたのかと言うくらい鮮やかで混じりけの無い金髪だ。目は大きく真ん丸に見開かれ口も大きく開かれたまま固まっているが、その相貌には面白い要素は全く無く……どう見ても美人さんだ。


 しかし……なんとなく見覚えがある気がしないでもない様な気がしないでもない……よし、素数で落ち着こう……いや、それはもういい。


 俺も美女も一言も発する事は無く、たっぷり一分はお見合いを続けただろうか?流石にそろそろ何か言わないと超気まずい。


「……あー」


「フェルズさまぁ!!?」


 先程を上回る大きな声で叫んだ女性は、俺に向かって走り込んでくる。


「え!ちょ!?」


 これはもしかしてあれか?抱き着かれるパターンか?状況はよく分からんが、拒んだりしないぞ?俺は紳士だからネ!


 彼女の胸部装甲は中々の物のようだが……そこでふと気づいた。俺も彼女も鎧を着てるから飛びつかれたら大変なことになるかも知れない……だが俺はそれが鋼鉄の乙女であっても避けたりはしない!ばっちこい!


 しかし、俺のそんな決心とは裏腹に、駆け込んできた女性は俺から1メートル程離れた位置で五体投地の体勢を取る。


「……あれ?」


「ふぇふぇふぇ」


 ……笑い声かな?


「ぶぇるずざまぁ」


 ……ざまぁされた?


「ご、ご、ごき」


 ……Gではないよ?


「ふぇ、フェルズ様!御帰還お待ちしておりました!」


 頑張って言い直してくれてありがとう。


 五体投地の体勢から顔を上げた女性の顔は、涙やら鼻水やらなんやらでびしゃびしゃになっていた。


「……あぁ」


 そんな女性を前に、とりあえず相槌を打つことしか出来ない俺ガイル。


 それはそうと……この女性に見覚えが……それにフェルズって……レギオンズで俺が主人公に付けていた名前だよな……。


 やっぱり俺は、レギオンズの世界に来てしまったのん?


 しかも主人公として……?これは非常にまずい……白の国を選択した場合は自動的に君主で始まり、当然野に下ることは出来ない。


 そしてフェルズと呼ばれたことで思い出した気がする……この見事な金髪と胸部装甲の女性は……。


「……リーンフェリア?」


「はっ!」


 五体投地から片膝をついた体勢に変えた女性……リーンフェリアが小気味の良い返事をする、ただし顔はぐちゃぐちゃだ。


 ……やはり、リーンフェリアなのか。もうそろそろ認めなくてはいけない……ここはやはりレギオンズの世界……しかも白の国だ。


 リーンフェリアは俺がエディットしたキャラクターで、俺がゲームをプレイする際はいつもお世話になっていたキャラだ。周回を繰り返すことで、鍛えに鍛えたキャラではあるが、一周目では彼女も信勝君レベルの強さである。


 ……ん?いや、待てよ?……なんでリーンフェリアがいるのだろうか?彼女はエディットキャラで、周回を引き継がない場合はそもそも存在すらしない。


 白の国を最初に選んだ場合、初期家臣である五名をエディットする画面に遷移するのだ。


 二周目以降はエディット画面に行かずオープニングが始まるのだが……その場合でもこんな始まり方はしない。あれ?どうなっているんだ?


「リーンフェリア、少し確認したい事がある」


「はっ!何なりと!」


「……今は何年だ?」


「統一歴8年です!」


「と、統一歴!?」


 統一歴って……うっそ……クリア後じゃん!


 統一歴とは何らかの方法で大陸が統一された時に始まる年号だ。いくつかのルートを除き、統一歴と言う名前はエンディングでしか出てこない。


 しかも白の国が統一歴まで残っているという事は……大陸を統一したのは白の国ってことで……い、いや、待つんだ俺。落ち着け、素数を……いやそれよりもリーンフェリアに話を聞いた方が良い。


「今大陸はどうなっている?」


「はっ!邪神の軍を退けた後は敵対する勢力もおらず、完璧な統治を敷いております!」


 うはっ!邪神も倒しとる!これ完璧にエンディング後じゃん!


 そして俺はフェルズと呼ばれている。


 俺がレギオンズの主人公に着けた名前だ……これはつまり……俺って大陸を統一した国の国主?これって将来何の不安もないのでは?超勝ち組では?酒池肉林とか出来ちゃうのでは?董卓っちゃう?いや、反乱とか怖いからそこそこにしておこう。極端は良くない……。


 それはそうと、もう少しリーンフェリアに色々確認したい所だけど……あ、待てよ?さっきリーンフェリアは帰還とかなんとか言っていたな……それで邪神を倒しているわけだから……あぁ、エンディングで主人公が神界に残って、後の事は部下達に任せていなくなってしまうって奴だな。


 でもこれはあくまで憶測だし……あぁ、そうだ、これで行こう。


「リーンフェリア。すまない……」


「な、何がでございましょうか?」


「……実は、神界から戻ったばかりで、少し記憶があやふやでな……」


「そ、そんな!?」


「……偶に訳の分からない事を言ったり、知っている筈の事を知らなかったりするかもしれない……サポートしてもらえるだろうか?」


「勿論でございます!このリーンフェリア、何時までも!どこまでも!フェルズ様に付き従いお助けさせていただきます!」


「ありがとう、リーンフェリア。ならば、このまま色々確認させて欲しい」


「はっ!お任せください!」


 リーンフェリアは素直ないい子だね。悪い人に騙されないかちょっと心配だよ。例えば年がら年中ゲームしかしていなかった奴とかに。


 まぁ、それはさておき……色々情報を集めないとな。白の国で邪神討伐ルートなのは分かったけど、そのルートも色々と行き方があるからね。


 一体どんなルートでここまで来たのか……全部聞いてもいいけど……ここは俺の称号を聞こう。レギオンズの主人公の称号を聞けば、大まかにどんなプレイをしてきたかが分かるようになっている。


 賢王とか剣王とか拳王とか……全部けんおうだな……。まぁ、それはさておき……


「俺の称号……俺は今何と呼ばれている?」


「覇王……覇王フェルズ様です!」


 覇王ルートだったぁぁ!


「なるほど……そうか……」


 覇王ルート……同盟国は無く、敵対国は全て滅ぼしたルートで、全ての国の国主の首を刎ねているルートだ……。


 おいおい、フェルズ……なんてことをしてくれたんだ……美少女なあの子や美女なあの人、それに美幼女なあの子も殺してしまっている最悪のルートだ。しかも、しかもだ!覇王状態で邪神ルートに進んだってことは……エディットキャラ以外のキャラクターは全部いないってことだ……。


 何故なら覇王状態で邪神ルートに入ると、エディットキャラ以外のキャラは家臣であろうと既に死んでいようと、全て邪神勢力に取り込まれ敵勢力になってしまう。救済は出来ず、倒すと当然死亡扱いとなり……二度とゲームには出てこないのだ。


 切なすぎるのだが……?


 フェルズ……なんでそんなルート行ったし……馬鹿なの……?どんな心の闇を抱えていたらそんなひどいルートに進めるの?


 折角レギオンズの世界に来るのであれば色んな子に会いたかった……悲しみを背負い過ぎている。


 ……まぁ、でも、切ない情報だけではない。


 白の覇王で邪神ルートクリアなんて一周目では絶対無理な難易度だし、この状況は恐らく何周か周回したくらいの強さがあるはずだ。エディットキャラも初期の五人だけではなく、最低でも四十人くらいはいるはずだ。邪神戦は戦争パートもRPGパートも桁違いに難しいから、周回を重ねてこちらの戦力をしっかりと整えておかないとゲームオーバー待った無しだもんね。


 少なくとも優秀な配下とフェルズ自身の強化は進んでいる……そうだ周回引継ぎの宝物殿に行ってみよう。手に入れた装備やアイテムは宝物殿に行けば全て揃っている、周回分も含めてだ。


 宝物殿の中身によって、俺がどのくらい調子に乗ってもいいかが見定められるはずだ。


「リーンフェリア。俺は宝物殿に……」


 いや……宝物殿ってどこだ?レギオンズの自拠点はRPG画面のように自由に動き回れるタイプではなく、行きたい場所を選べば一瞬で移動が完了するタイプだ。つまり俺はこの城の中で何がどこにあるか分からない、トイレにも行けない。


 ……まずい……そんなことを考えたら催してきた気がする。


 しかし……リーンフェリアに、お手洗いはどこですか?とか聞けるはずもない。そんな覇王はいない。


 だからと言って漏らすのは論外だ、そんな覇王がいてたまるか。


 この世界に来て早数分、ついに最大のピンチが訪れたかもしれない。


「リーンフェリア……宝物殿に案内してもらえるか?どうも城の間取りもあやふやだ」


「な、なんと……神界とはそこまでの場所だったのですね……畏まりました。宝物殿まで案内させていただきます。ですが……少々お待ちいただけますでしょうか?」


「……うむ」


 出来れば早々に案内して頂きたい……そして道すがら、さりげなく重要施設の場所も聞いておきたい。最優先でさりげなくな!


 そんな覇王としての矜持を崩さずに仁王立ちする俺を置いて、リーンフェリアは一度玉座の間から出て行く。その後、何やら遠くから叫び声の様な物が聞こえた気がするが……程なくして戻って来たリーンフェリアは先程までと変わらぬ様子だ。


「申し訳ありません、フェルズ様。これより宝物殿までご案内させていただきます。こちらに」


「うむ」


 やはりじっとしているよりも動いている方が安全だな。よし、さりげなく城にある重要施設について質問しよう。覇王の命に関わるからな。


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