優しい嘘つき
元 蜜
私の好きな人は優しい噓つきです
「楓ちゃんって、どんな人が好きなの?」
「そりゃあもう、顔が格好良くて、優しくて、年上の人!」
「えー! そんな人芸能人以外でいるわけないじゃーん!」
「やっぱそうかな~」
私、
同じ部活に憧れの先輩はいるけれど、いまだ憧れ止まりで、まだちゃんとした恋はしたことがない。
「おーい! そこの二人! しゃべってばかりじゃなくて、ちゃんとボール拾いなさーい!」
先輩に怒られて、私たちは慌てて足元に散らばったテニスボールを拾い集める。
私は中学校に入学してからテニス部に入部した。未経験者の私が‟なぜテニス部なのか”というと、理由は簡単。入学当初にあった部活紹介で男子テニス部の先輩に一目惚れをしたからだ。そんな不純な動機で入部したものだから、入部して3か月経っても一向にテニスが上手くなる気配がなく、今もこうして球拾いをしているわけだ。
私はボールを拾うフリをしながら隣のコートを盗み見る。コートの中央に憧れの先輩を見つけた。はきはきした声でみんなに指示を出している。
「は~……、いつ見てもやっぱ格好良いなぁ」
「柊さ~ん! あなたの先輩は私ですよ~」
私がまた隣のコートを見つめていることに気づき、先輩が大声で叫ぶ。私は『ごめんなさ~い』と謝りながら先輩の元へと駆け寄った。そのやり取りを見て部員のみんなが笑い、私もそれにつられて笑った。
私は明るく元気が取り柄の女の子だった。風邪だって滅多にひかないのが自慢だったのだが、ここ最近、自分の体調の微妙な変化に気づいた。
朝になると軽い眩暈に襲われるようになり、軽く運動しただけで動悸や息切れをするようになったのだ。しかし、その症状はすぐに治まっていたため、『貧血気味なのだろう』と思い母にも相談をしなかった。
そんな症状が出始めてしばらく経ったある日、私は部活中、突然の寒気と目眩に襲われ立っていられなくなりその場に倒れ込んだ。部員たちが私を取り囲み、その間を縫って先生が私の近くに駆け寄る。
「か、楓ちゃん!? 大丈夫!?」
「おいっ! 柊! どうした!? しっかりしろ!」
薄れゆく意識の中、みんなの大慌てな声が聞こえていた。
◇ ◇ ◇
「楓! 大丈夫!?」
次に目を覚ました時、私は病院のベッドの上にいた。
両親が私の顔を心配そうにのぞき込む。
「だ、大丈夫……。私、どうしちゃったの?」
私はぼんやりとした頭でそう尋ねた。母が言うことには、私は部活中に倒れそのまま意識を失ったため病院に救急搬送された。その後謎の高熱が続き、丸2日間意識が戻らなかったそうだ。
意識が戻ってからすぐに担当医師が看護師を連れて病室にやって来た。私は思わずその先生を二度見してしまった。
黒髪のサラサラヘアー、オシャレな黒縁眼鏡、背もスラっと高く、柔らかな雰囲気を持つイケメン。先生は私の好きなタイプをそのまま形にしたような人だった。
「楓ちゃんの担当医です。『カナタ先生』と呼んでくださいね」
先生は私の現状を説明し、両親に会釈をすると病室を出て行った。その途端、私は興奮気味に母に話し始めた。
「ねぇ、お母さん! 先生めっちゃ格好良くない!?」
私は病み上がりのくせにそんな能天気なことを言った。母はそんな私の様子を見て、『先生のおかげですぐに元気になりそうだね』と苦笑いをしていた。
その母の予想は的中し、先生のおかげで私の体調はみるみるうちに良くなっていった。
先生は格好良いだけじゃなく、とても優しいお医者さんだった。辛い点滴治療だって先生が励ましてくれるから頑張れた。
入院して2週間ほど経ち私の体調も落ち着いてきたので、お友達のお見舞い許可が出た。
早速連絡を取ると、すぐに仲良しな友達が大量のプリント教材を持ってお見舞いに来てくれた。
「倒れた時は心配だったけど、めっちゃ元気そうだし、イケメン先生にも担当してもらえて良かったじゃん!」
「本当、倒れてラッキーって感じ!」
「ねぇねぇ、早く告白しなよ!」
「えー? 恥ずかしいよぉ!」
私たちの笑い声が病室に響く。その楽しそうな雰囲気に誘われるかのように、先生が病室を覗き込んだ。
「今日はなんだか賑やかですね」
「あっ、カナタ先生! 今日は友達がお見舞いに来てくれたんです!」
「それは良かったですね」
先生はにこやかに私たちの様子を眺めていた。すると友人がちょんちょんと肘打ちしてきた。私は友人の顔を見て力強く頷く。
「カナタ先生! 大きくなったら私と結婚して!」
友人は『いきなりプロポーズかよ!』と突っ込んでいたが、私はそれを無視した。
「僕は大人の女性がタイプなので、お断りします」
「えっ!? ‟大人の女性”ってあの人みたいな……?」
私はたまたま通りかかった看護師長をこっそり指さした。看護師長は50歳くらいのベテラン看護師で、テキパキとした動きで新米と思われる看護師に指示を出していた。
「ちょっと大人すぎますね……」
先生は苦笑いをした。
「カナタ先生! 探しましたよ! おや? 私の顔に何か付いていますか?」
私たちが顔を見合わせ笑っていたので、それを見た看護師長は訝し気に自分の顔を触った。その姿を見て私たちはまた笑う。病室は笑顔で溢れていた。
初めての告白は3秒待たずしてはっきりと断られてしまったけれど、私はその後もめげずに先生に何度も告白をし続け、その都度玉砕した。
◇ ◇ ◇
そして入院して早くも1か月が経った。体調は良いのだが、なかなか退院の許可が出ない。
今日も学校から出たプリントをしながら過ごしていた。すると、看護師さんが病室に来て真面目な表情で母を呼んだ。
「楓ちゃんのお母さん、ちょっといいですか? 先生から検査結果の説明をさせていただきます」
私はその重々しい雰囲気に少し怖くなった。
「この間の検査結果、良くなかったのかな……?」
1時間以上経って母がようやく戻ってきたのだが、私はその顔を見て驚いた。母の目が真っ赤に充血していたのだ。
「……なんかあったの?」
「なんでもないよ。目にまつ毛が入っただけ」
母は私に嘘をついた。きっと私のことで良くないことが伝えられたんだと直感した。
それからの日々は検査ばかりで、痛い注射を何本も打たれた。
私は辛くて毎夜泣いて過ごした。
そのことを知ってか知らずか、先生はよく病室に顔を出してくれ、私は先生の笑顔で何とか辛さに耐えることができていた。
◇ ◇ ◇
入院生活が半年も過ぎようとしていた。
私は段々と体力が落ち、ベッドの上で過ごすことが多くなってきた。
先生は相変わらず毎日私の病室に来て、他愛もない話をたくさん聞かせてくれたり、たまに勉強も教えてくれたりしている。
でも最近、勉強しても無駄ではないかと思う時がある。決して勉強が面倒くさくなったわけではない。
たくさんの薬を飲んだり、検査を繰り返しても、良くなるどころか日に日に悪化していくこの身体。
周囲の人たちも私に対し必要以上に優しく接してくれる。その優しさが増せば増すほど終わりが近づいているようで怖くなる。
『私はもうすぐ死ぬ……』
そう思うと絶望で涙が溢れた。自分には未来がないのであれば、すべてのことがどうでもよくなってしまう。
今日もまた検査があり、看護師は慣れた手つきで様々な器具を管を付けていく。その間私は何も考えずただぼんやりと天井を見つめていた。
しばらくすると、先生も病室に私の様子を伺いにやって来た。
「楓ちゃん、今日の調子はどう?」
「絶好調……です」
それはバレバレの嘘。私の顔色を見れば絶好調じゃないのは一目瞭然だ。
部屋の隅で作業が終わるのを待つ先生に私は声をかける。
「ねぇ、カナタ先生……」
「どうかしましたか? なにか不安なことでもありますか?」
先生がこちらに近づいてくる。部屋の隅まで届く声が出せないくらいに私は弱っていた。
「カナタ先生……、大きくなったら私と結婚して……」
私の言葉に看護師の手が一瞬止まった。
先生は少し考えていたが、切なげな表情で微笑みこう答えた。
「もう負けました。仕方がありませんね。楓ちゃんが大人になったら結婚してあげますよ」
傍にいた看護師が『ちょっと、先生……』と先生を咎めた。
先生も嘘をつくのが下手くそだ。ずっと断ってきたくせに今更そんなこと言えば、‟私は大人になれない”ってことがすぐに分かってしまう。
「先生と結婚かぁ……。嬉しいなぁ……」
「ただその代わり条件があります」
「条件?」
「楓ちゃんは絶対に元気になって大人になります。そこでたくさんの人と出会って素敵な恋をするでしょう。その上で、それでもまだ僕のことを好きでいてくれていたら、という条件です」
“大人になれない”と分かってもなお、私に生きることを諦めさせない先生の優しさ。
黙々と作業を続ける看護師の目には涙が溜まっていた。
「……カナタ先生はやっぱ優しくて格好良くて、最高のお医者さんだね」
先生は『そうですか?』と言って照れた様子で頭をかく。私はこの時、先生に本気で恋をした。
でもそれは未来のない恋。
お母さんや友達にそれを言えばきっと悲しませることになるだろう。だから私は最期を迎えるその時まで、その想いをそっと胸の奥に隠すことにした。
完
優しい嘘つき 元 蜜 @motomitsu
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