許さないから

たぴ岡

責任

 今日もあいつに嫌がらせをしてやった。

 あることないこといろんなウワサを、教室の真ん中で、大声で話してやった。クラスの中心的存在のウチが言ってるんだから、クラスメイトはみんな信じるし面白がって校内全体に広めてくれる。

 知らないうちに変な話が広まってることに気付いたあいつは、すぐどこかに逃げる。教室から出て行って、トイレの個室とか旧校舎の物置部屋とか、とにかくウチらの目や声が届かない場所に消える。それで逃げ切れたって勘違いしてるあいつが面白くて、中学のときみたいには威張れなくなったあいつを見てるのが楽しくて――これはやめられない遊びだった。


 ねえ、とウチの左側を歩いていた友だちが心配そうな声を出した。雨が降りそうな曇天どんてんの帰り道だった。


「さすがにさ、ないとは思うけど……佐々木、自殺とかしない、よね」


 一瞬三人の間の空気が凍った気がした。考えたこともなかったことを言われたから。今一番起きて欲しくない、最悪の事態を口に出されたから。

 ――それくらいのことをしている自覚が、あるから。

「い、いやいやいや。さすがに死にはしないでしょ」右側を歩く友だちは焦ったように首を振りながら否定する。「こんなん遊びだし……遊びで死なれちゃ、うちら困るって」

 言葉は右耳から入ってくるのに、意味を理解することもなく、左耳から出て行く。


 ――死ぬ? 佐々木が、自殺する?


 頭がクラクラする。鼓動が早くなって、背中に嫌な汗が伝う。

 ぴた、と頬に水滴が流れたかと思えば、左右にいた友だちが折りたたみ傘を準備しているのが目に入った。見上げれば、灰色の空が泣き始めていた。それはすぐに霧雨から本降りになっていく。ウチだけが濡れ続ける。

 傘を持っているのにその場に立ち止まって顔を空に向けているだけのウチを、ふたりは不思議そうに見た。


「どしたの、明芽めいが

「傘、ささないの?」

「……あー、いや。ウチ、急いで帰らないといけないんだったわ。ごめん、走って帰る」


 言い終わるよりも先に走り出した。今は誰とも話したくなくなったから。脳内にあるこのいびつな感情を理解できなかったから。早く家に帰って、早く寝てしまえばいい。このまま自分と向き合っていたら、知りたくないことまで見えてきそうで嫌だった。

 そうは思っても、掘り当てた温泉みたいに心の底から自分の言葉が噴き出てくる。


 ――あいつが死ぬ、って何? 全然意味わかんない。死ぬ? 死んだらどうなるの? たぶん、会えなくなる、見えなくなる、いなくなる、消えてなくなる、声も顔もなくなる、全部がなくなる、嫌がらせができなくなる。ウチのせいで? 佐々木が……?

 走りながら、雨に濡れながら、まとまらない考えを反復する。結論は出ない。


 乱暴に玄関を開けると、リビングの方からママの声が聞こえてきた。けど、それは無視して二階にある自分の部屋に飛び込む。カバンはその辺に投げ捨てて、スカートのことなんか気にもしないでベッドに上がる。足を乗せて、膝を抱えて、頭を埋める。


 目を閉じれば映像が浮かんでくる――。


 浴室に立つあいつ。左腕の袖だけまくって、鏡とにらめっこして。死んだような顔をしたまま、ひとつため息を吐く。右手にはカッター。カチカチと音を鳴らしながら、刃を出す。もう一度、鏡に映った自分を睨んで、思い切り刺した――。

 流れ落ちた血は、だんだんと丸くなっていって、最後には真っ白な錠剤になる。あいつがその場に崩れ落ちるのと同時に、それらがばらばらと音を立てて床に飛び散る。薬たちはそのままそこに留まっているのに、あいつだけは、床に溺れていく。口からぼこぼこ空気を吐き出しながら、底に沈んでいく。ずっとずっと、下へ、下へ――。

 辿り着いたと思った一番下は、少し浮いていた。あいつの足は、地面には届かない。少しだけ目線を上げてみれば、あいつから縄がのびている。どこまで上に行っても始まりは見えない。けど、首にも同じ素材のものが巻かれているのが見えるから、きっとこいつは――。


 ハッとして目を開く。今見ていたのは現実じゃない。真実じゃない。さっきのはただの空想であって、幻覚であって、嘘。

 両手を開いて目の前に出すと、震えていた。同じように心も震えた。すうっと頬を伝ったのは、涙、だったのかな。


「……ゆるさないから」無意識に言葉がもれていた。「死んだら、絶対、許さない」

 未だ震える両手をぎゅっと握って、口の中を噛む。

 死んだら許さない。ウチの腕の中以外で死ぬなんて、絶対に許さない――。

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許さないから たぴ岡 @milk_tea_oka

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