折れない刀

上田一兆

第1話

「いい、ここに隠れているのよ! 絶対出てきちゃだめよ。声も出さないでね。わかった?」


 暗い部屋の中で母親が険しい顔で言いつける。

 少年は嫌だ、行かないで、と言いたいのに声にならない。


「じゃあ元気でね」


 母親は微笑みながら障子を開けて出ていく。


「こっちよ化け物!」


 障子に映る母親の影が走り出す。


 頭と手足が槌でできた巨大な化け物は、障子の外で何度も両手の槌を振り下ろした。


 少年は恐怖にすくみ動けなかった。

 恐怖にすくみ、母親が殺されるのを見ていることしかできなかった。


 障子に血が飛び散った。



 ◇



 十年後。


「洗濯と柴刈り行ってくるね!」


 立派に成長した少年、緋々ひひはがねは、前に鎌の入った籠、後ろに洗濯物の入った籠を背負っていた。


「いつもすまんなあ」


「お団子作っとくから早く帰ってくるんだよ」


「うん。じゃあねー」


 優しそうな祖父母に見送られた鋼は、意気揚々と家を出た。


「本当に明るくなったのお」


「ええ、引き取った時はどうなるかと思いましたが」


 鋼を見送りながら思う二人。


「千代も天国で喜んでいるだろうねえ」


「いいことじゃ」


 見送る二人の背中は嬉しそうだった。



 ◇



「よし」


 川にやってきた鋼は、さっそく洗濯物を川で洗い、木々の間に干すと、柴刈りに向かう。

 柴刈りも終わると、洗濯物が乾くのを待つ間に、腕立て伏せをする。


(強くなるんだ)


 黙々とスクワットをする。


(強くなるんだ)


 木を何度も蹴る。


(今度こそ)


 木に何度も正拳突きする。


(今度こそは……!!)


 拳を突き出しながら強く思った。



 ◇



 夕日が山にかかる。


「つい遅くまでやっちゃった。早く帰ろう」


 籠を二つ背負って、小気味良く山を下っていく鋼。

 村に着く。

 するとカンカンカンと鐘の音が響き渡る。


(緊急時の鐘の音!? 嫌な予感がする。おじいちゃん! おばあちゃん!)


 鋼は走り出した。


「!?」


 曲がり角から何か飛び出してくる。

 勢いよくぶつかった鋼は倒れて、籠の中の柴や洗濯物も飛び散る。

 鋼の前には村人の男が尻餅を着いていた。


「悪い!! じゃあな!!」


 すぐに走り去ろうとする男。


「待って!! 何があったの!!?」


「付喪神だよ! 付喪神!」


 男は汗を垂らしながら叫ぶ。


「どこで!!?」


「南の方!!」


(家がある方だ。おじいちゃん……!! おばあちゃん……!!)


 鋼はすぐに立ち上がり走り出す。

 十年前の母親が付喪神に殺された場面がありありと脳裏に浮かぶ。


(どうか無事でいて……!!)


 逃げる村人たちと逆方向に、懸命に走る。


(今度こそ!! 今度こそは……!! 守るから!!)


 強い意志を燃やして。



 ◇



 村の南側。


「早く逃げよう」


「ええ」


 祖父母は避難するため家から出る。


「?」


 祖父の顔に影がかかる。


「……!! 何と間の悪い……」


 振り返った祖父の顔から汗が垂れる。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ」


 頭と両手が刀で、両足が柄でできた、3メートルを越える付喪神化け物が叫ぶ。


「逃げろ!! ばあさん!!」


「嫌ですよ!! あなたもじゃないと!!」


 命の危機を感じ、とっさに祖母の前に立つ祖父。

 刀の付喪神は叫びながら、右手の刀を振り下ろす。

 二人は死を覚悟して目を瞑る。


「やめろオオッ!!!」


 刀の付喪神の背におもいっきり突撃した鋼。

 驚いて付喪神の攻撃の手は止まる。

 だが体はびくともせず、鋼は跳ね返されて尻餅を着く。


「「鋼!!!」」


 悲痛な声を上げる祖父母。


「よかった、間に合って」


 鋼は汗を垂らしながらも、笑顔で立ち上がる。


「よくない!! 早よ逃げんか!!」


 祖父が叫ぶ。


「大丈夫! この時のために鍛えてきたから!! 二人は今のうちに逃げて!!」


 鋼は付喪神の両腕を振るう攻撃を避けながら、自信を持って答える。


「ア゛ア゛ア゛ッ」


 付喪神はなかなか攻撃が当たらないことに、イラついた声を漏らす。

 そして、


「ア゛!!!」


 手を使わず、足でおもいっきり鋼を蹴った。

 足は腹にめり込み、鋼は肺の空気を全て吐き出す。

 そして10メートルほど吹っ飛ばされた。


「「鋼ッ!!!」」


 悲痛な叫びを上げる祖父母。

 鋼は立ち上がろうとするが立ち上がれず、大量の血を地面にぶちまける。


(ダメだ!! 体が動かない!!)


 鋼は悔しそうに顔をしかめる。

 そんな鋼に付喪神が近付いてくる。

 その背中にコツンと石が当たった。

 振り向く付喪神。


「こっちじゃ!! 化け物!!」


 祖父が石を持って叫んでいた。

 付喪神は体を祖父の方へ向ける。


「何やってんだ!! 逃げろよ!!」


「馬鹿者!! 孫を置いていけるわけがなかろう!!」


 祖父の言葉を聞いて、鋼は泣きそうになる。


「頼むから逃げてくれよ!! おい!! 化け物!! こっちだ!! こっちに来いよ!!」


 鋼はあらんかぎり叫ぶが、付喪神は無視して祖父母の方へと近付いていく。


(くそっ……!! もうあんなことを繰り返さないために……!! 強くなろうと思ったのに……!! どうして俺は!! 弱いんだ!!)


「くそォッ!!!」


 泣き叫ぶ鋼。


 この時奇跡が起きた。

 鋼の胸が光りだした。


 いや、それは必然だった。


 付喪神がどうして生まれるか知っているだろうか?


 付喪神は長年人に扱われた物や思い入れのある物がなる。

 人の思いをたくさん受けることによって付喪神は生まれるのである。


 つまり人の思いには力がある!!


 そして――


(親を見殺しにした俺を、自分の子供を見殺しにした俺を二人は受け入れてくれた。今度こそ大切な人を守るために、俺は強くなるって、誓ったんだ……!!)


 ――鋼には強い思いがある。


 その思いが今――


 結実した。


 鋼は光り輝く胸から一本の刀を取り出した。


 その刀は内から燃えているように赤く輝いていて、それを持つ鋼は威風堂々と仁王立ちしていた。


(すごい……力が溢れてくる……!!)


 鋼は刀から体に力が流れてくるのを感じる。


 突如として現れた力を排除すべく、付喪神は無数の斬撃を飛ばす。

 それを鋼は刀で全て弾く。


 この刀は鋼の思いが具現化した物。

 具現化するには尋常じゃない思いがいる。

 長い年月を経て物が付喪神になるほどの思いを具現化する一瞬に込めなくてはならない。

 それほどの思いとは心の底からの思い、魂の叫びである。

 つまりこの刀は鋼の魂なのだ。

 それほどの強い思いがこの刀には込もっている。

 だから、


 強い!!


 グッと力を入れて、大地を蹴った鋼は、付喪神を一刀両断した。


 左右に割れた付喪神は折れた刀になって地面に落ちる。

 そして鋼の作り出した赤い刀は粒子となって消える。

 力を使い果たした鋼は地面に両手を付いて肩で息をする。


(倒せた!! よかった……!!!)


 涙を浮かべながら、喜びを噛み締めた。


「「鋼!!」」


 祖父母が飛びついてきて、鋼を抱き締める。


「おじいちゃん、おばあちゃん……」


「馬鹿者……!! 死んだらどうすんじゃ……!!」


「……ごめんよ」


 鋼は素直に謝った。



 ◇



 その後。


「今日はみたらし団子ですよー」


 祖母がたくさんのみたらし団子を皿に乗せて、笑顔で持ってくる。


「おお! 美味しそう!」


 鋼は弾んだ声を上げる。

 祖父と二人、仲良く胡座をかいて待っていた。

 その中心に祖母が団子の乗った皿を置き、三人で仲良くみたらし団子を食べる。


 三人はいつまでも幸せに暮らしました。

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