第5話 加護の実力

 まだまだ聞きたい事は山ほどある。

 だが準備も整わず、とりあえず急ぎでやる事があるらしいのでそれやりながら話す事となった。


 「勇者とは魔王を倒す存在でありんすぇ。つまるところ主が戦う相手のほとんどは、魔王の幹部でありんす」

 「なるほど、概ねは分かった……けどなぁ」


 俺は呆れた様に、この現状を見てため息を吐く。草むらに隠れて、獣道を眺めている。

 典型的な待ち伏せだった。


 「もっとなんか工夫できたろ!」


 忍の血が騒ぐ。

 こんなモロバレしそうな場所で隠れていると、こっちが居心地悪い。

 俺は落ち着かない様子で鈴篦孤を見た。

 この場所とは不似合いな程に頑張って隠れている……が、耳が出てんだよな。自分のリーチくらい覚えとけよ……。


 「……にしても、いいのか?」

 「何がでありんすか?」

 「ほら、折角綺麗な着物着てんのに。破れでもしたら大変だろ」

 「意外に紳士でありんすね。でも、大丈夫でありんすぇ。人を待つのに大切なのは、気持ちでありんす」


 そう言ってドヤ顔をした。

 いや、なら待ち伏せはやめよう?


 「でも、こなたの待ち伏せは大事でありんすぇ。なんせ、勇者様を待ってるのでありんすから」

 「萌音を?」


 俺は驚き、鈴篦孤の横顔を見る。

 てっきり萌音を探すところから始まるのかと思ったが、場所は把握してるのか。

 だが鈴篦孤は、釘を刺してきた。


 「でも今から出てくる敵には手を出しちゃいけんせん。そいで勇者様と合流するのは次の街でありんすぇ」

 「……何故だ?」

 「まずは勇者様の実力を知ってほしいんでありんす」


 なるほど。

 律儀な奴だ。俺に心配をかけない様に見守らせるとは……。

 まぁ、最悪俺が出れる距離だしな。少しはコイツを信じよう。


 俺はまだ慣れないこの現実を思い返しながら、ボーッと獣道を眺める。


 萌音との再会。

 感覚的には一日ぶりな気もするが、一度死んだという現実を突きつけられたのも事実。

 この目で見るまでは、どうしても信じ難かった。

 そして俺はアイツの目の前に立った時、どんな顔をして合うのだろう。

 萌音は怒るかな。


 そんな不安を胸に息を呑むと、何やら会話が聞こえてきた。


 「んでね、凄くかわいいんだよ!」

 「来んした……!」


 俺は完全に気配を消した。

 って馬鹿野郎、耳!耳が出てる!

 焦る俺の表情に、鈴篦孤もあせあせと耳を折り込んだ。

 俺は急いで鈴篦孤の頭を引っ込め、地面に伏せる。


 1、2、3……どうやら4人組の様だ。

 全員女性で、ヒーラーと魔法使いだろうか。何やらうさみみの様な少女もいる。そして、その4人組の真ん中には


 「萌音……!」


 元気そうにお喋りする、萌音の姿があった。


 ああ、よかった。

 動いてる。首が繋がってて、今日も楽しそうな笑顔で歩いていた。

 その幸せそうな顔を見て安心する。

 俺がいなくても、十分ちゃんとやれている。

 仲間もいい人そうだ、きっとこの短期間で仲良くなったのだろう。さすが萌音ってところか。


 俺の安堵した表情に、頭を押さえられている鈴篦孤は、少し笑った。


 だが、安心したのも束の間。急に魔法使いらしき女性が俺たちの所で立ち止まった。


 「待ち伏せとはいい趣味ね」


 こちらを向くわけでもなく、淡々とそう言い放った。


 「!?」


 俺と鈴篦孤は焦る。

 なんて奴だ……魔法使いってのはどうやら一忍者のスキルなど足元にも及ばないらしい。

 流石は萌音の……じゃない!

 マズイ……俺一人ならまだしもコイツを置いて隠れるわけには……!


 俺は焦って暴れる鈴篦孤の口と背中を押さえ、極力気配を消す。

 だが鈴篦孤はジタバタとパニックになっており、抑えるだけで気配も消せない。

 お前さっきのドヤ顔どこに行ったんだよ!


 「出てこないのなら、敵って事でいいのね」


 困ったな、どう考えても間に合わない。

 できれば鈴篦孤の言う通りにしたいが、どう足掻いても誤解を招く。


 俺は鈴篦孤から手を離し、覚悟を決める。

 何かを察した鈴篦孤は、落ち着きを取り戻し俺を見た。

 すると


 「バレちゃあしょうがねぇ」


 何やら別の場所から、山賊の様な男たちが十人ほど踊り出た。

 なんだ、待ち伏せの同業者か。趣味が悪いな。

 自分の状況を顧みず、俺は山賊たちに呆れ、鈴篦孤も安心して息を吐く。

 どうやら俺は鈴篦孤に気を取られて、気配に気づけなかったらしい。


 「なんとかなりんしたね……!」

 「……ああ、そうだな」


 ——ピクッ


 「……っ!」


 俺はクナイを作り出し、構える。

 その咄嗟の行動に、鈴篦孤はまた焦り始めた。


 「何をやってるんでありんすか!ここは出ないようにと!」

 「違う、2……3……もう4人だな。高速でこっちに向かってる。これも、お前の知ってる敵か?」


 俺は鈴篦孤に視線を移すと、鈴篦孤は首を横に振った。


 「……いや、完全に予定外でありんすぇ。これはマズイでありんすね」


 鈴篦孤の頬から、汗が伝う。

 目の前の光景は多勢に無勢。完全に人数負けしていた。

 だがその敵よりも、迫ってくる敵の方が圧倒的に強い。単純に五倍くらいだろうか。


 「俺が行く」

 「勇者様の護衛はどうするんでありんすか……」


 俺は立ち上がり、次々と忍具を生成する。

 その横顔を心配そうに眺めながら、俺は笑った。


 「萌音なら大丈夫だ、俺は信じてる。それに、お前の事も少しは信じないとな」

 「……」


 『勇者様の実力を知ってほしいんでありんす』


 鈴篦孤は自分の言葉を思い返したのか、またフッと微笑んだ。


 「分かりんした。ではここは任せてくんなまし」

 「ああ、頼む」

 「それと、これを持ってってくんなまし」


 そう言って、笹に包まれた何かを渡してきた。俺はそれを受け取り、ポーチへとしまう。


 「これはなんだ?」

 「さっき時間がなくて渡しそびれんした、おにぎりでありんすぇ」

 「……後で食うわ」


 この状況で渡すか、普通。

 まぁでも、コイツとの信頼が窺えるからいいか。

 

 「んじゃ、パパッと片付けて来る」


 そう言って俺はその場を立ち去った。




 萌音たちの現場から、二百メートル。

 生い茂る木々の中、向かってくるそいつらは自分の世界の忍者と酷似していた。

 移動方法も忍服も、まるで同じ。


 俺は木の上で立ち止まる。


 すると二人の忍者が、俺を無視して通過した。

 残り二人が俺の目の前に立つ。


 「なんだお前、勇者の仲間か?」

 「……忍者にしちゃ随分と礼儀知らずだな。名乗るときはまず自分からだろ。お前らこそ、魔王の関係者か?」


 そう言ってかまをかける。

 あわよくばこれで情報を吐いてくれるといいのだが。


 「ふん、馬鹿に名乗るほど俺は落ちこぼれちゃいない」

 「そうか、じゃあ俺を無視したあの二人はもっと馬鹿だな」

 「なに?」


 俺はそう言って左手を引っ張った。

 すると後ろの忍二人が木にぶつかる。


 忍具『鋼蜘蛛』

 移動するときに仕掛けておいた。


 「で、お前らは何者だ?」

 「まさかお前……同郷の者か……!」

 「いやいや、ただのしがない……脇役だよ!」


 俺はそう言って四方向に手裏剣を投げた。

 奴らは各々の手段で手裏剣を弾こうとする。


 「グッ……!」


 しかし全員俺の手裏剣を弾けず、攻撃が当たった。


 「お前らいい訓練してるな」


 忍具『陰手裏剣』。普通より小さい手裏剣で、速度も速い。遠近法によって弾くのが困難な代物だ。

 普通の手裏剣のサイズを知ってるからこそ当たりやすい。


 俺は鋼蜘蛛で無視した奴の一人を巻きつけ、もう一人に投げつける。

 これで全方向からの攻撃だけは免れた。あとは背後を取らせないように戦うだけ。

 だが、この忍者たちも負けてない。


 「「分身の術……!」」


 そう言って残った二人が三人ずつ増えた。

 分身……流石に俺の分身とは違って有能だな。


 俺は逆さまに落下した状態で刀を取り出す。


 「忍具『はやぶさ』」

 「刀身の無い……刀?」


 俺の忍具を見て驚く。

 いくら全快とはいえ、生成する忍具のコストは抑えたい。大きいものを作れば、当然消耗は激しい。

 萌音と合流した時までに余力がある方がいいからな。


 僅か0.01mmの『鋼蜘蛛』、普通より小さい『陰手裏剣』、そしてこの『隼』。

 戦うにしては十分すぎるコスパの良さ。


 分身の一体が着地した俺に、襲い掛かってくる。その攻撃を俺はスレスレで避け、隼を高速で振り回した。


 ——シュン!


 すると、分身の四肢がバラバラになり煙と共に消える。


 「馬鹿な……刀身の無い刀でなぜ斬れる!」


 俺は迫り来る分身を次々と斬り裂いた。


 『隼』。それは太さ1ミリの磨かれた刀。

 『隼』を横から見た者は薄すぎてその刀身に気付けない。縦から見ても磨かれているので、鏡のように反射して風景に溶け込む。


 もちろん速く振らなければ折れるし、武器を弾くのには向いてない。


 俺は残り二人の忍に近づき、殺気を全開にした。

 奴らはその殺気に一瞬体を硬直させる。だかもう遅い。


 「猫騙し」


 そう言って思いっきり手を叩いた。

 二人の忍びは驚きのあまりぐらつくが、俺は少し違和感を覚えた。

 妙に体の力が抜けてるなコイツら。


 そしてそのまま、鋼蜘蛛で拘束。

 俺は二人を見下ろした。


 「さて……話をする気はあるか?」


 僅か一分。

 まだまだこのくらいの敵なら序の口だ。

 けど、こんな相手を倒しただけで傲るほど俺も落ちぶれちゃいない。

 しかもさっきの分身で分かった事がある。


 『いいですか唯目様。忍術とは気持ちが表れるものなんです』


 コイツらの、簡単には拭えない苦悩。どうやら、俺と同じ忍の苦しみの中にいるようだ。


 別に敵に情けをかける訳では無い。コイツらは萌音の命を狙った。萌音への危険は排除するべきだ。


 もう二度と萌音は失いたくない……だから、いつも通りに、簡単な事だ。

 ただ、殺せばいい。


 「……」


 しかし、俺はいつまで経っても動かない。

 同情じゃ無い……そうだ、俺は決して同情しない。けど……だけど……


 『変わったな、唯目』


 コイツらが敵にも見えない。


 この世界に『もしも』は無い。

 あるのは過去と後悔、そして死だ。


 俺は二人の前に片膝をついた。


 「仲間が……死んだのか」


 二人の忍は驚いて俺の顔を見た。

 だが一人がすぐに怒りの表情へと変わり、俺を睨みつける。


 「それを知ってるって事はお前……魔王の幹部か……!」

 「誤解してもらっちゃ困る、俺は勇者側の人間だ。分かるんだよ、忍同士」

 「……」

 「話してみろよ。ま、拒否権はねぇけどな」


 睨みつけた男は息を吐き、諦めたのか話し始めた。


 「俺たちの里に、魔王の幹部が来て、勇者を殺すように指示されたんだ」


 男は悔しそうに俯く。


 「……お前らはそれを素直にのんだのか?」

 「……いや、違う。俺たちは反対したが、駄目だった……やがては全面抗争になったが、あの紅さんがやられて、俺たちは降伏せざるを得なかった」


 なるほど。

 里には大量の人質、戦っても倒せずおまけに最高戦力まで失った。そんなとこか。

 そこに乱入してきた俺……お互い様か。


 「それはそうとお前ら」


 俺はポーチの中を漁る。

 忍術で相手の気持ちが分かる。その時、もう一つ感じ取ったものがある。

 俺はおにぎりを出した。


 「食えよ」

 「……なんのつもりだ」

 「腹減ってんだろ。動きにキレがないのもそれが理由だろ」

 「敵から施しを受ける訳ないだろう。それに里の掟で断食中だ」

 「掟?」


 俺は掟という単語に反応し、眉をひそめる。


 「仲間が死んでから四日は何も食っちゃいけねぇ。俺は紅さんが大好きだった……だから、この掟を破るわけにはいかねぇ……お前みたいな何も知らない奴から、絶対貰わねぇ!」


 男は鈴篦孤の作ってくれたおにぎりを足で蹴り飛ばした。おにぎりが宙を舞う。

 だが高速で笹袋をキャッチし、そのまま男の方へと再度歩み寄る。


 俺は男の胸ぐらを掴み、言った。


 「……掟だと?ならその紅って奴は、さぞクソ野郎だったんだろうな」

 「んだと!?あの人は俺の恩人なんだ、お前に何がわかる!殺すぞ!」

 「ああ、そうかよ。でも、その紅って奴はなぁ、お前らに掟を守って欲しくて死んだんじゃねぇ……生きて欲しいから死んだんだ!」


 男はハッと目を開く。

 辛い、悲しい。そんな事は分かってる。

 力がない者はそうやって自分を犠牲に人を守り、歴史を紡いできた。

 けど、俺たち忍が考えるのは、後悔や悲しむ事じゃない。

 どうやって、死んだ奴らに意味を持たせるかだ。


 空腹で任務ができねぇ。それで死んだら元も子もない。


 俺はおにぎりを持ち、


 「食え」


 男の口におにぎりを突っ込んだ。

 男は驚くように、それを口に入れていく。

 すると、涙を流し始めた。


 「うぐっ……!ウメェ……よ!」

 「死んだ仲間に報いたきゃ沢山食え。そして……強くなれ」


 俺は、自分で自分を守る事しかできなかった。そういう家の元に生まれ、守る側として、強くあらねばならなかったから。


 その死んだ奴は、俺と同じで守りたかったんだろう。大切な人を。


 何が掟だ、俺が死んで萌音が断食したなら、俺は化けて飯を食わせてやる。

 大切な人には元気でいて欲しい。それは死にゆく者の願いなのだろう。


 俺一回死んでるしな。

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幼馴染の加護〜脇役は最強の加護でした〜 ルテン @PPKZ

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