その犬は賢さゆえに自らを狗と呼ぶのか、飼いならされたいヒトも狗なのか

ヒトが卑しむときに言うたとえ。
「お前はお上の狗か!」とか…何かの回し者、密偵。時代劇なんかの例えでもお馴染み。
でもそれは群れに従わぬ”アウトロー”であることへの蔑みであって、狗にとっては飼いならされた犬ではないという矜持でもある”誇り”へのこだわりでもある。
端からは些細なことでも当事者には大きな意味を持つ。誇りでもあり、それゆえに屈辱の証でもある。そして主(人間)から見れば、飼われている犬はすべからく狗なのだ。
だが、狗であるからこそ対等でもある。ただ従うのではなく従ってやってもいるのだ。そこに無条件はない、が「無償の愛」はある。それが狗に甘んじる犬の矜持。
「命がけで働けぬならば狗(密偵)になどならぬ」と時代小説にもある通り、それが”裏切り者”が抱く愛なのだ。
報われるかどうかはわからない。だがそれは餌と棲み処の代償ではない”何か”と引き換えの”ギブアンドテイク”であり飼い主から一方的に与えられるものではないのだ。

そんな狗の心情を短い文節で簡潔に描く本作は、ヒトではないもののモラルをヒトの倫理や道徳を介さず語ってゆく。善悪や正義などでは表せない生き物の愛着や葛藤、理不尽であってもそれに殉じる意気地を描く。

鋭敏な嗅覚を持つ「犬の世界」をヒトの世界は理解できない。そんな一匹の狗の”匂い”を嗅がせてくれる物語。

それは詩のような狗の葛藤を、「ヒトの言葉」でお楽しみあれ。