考える狗
島流しにされた男爵イモ
一、ただの狗
ステンレスのエサ入れが二つ
きらきら輝いて 嗚呼 眩しい
せっかくのお昼寝が台無しだよ
中にはそれぞれ お水とごはん
喰うには困らないけど なんだかな
毎日が息苦しいや
ざーざー聞こえる水の音
近くに川がある
前の寝床もそうだった
帰りたいな
がーがー聞こえる車の音
アスファルトを削って走る
今日もご苦労さん
でも もうちょっと静かにしてよ
キーンコーンカーンコーン キンコーンカンコーン
だから 静かにしてってば
はあ
もうこんな時間か
そろそろ起きようか
チャイムが鳴って 子どもが学校から飛び出してくる
さながら人間工場だよ
そんな工場があったらどうなるんだろうな
世界は人間で溢れるのかな
だったら 処分場も作らないと
おーいワンコ ただいま
いつもの やんちゃ坊主のお出まし
頭を撫でまわさないでよ
痛いし 酔うんだから
これ食べるか 給食の残りなんだけど
パンか
お水がないと パサついて嫌だな
でも捨てられるなら いただいていこうか
わあ 食べた かわいいなー
パサパサを通り越してモサモサ モフモフ カチカチ
さては二日ぐらい 机の中に入れてたな
自分じゃ喰いたくないからって 我儘な子だ
食べ物のありがたみを
また明日ねー ワンコ
あわわ 頭が揺れる
乱暴な人間だ
最近は犬とのスキンシップだのマナー講座だの
知ったかぶりが多過ぎるよ
触られて犬が喜んでいるのは 主人の機嫌を取ってるんだ
体は犬でも 心は狗だ
まあ かく言うわたしも今では狗なんだけど
ガララ 玄関の戸が引かれて主人のご登場
いや もう少しかかるみたい
いつも戸を力強く開け閉めするから ガタがきてるみたい
主人は身を半分乗り出して 戸を下から持ち上げる
押してもダメなら引いてみろ 誰かが言ってた
ガンガン ギィギィ ギギギ ガァァン
だけど 戸は言うことを聞かない
粗雑でいい加減な主人への せめてもの抵抗かな
格闘は一分 二分 三分
おお 存外にやる
なにをまだまだ
わたしは勝手にアフレコ そして欠伸をひとつ
このボケ どんだけ儂を煩わせるんじゃ
遂に決着
主人の勝ち
君も大変だね
ジン なんや飯喰うとらへんやんけ どっか調子悪いんか
ふふふ 子どもからパンの恵みを
なんて喋れないから 適当に説明
ワン
おお 元気そうやないか それ 夕飯に取っとけや
図らずとも通じたようだ
こういうところは主人の長所だ
主人はわたしの首輪にリードをつないで さあ出発
いつもの日課
夕暮れどきの散歩
季節によっては寒いけど もうすぐ夏だから風が心地いい
前まではいつでも散歩 生きるための散歩
でも今は趣味の散歩
風に乗って聞こえる 主人の口笛に心躍る
ちらりと振り返れば ランニングシャツに短パンと草履
白髪混じりの髪を刈り上げた中年の人間
彼がわたしの主人 名前を
あ チャコさん こんにちは
そう 彼の名はチャコ
じゃなくて
一月ぐらい前に わたしを拾った人間
どうして久資がチャコなんて呼ばれるのか 不思議だよね
でも 諸説あります とかでよくわからない
幼少期に発音のせいとか 小柄だったからとか
今は全然 そんな感じじゃないけど
おう
と それは置いておいて今はタバコ屋さんの前
店番は小学生の人間
この店の店主と 主人は同級生らしい
ほんじゃあ ブンタ一箱もろとこか
ブンタ セブンスター 主人の好きなタバコの銘柄
いつもはあまり吸わないのに 明のために買ってあげたんだ
その子かっこいいですね 目の辺りの傷とか
明はカウンターから身を乗り出して わたしを見る
ふふ それほどでも
あ わたしに言ってるんじゃなかったね
おう ジンっちゅうんじゃ こいつは男の中の漢よ
目の傷は 喧嘩のときにできたんだけど
まあ そう見えるならいいかな
でも久資 わたしは漢じゃない 狗だよ
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