第1章 ようこそ、幸村唯目

第4話 ようこそ、幸村唯目

 なんだこれは……走馬灯か……?


 「いいですか唯目様。忍術とは気持ちが表れるものなんです」

 「気持ち?」


 これは過去の記憶。

 それは、節子さんが初めて俺に修行をつけてくれた日の事だった。俺はまだ小さく、弱かった。

 この頃、一家の存在意義しかなかった俺は萌音と出会っていない。


 「ええ、気持ちによって術は姿を変えます。例えばこのように」


 そう言って節子さんは自分自身を花びらへと姿を変え、気づけばその光景を見ている俺の前へと立っていた。


 ……どうやら俺はあの術にやられたらしい。何故だ……何故かこの技だけは見ても覚えられない。


 「そして強さもまた、持つ理由によって変わるのです」


 まるで俺が見えてるかのように、そう言った。


 それと同時に、俺の視界は花びらが一面を覆い何も見えなくなる。そろそろ死ぬのかな……節子さん、アンタの気持ち伝わったよ。


 全然、痛くなかった。




 「やっと起きたでありんすか」


 そう言って、誰かが俺の頭を撫でる。

 なんだ、親にも撫でられた事ないのに……!


 ってまぁ、触れてくる奴大体殺しにくる奴だったからな。人肌なんて怖くてしょうがない。

 だが目を開けると、そんな俺を穏やかな顔で撫でる着物姿の女性の姿が目に映る。

 俺の不思議そうな顔に、彼女は答えた。


 「少し寂しそうな夢を見てそうでありんしたんで、撫でてただけでありんす」


 そう言って、扇子で口元を隠した。

 俺は起き上がると自分の服を捲り、傷口を確認する。

 傷がない……それどころか制服の破れた跡も、忍具もない。


 状況が飲み込めない俺に、女性は扇子をピシャッと閉じ、俺に言った。


 「最強の加護が居るから出迎えろと言われてここに来んしたが、こな子供衆に勇者の護衛が務まるのかぇ?」


 ジロっと俺を見た女性は、胡散臭そうに俺に近づいてくる。

 だが俺も女性をジロっと見返して気づく。


 女性の耳は俺とは違い、頭から生えておりその形はまさに獣。となれば尻尾も生えており、その毛並みから人狐か何かだと悟った。


 薄く紫がかった髪に着物……顔は整い綺麗だが、どうもこの状況ではそうも感じていられない。


 「ふーむ、にしても随分とめんこい顔でありんすね。護衛といわすよりはペットでありんすか」


 そう言って俺の頬をつついた。

 なんだコイツ、距離感近くてアイツを思い出す……一発殴ってもいいかな?

 目の前の女性は独り言ばかり言いやがる。

 言動から察するに、俺を待っていたのか?何か知ってそうだ。


 「なぁアンタ。ここはどこなんだ?」

 「ここは異世界でありんす。わっちはぬしのお目付役として出された付き人でありんすぇ」

 「意味わかんねぇ……」


 俺は頭を抱えて、しゃがみ込む。

 地面には綺麗な芝生、深い木々たち。ここは森の中か……悪い夢にしては上出来だ。

 おまけに俺は死んだ筈……こんな着物女とあの世で話すなんて望んでない。

 あー、何も考えたくねぇ〜。


 「わっちの名前は鈴篦狐すずのこ。主にはある者の護衛をして貰うべく生き返って貰いんした。ぜし、その力を存分に奮ってくんなまし」


 そう言って耳をピコピコと動かした。

 護衛だと?

 それは散々俺が苦労した役目だ。何を分かってて俺に指図しやがる。

 役目を守れなかった俺は最弱の忍だ。


 『変わったな、唯目』


 俺は険しい顔になり、拳を作る。

 今の俺には護るものも、護りたいものもない。

 これから先、仮に護衛をやったとして何が得られる。いや……得られるとは限らない。俺はまた失うかもしれない……


 死んだ萌音と同じように。


 「断る、俺はもう任務を辞めたんだ。異世界だがなんだか知らないが、生き返ったってんなら、俺はのんびり余生を過ごす。『大切な人』の意味も理解しなきゃいけないんでね」


 そう言って、俺は適当な方向へ歩き出した。その後ろ姿を鈴篦孤はじっと見てまた扇子を開く。


 「それは困りんした。急いで他の護衛を探さないといけんせん……とはいえ優秀な護衛じゃありんせん限り、勇者様は苦労するでありんしょうね〜」


 もういい、疲れた。

 護衛だって誰かがやってくれる。勇者には勇者の護衛がいるのだ。それは決して、俺である必要はない。

 俺の興味のない後ろ姿に鈴篦孤は、目を閉じる。


 「でももし、勇者が魔王軍に負けてしまいんしたら……」


 鈴篦孤は目をキッと開け、こう言い放った。


 「打ち首になってしまうかも、しれんせん」


 足が止まる。

 どうした、俺……何をやっている。

 これからしっかり羽を伸ばすんだろ?せっかく異世界に居るんだ、仕事の反省なんかしないで……ゆっくり……


 「……くそ」


 打ち首。萌音のあの時を思い出すと、今でも全身が震えそうだ。あんな思い、二度としたくない。

 でも、そのトラウマから逃げたい自分と、同じトラウマを阻止したい自分が入り混じっていた。

 できる事なら勇者にも、萌音のようにはなって欲しくない。そして、その恐ろしさを知ってるのは、自分しかいない。


 俺は深呼吸をする。


 『唯目は凄い人だ!私は尊敬してる!』


 あの言葉が俺を諦めさせてくれない。

 結局俺はまだ、幸村唯目のまんまなんだ。

 なぁ萌音、まだ俺を尊敬できるっていうのなら……


 俺は振り返る。


 「……その話、聞こう」

 「さすが、やっぱり面白い男でありんすね」


 俺はもう少し、幸村唯目でいようと思う。


 「めんこいは撤回しんす。主は漢でありんすぇ」

 「そりゃどうも、家の教えですがね」

 「ではまず、主に護衛して貰う凪宮萌音について説明しんす……彼女はこなたの世界の勇者様でありんす」


 …………………………は?


 萌音?今萌音って言ったか?

 俺の驚く姿に、鈴篦孤はクスクスと口元を隠し笑っている。


 「ど、どういう事だっ!?」

 「そのまんまの意味でありんすぇ。主の護れなかった凪宮萌音を、次は勇者として護衛してもらいんす」

 「待て、生き返ったのか!?」

 「そうでありんす」


 そう言って鈴篦孤は微笑みながら首を縦に振る。

 なんて事だ。俺と同じく生き返り、しかも同じ世界にいる!

 俺は完全にフリーズして、俯いた。


 「そうか……生き返ったのかっ!」


 鈴篦孤は否定せず微笑み続ける。


 「……でも、それを先に言えば俺に護衛させるのも簡単だったろ」

 「そうでありんすね。でも、見ず知らずの他人を助けようとするその心が、知る資格を得たでありんすぇ。勇者様の尊敬される人が、人でなしじゃあ面子が立たんでありんしょう?」


 俺は鼻で笑い、鈴篦孤を見る。


 「試したな?」

 「生憎、化かすのは得意でありんすぇ」

 「……それを知らずに俺が諦めたらどうするつもりだった?」


 化かされた仕返しに、少し意地悪な質問をした。

 だが鈴篦孤は、これまた表情を変えずに自信を持って答えた。


 「それはありんせん。だとしたらなんで、手裏剣をもって散歩に出るんでありんすか?」


 そう言って扇子で俺の左手を指す。

 俺は手を開けると、物質で作った手裏剣が握られていた。

 


「不器用な男でありんすね、主みたいな人がそうやって嘘をつくときは、何かを護るときだと決まっていんす」


 そう言って、力の抜けた俺の左手から、手裏剣を取り上げた。


 「修行ばかりでなく、僅かは自分の体を労ってくんなまし」


 そう言ってまた俺の頭を撫でた。

 俺はあまり人に心配された事がない。大抵の事は、難なくこなしてしまうから。

 だから孤独に苦しもうが、誰も心配しなかった。

 唯目は大丈夫、この子は天才だ、と。


 「これでも二百年生きていんす。子供衆が背負うにしては重すぎる重役でありんすぇ。 わっちはそんな主なら支えてもいいと思っていんす」

 「……ありがとう」

 「素直な所はめんこいでありんすね」

 「……うっせ」

 「では改めて」


 鈴篦孤は微笑み、扇子を広げ、大きく横へ振った。

 その風圧が強めに俺の肌を撫で、気合いを入れた。


 「こなたの世界へようこそ、幸村唯目!」

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