僕のラブコメ小説のために付き合ってください~執筆するために付き合ってくれた文学少女との疑似恋愛は、真実の愛でした~

翔鳳

第1話 僕のラブコメ小説のために付き合ってください

「ああ、大学生活なんて送るつもりなんて無かったのに。最悪だ……」


 梅田銀臣うめだ よしおみは、ベンチの背もたれに身体を預けて空を憎らし気に見つめていた。彼は、どこにでもいるような中肉中背の黒髪短髪の大学1年生である。


「おいおい、4年間も遊んで暮らせる最高の大学生活なのに、何言ってんだお前」


 銀臣の親友である田村康人は、大学デビューした茶髪の少しチャラい恰好をした男だ。身長も高く、爽やかなイケメンである。早速同じ1年生に声をかけまくり、もはや1年生の半分以上はこいつの友達じゃないだろうかとの噂だ。


「僕は高校生の間に小説家としてデビューしたかったんだよ。大学生活は不本意以外の何物でもない」


「はあ? こ────んなに楽しい日々が始まるんだぜ、暗い顔をしているのはどこを探してもお前ぐらいなもんだよ!」


 康人は手を広げて楽しさをアピールしたが、銀臣は頬を膨らませて不満顔であった。


「知っているのか、大学生活ってのは執筆し放題だぞ。座っているだけもらえる単位の講義を先輩からしっかりと聞き取り調査済みだぜ。これもお前のために調べてやったんだ」


「自分のためでもあるだろ、どうせ寝て単位を貰おうとしているんだ。ちゃっかりしているなあ……」


 康人は鼻を大きくして、胸を張った。地味に胸元のボタンをはずしているので、肌が無駄によく見える。


「ふっふっふ、遊ぶための努力は怠らないぜ。4年も執筆していたら、デビュー出来るだろ……知らんけど」


「『知らんけど』ってなんだよ!」


「関西出身の奴に教えてもらった。ノリが悪かったら大学生活もつまらんぜ」


「へいへい、誠意努力させていただきますよ」


 呆れたように銀臣は康人に答えたが、彼のおかげで銀臣は大学で孤立することは無かったので、心の中で深く感謝していた。ただ、正直に言うと恥ずかしいので、感謝を口にはしないで悪態をついて返事をしてしまう。


「さて、俺は未来の作家様である親友の銀臣のためにプレゼントを用意してやったんだ。文芸同好会の奴から聞いたんだが、『最近はラブコメが人気ですね、読みませんけど!』だってよ。書いてみたらどうだ、銀臣先生?」


「ラブコメ? 僕はそんなジャンルに手を出したことがないぞ!」


「おやおや銀臣先生、高校生活中に『僕はどんなジャンルでも書ける小説家だ、もし声がかかったらなんでも書いてみせる』って言っていただろ。あれは嘘だったのか!」


「それはそう言ったけど……」


 銀臣は痛いところを突かれてしまった。彼はwed小説サイトに投稿していたが、よくコメントに『ヒロインが可愛くない、ガチ恋できない』や『そんな状態で恋に落ちないだろw 恋愛素人か?』と散々と書かれることが多々あったのだ。


「どうなんだ、書けるのか?」


「か……書けらぁ!」


「何だって?」


「ラブコメぐらい、1ヶ月もあれば書けるって言ってんだよ」


「言ったな。じゃあ大作を待っているぜ、銀臣大先生」


 康人は彼の肩をポンッっと叩くと、振り返らずに手を振って去っていった。


「見てろよ、最高のラブコメ作品を書いてやるからな!」


~1か月後~


「無理だった。やばい、プロットすらも書けていないし、1行も書いていない」


「おーい! 教科書すらまともに目を通さない文字大っ嫌い人間の俺が、お前の作品を読んでやるぞ。読者様のおなーりー」


「今、1番会いたくない奴が来ちゃったよ」


 笑顔で康人は銀臣に近づいてきた。ネックレスまで付け始めて、どんどんチャラ男に近づいている気がする。


「webサイトに投稿しているんだろ、URL送ってくれよ」


「……出来ていない」


「えっ、何だって? 聞こえない」


 康人は、わざとらしく銀臣の口元に耳を近づけた。


「出来ていないって言ったんだよ! 笑えよ、ポンコツ作家を笑えよ! 雑魚雑魚恋愛未経験素人野郎だよ、僕は!」


 ベンチに横になった銀臣は、子供が駄々をこねるように足をバタバタしていた。


「ハッハッハッハ! 全く、出来ないなら出来ないって言ってくれよ」


「煽られたから、つい…‥」


 嘆息しながら銀臣は答えた。そんな彼の顔を見た康人は呆れたように肩を上下にして首を振った。


「そんなことだと思ったぜ、だから俺様が親友のお前のためにプレゼントを用意してやったぜ」


 まだまだ肌寒い日もあるというのに、アロハシャツのような上着にオシャレなサンダルを履いた康人は、満面の笑みでガッツポーズをしていた。きっと翌月にはサングラスを頭にかけているに違いない。


「本当に、康人と親友で良かったよ」


「そう言ってもらえると、プレゼントし甲斐があるぜ。ところで、文芸同好会には入らなかったのか? 銀臣にぴったりの同好会じゃないか」


「入らないよ。あそこは一部の作家を神の如く奉る宗教法人みたいな連中の巣窟、伏魔殿と言ってもいい。気に入らない作家を鎖国体制のまま攘夷運動するような同好会になんかに入ったら、拗れちゃうよ」


「随分な言い様じゃないか。もしかして入ってみたのか?」


「ラブコメのために、恥を忍んで近づいたんだよ。体験入部って形で行ったけど、作品を媒介にしたワイワイ同好会と言ってもいい。文学賞が発表されるたびに、パーティを開く不思議な連中だった」


 同好会を訪ねた日の事を、彼は思い出していた。ラブコメについて書きたいとの相談は、『ラブコメは邪道、文学にあらず』と簡単に跳ね除けられたのだ。同好会の部屋には祭壇があり、本が祀られているのはドン引きであった。


「【保存用】【観賞用】【布教用】って聞いたことが合ったけど、【祀る用】という世界があることを僕は知ったよ。まあ嫌なことは忘れるよ。で? プレゼントは何さ?」


「おう。プレゼントってのはよ、紹介したい子がいるんだわ」


「康人の事だから、もう近くにいるの?」


 銀臣は周囲をきょろきょろを見渡したが、それらしい人物は見当たらなかった。


「いない、その子は図書館にいるんだわ」


 少しばつの悪そうな顔をして、頭を掻きながら銀臣に答えた。


「いやあ……高校の同級生だから、簡単に誘えると思ったんだけどな。普通に嫌だと言われてしまった。自分から行くしかない」


「同級生なんていたっけ?」


「マジかよお前。同級生ぐらいチェックしておけよな」


「ごめんごめん。心ここにあらずって感じで、何も考えていなかったんだよ」


 銀臣は大学を念のためで受けていて、最後の最後まで作家を夢見ていたのだ。大学に入ると、卒業しなければ親が許してくれないだろう。それが分かっているから大学には入りたくなかったのだ。


「桜井茜って知っているか?」


「ああ、僕の幼馴染じゃないか。幼稚園の頃からの腐れ縁だね、同じ大学を受けているのは知らなかったけど」


「お……お前! 幼馴染は流石に認知してやれよ」


「小学校までは毎日のように遊んでいたけど、中学校からは疎遠になっちゃったからね。うん、僕は悪くない……いてっ!」


 康人は彼をチョップした。少し頬を膨らませ、不機嫌そうな顔を見せている。


「薄情者め、俺のこともそんな感じに軽く扱ったら承知しねえからな」


「ごめんって。さあ、図書館に行こうよ」


「俺は行かねえよ」


「なんで?」


「俺みたいなタイプは苦手なんだとよ。だから銀臣がひとりで行った方が、話が付けやすいだろ」


「分かったけど、僕が行って何を話せばいいの?」


 純粋な目で質問した銀臣であったが、康人は呆れたように答えた。


「文学少女で有名だったんだよ、桜井はな。図書館に住み着いているってまで言われている子だったが、まあ他人に興味のないお前には無理な話か。ほら、早く行って来いよ、この時間はコマが入っていないらしいからな。文学少女にラブコメのなんたらについて教えてもらってこい!」


「ありがとう、この恩はどこかで返すよ。行ってくる!」


 銀臣は、図書館に向かった。特に調べたことは無かったが、大学の図書館はかなり大きい方らしい。他の大学から蔵書のコピーの依頼を受けるほどであると、後から康人に聞いた。


 図書館に入ると、文学コーナーに向かった。そこには大きな机が並べられており、複数人で勉強が出来るようなスペースが出来ている。そこにポツンとひとり、ブ厚いレンズの眼鏡をして、髪を耳から下でふたつ結びにした黒髪の女の子が座っていた。


 控えめな白いブラウスに茶色のフレアスカートをした彼女の姿は、制服ではないだけでこれほど見た目が変わるものなのかと、彼に不思議な気持ちを抱かせた。近づくと彼女が気が付いたようで、本に向けていた視線を銀臣に向けた。


「あ……あの、久しぶりだね。同じ大学にいたなんて知らなかったよ」


 彼女は、少し驚いたような目をした後、少し落胆したように悲しそうな表情になった。


「知らなかったの?」


「ごめん、ちょっと色々あってそれどころじゃなかったんだよね」


「そう……それで、何の用?」


「う……うん、実はラブコメの書き方について教えてもらいたいんだ」


 彼の言葉を聞いた彼女は、少し考えるように下を向いた。


「僕は小説家として、デビューしたいんだよ。このところラブコメが流行っているらしくて、このブームに乗りたいんだ。だけど、ラブコメの書き方が全く分からないんだよね」


「私、たくさん本を読んできたけど、書いたことなんて無いわ。貴方達の界隈で言うところの“読み専”なのよ。だから力になれそうにないわ、ごめんなさい」


 彼女の言葉に、銀臣はがっくりと肩を落とした。彼に残された蜘蛛の糸が、プツリと切られてしまった気分であった。


「うう……僕の大学生活は終わった。ラブコメブームに乗れない雑魚サーファーは、砂浜に打ち上げられたクラゲのように干されるんだ。でも毒だけ残っているから、他人に噛みつく荒らしになるんだよぉ」


 彼女は、ふと何かを思いついたように顔を上げた。少し悪そうなことを考えていたような顔をしていたが、彼は気が付かなかった。


「ねえ銀臣くん。何でラブコメを書けないの? 何でも書けるって言っているのを聞いたことがあるわ。ラブコメだけ書けないなんて変ね」


「う~ん、やっぱり恋愛経験が皆無だからだと思うんだ。ヒロインの気持ちが分からなかったり、どうやって接したらいいか分からない。読者からも、その所は指摘されているんだ」


「剣と魔法の世界に行った人だけ、ファンタジーを書けるとは思わないわ。でもそう思うならそうね……恋愛をしてみたら良いと思うわ。」


「僕が恋愛!? 無理だよ、だって僕と付き合いたいって思う女の子がどこにいるんだよ。取柄もないし、魅力もない。僕が女の子なら、僕みたいな男と付き合いたいって思わないよ!」


「そんなことは無いよ。銀臣くんは沢山良いところがあるから、魅力もきちんとあるから。私に本の魅力を教えてくれたのも、銀臣くんだったもの」


 彼女が慰めるように言ったが、彼の癪に触ってしまったようで、頬がどんどん赤くなっていった。


「だったら僕と付き合って恋愛を教えてよ! 僕がラブコメ小説を書くために付き合ってって言ったら、付き合えるの?」


「付き合えるよ」


「そうだろ、付き合えるわけないって……今なんて言った?」


「付き合ってもいいよ、銀臣くん」


 彼女が少し悪戯っぽく答えた。だが、ブ厚いレンズの奥から見える眼は本気のように見えたが、信じがたかった。本気であることを示すように、彼女が彼に手を差し出した。


「からかっているの?」


「ううん、からかっていないよ。銀臣くんは嫌? それなら、私は引くね」


 彼女は残念そうに手を引く仕草をした。それを見た銀臣は、焦って必死に彼女の手を掴んだ。そして、静寂な図書館に似つかない大きな声で叫んだ。


「僕と付き合ってください!」


「はい、よろしくお願いします」


 戸惑いながらも勢いで告白してしまい、しかも受け入れられてしまった。彼は今起きたことが、現実だとは思えなかった。現実を理解させるかのように、彼女が彼の手を引いた。


「明日になって、やっぱり無しって言うのは嫌だよ。『あれは勢いであって、本当の気持ちじゃない、小説のために付き合うなんて不健全だ』なんて言い出したら、悲しい」


「う……うん、僕の言いそうなことをよく分かったね」


「なんとなく……だよ?」


 恥ずかしそうに、彼女が笑っていた。彼女いない歴=年齢の僕が、まさか大学生活で彼女が出来るなんて思わなかった。ラブコメを執筆するためだけども、一体どんな経験をしていくのかワクワクした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕のラブコメ小説のために付き合ってください~執筆するために付き合ってくれた文学少女との疑似恋愛は、真実の愛でした~ 翔鳳 @shohoo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ