二、久資とジン

 明と別れて 帰り道

 急にワォンと聞こえて振り向けば

 遊びたい盛りの小さなご近所さん

 キャンキャン吠えてご機嫌さん


 こんにちは チャコさん


 おお 三原さん あんたも散歩かい


 こちらは三原さん

 近所で畑をやってる

 たまに大根とか胡瓜きゅうりをくれる おばちゃん

 そして こちらがわたしの同族


 キャン キャン


 この子ったら ジンちゃんと会えてはしゃいでるわ


 相変わらずのやんちゃっぷり

 わたしの尻に近付いて挨拶してくる

 だけど わたしは挨拶なんてしない

 馴れ合うつもりはないのさ


 イキるなって思うかい

 ふふ そんなつもりはないよ

 ただ 独りだった頃の癖が抜けないんだ

 外でこんな真似してたら ナメられるよ


 首に喰い付いてやるってぐらいじゃなきゃ


 なんて冗談

 誰かな そんな怖いこと考えてるのは

 少なくとも 今のわたしは温厚だよ

 勝手に挨拶されても 喧嘩を売られても怒らない


 あの頃とはちがうから


 ジンちゃんは大人しいねー この子も静かやったらええのに


 愛嬌あるのも ええやないか


 ふふっ そうねー じゃあ


 小さなご近所さんはずっと吠えてた

 何か伝えたかったのかな

 ここがわたしたちの不便なところ

  なにを言ってるのか わからない

 顔から察してあげないといけないんだ

 君はなにが言いたかったんだろう


 家に帰れば ごはんが待ってる

 ガリガリしてて不味いけど 構わない

 でも なんだかな

 ますます あの頃が懐かしい


 主人は居間で酒盛り

 大きな酒瓶に スーパーで買ったお刺身

 それに今日はスペシャルゲスト

 ピカピカの灰皿さん


 タバコは嫌いだな

 この鼻のおかげで いい匂いだけ嗅ぎ分けられるけど

 それでも 胸がいらいらする

 でも 主人はこれが好きだからね


 百円ライターで頭を軽く炙れば

 みるみるうちに真っ赤っ赤

 主人が煙を吐いて トントンっとすれば

 カスになって散っていく


 タバコの一生はわたしたちと同じ

 頑張っても頑張っても 最期は捨てられる

 でも それでいいんじゃないかな


 自分の一生は地球にとっては塵と同じ

 何度も何度も 過ぎ去っていく

 でも それでいいんじゃないかな


 だって生きてる限りはみんな 誰かの狗なんだから


 なんて思いながら 玄関の隙間から主人を見る

 虚空を見つめて酒をあおっては お刺身を一口

 消えたテレビに埃をかぶったラジオ

 仏壇には奥さんと娘さんの写真


 わたしの前の寝床はどうだったかな

 生い茂る雑草と野良犬たち

 それが招くは喧騒

 はは 主人の今よりは充実してたよ


 今日は終いじゃ 小屋戻れや ジン


 なんて思ってたら 主人の顔が玄関からにゅっと飛び出てきた

 はいはい わかりましたよ

 ステンレスのエサ入れを前足で 玄関の方にやる

 さあ 我が家に向かおう


 玄関から 主人の家の脇のコンクリート塀まで歩いてく

 突き当りには横倒しになった緑のドラム缶

 驚くなかれ これが我が家だよ

 中は毛布が敷いてあるから柔らかい


 きゅっと丸まって空を見る

 今日は満月か

 狼になれるのかな

 なんちゃって


 にしても主人は変わった人間だよ

 こんなわたしを拾って飼うんだから

 人間はお金払って 注射だの血統だの あれこれ気にするのに

 こんな野良犬を なにを好き好んで選んだんだろう


 主人 いや久資


 君は寂しかったのかな

 だから わたしを拾ったのかい

 いい迷惑だよ


 本当にいい迷惑だよ

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