筋肉探偵『奇怪!旧ホテルの怪!』

常闇の霊夜

筋肉探偵


「ホテルのチケットが当たったんです!」


「ほぅ……では行くとしよう!」


こいつは筋肉探偵。名前は『筋肉すじにく三糸みいと』、身長196㎝の上半身から下半身まで筋肉で出来た男。そして助手の『家豆いえず者六しゃろく』。バイトとして働いており、よく筋肉と共に事件を解決している。


そんな二人は商店街の福引で高級ホテルのチケットが当たったので、せっかくだから行くことにした。ウキウキで準備を進める者六と、プロテインを飲みつつ準備を始める筋肉。


「両親に宿泊許可は貰ってきました!」


「そうか。どうもホテルまでバスが出ているようだ」


「あの、その筋肉で乗れるんですか?」


「なに、筋肉を縮小する事くらい容易い!」


一人で二人分の椅子を使いながらバスに揺られる筋肉。者六はホテルに着くまでウキウキで周りを見回していた。途中で何人か乗車してきた後、二時間程経った時ようやくバスはホテルにたどり着いた。


「305室の鍵です」


「了解」


荷物を部屋に入れ、者六は名物である温泉に行き、筋肉は散歩してみる事にした。どうやらこの場所には今泊っているホテルのほかに、池を挟んで隣に古い旅館があるようだ。とは言え道路は無いので遠回りでしか行けないようであるが。


「あちらの旅館はなんだ?」


「あぁ。アレは近くに壊される旧ホテルです」


「おや、『裡画うちが宇家うや』さんではないですか」


筋肉は散歩している最中、とある男を発見する。トボトボと荷物を持っている青年……と言うには少々年老いている感じの男であった。


「え、僕の名前を憶えているのですか?」


「当然です!ナイスマッスルを持っている人は全て覚えていますので!」


「なんですかナイスマッスルって」


筋肉が少し疑問を呈したところで、それを答えるように宇家が話しかけてくる。この宇家と言う男は元アーチェリー日本代表選手であったが、事故のせいで現在は引退している。


「と言う事は『谷津やつ』さんも一緒で?」


「……ですね。ほら、今そこにいますよ彼は」


そしてここにはもう一人、アーチェリー代表選手がいる。その名も『穿うがつ谷津やつ』。その両端に女を侍らせ、明らかに調子に乗っているような奴である。……が、修羅場のようだ。言い争っている二人の女性に挟まれながら、何とかこちらに逃げてくる谷津。


「ひー、こわこわ。このホテルヤバいし、あの女二人に出会いたくないし……そうだ、あっちの旧ホテルに泊まろっと」


どうやら二人とも元カノであるようで、流石に気まずいのか旧ホテルに泊まる事にしたようだ。谷津はそのまま宇山に対し荷物を運ばせ旧ホテルへ向かう。そんな事を見ながら、筋肉は風呂から上がってきた家豆に鍵を渡す。


「はー。いいお湯でしたー!って、なんですかこの鍵」


「あぁ、私も風呂に入るのでな。鍵は一つしかないから先に渡しておこうという訳だ」


「あぁはい。ここのお風呂気持ちいいですよ!ただお風呂から旧ホテルが見えるのがちょっと風情が無いかなって思いました」


「それは君の感想だろう?それに私の筋肉の方が美しいのだから比べる必要は無いぞ!」


サイドチェストを始めた筋肉を後目に、自分の部屋に帰る家豆。そしてしばらくグダグダしていると、夜食の時間になったようで筋肉が帰ってくる。夜食を済ませ、部屋に帰ろうとする時女性の口論を目撃してしまう。先程の谷津が侍らせていた女ともう一人、更に増えていた。


「あんたもあいつの彼女ってわけ?!」


「はぁ!?ふざけないで!谷津は私の彼氏なのよ!」


「ちょっと!今は私のなんですけど!」


「うわぁ。怖いですねぇ」


「女と言うモノは皆嫉妬深いのか?」


どうやら谷津は色々な女性と不倫していたようだ。とは言えどうせこのホテルにいないので問題ないと考える二人。そして二人が寝る準備に入り、人の気配が無くなった深夜二時。


「おなかすいた」


一人目覚めた家図は冷蔵庫を漁り始めたのであるが、その時窓の外が光ったように見えた。


「ん?なんだろ」


そしてカーテンを開けしばらく眺めていると、人影が家豆の前を通り過ぎて行った。突然の事にしばらく放心状態になる家豆だが、少しすると声を荒げながら一階に逃げた家豆。


「ひ、人影!?なんで!?」


「おやどうした?」


とりあえず筋肉の元にやって来た家豆は、色々と事情を説明する。


「……と、いう訳なんです!」


「いや、人が飛ぶわけないだろう。何かが人に見える事は多々ある事。恐らく何かと見間違えたのだろう」


「そ、そうですか?でもそれにしてはハッキリ人影がですね」


「ちなみに私はここでエントランスを見ていたが、その後誰も入ってこなかったぞ」


そう言われては引き下がる意外に選択肢が無い。結局眠ってしまったのだが、目が覚めると部屋の外が騒がしい。


「何かありました?」


「ふむ、者六よ、どうやら殺人事件らしい」


「えぇ?!そんなことあります!?」


「とは言ってもこのホテルではない。あちらの旧ホテルでだ」


なんとホテルで殺人事件が起きたのだと言う。とりあえ見に行ってみる二人。旧ホテルの前には警察が大量にいた。


「失礼、何がありましたか?」


「筋肉さんじゃないですか!いえ、殺人事件ですが……」


「それが何か?」


「……半密室殺人なんです」


密室殺人。よく聞く話だが、半と言うのはどういうことなのだろうか。という訳で現場へ向かう二人。既に現場では鑑識が指紋やら髪の毛やらを採取しているようであった。


「で、被害者は?」


「はい、仏さんは穿谷津さんで、死因は頭に矢を突き刺された事による出血死です」


部屋はメチャクチャに荒らされており、どうやら争った形跡あり。死体は窓によりかかるように倒れており、頭に矢が刺さっていたと言う。部屋の鍵はかけられており、一応窓は開いていたが外に出てもまともに降りることは出来ないとの事。


「矢?」


「えぇ。どうやら被害者はこの旅行にアーチェリー一式を持ってきていたようで、そのうちの一本が無くなっていましたので……恐らくは犯行に使われたものであると考えられます」


「うわー……とんでもない事になってますね。って筋肉さんどこ見てるんですか!?」


現場や死体の情報を聞いている家図をよそに、筋肉は外の壁を見ていた。壁自体は降りるための足場は無く、下手に落ちれば地面に真っ逆さま。その上逃げるにしても湖に面しているので、仮に落ちれたとしても逃げることは難しいだろう。


「逃げるにしても、向こうは湖。生半可に泳げば死ぬな」


「確かに、犯人が逃げるとすれば窓からですけど……、ちょっと無理じゃないですか?」


「だな。それで死体の第一発見者は誰だ?」


「はい、隣の部屋に泊まっていた宇山と言う客です」


「宇山……って、確か被害者の付き人でしたよね?」


「そうだな」


これ以上現場にいても恐らく発展しないと考えたのか、二人は早速宇山の元へ向かい話を聞くことにした。宇山は旧ホテルのロビーに座っていた。


「お久しぶりです」


「あぁ、筋肉さんですか……。はぁ」


「この度は残念でしたね……」


「はい。それにしても誰に殺されたんでしょうか……」


宇山はガックリとうなだれている様子であった。これは話を聞きにくいなぁと思っている家図を後目に、筋肉は直球で話を聞く。


「失礼ですが昨日はどこに?」


「昨日はこのホテルにいましたよ、犯行時刻の時は風呂に行っていました。嘘だと思うならそこにいる受付の人に聞いてみてください」


という訳で話を聞いてみる事にした。受付の人曰く、


「宇山さん?あぁ、確かにこっちのホテルにいたね。確か露天風呂に入りに行くって一回外に行って、その後帰って来たねぇ」


「それは何時ごろですか?」


「確か夜中の三時くらいね。と言ってもここ監視カメラないし、この通簿に書いてあるだけだけど。そもそも三時にこの扉は閉めるから、私がちょうど寝ようとしたときに帰ってきたの」


との事らしい。実際に受付の人の筆跡である宇山の名前の横に、三時と言う記帳がなされていた。


「ふーむ……」


「僕としてはあの愛人達が怪しいと思いますよ?だって、浮気されてたんですからね。それに昨日のアレ、見ましたか?」


「はい。喧嘩してましたもんね」


「えぇ。それで怒った一人が谷津の頭を貫いたと考えれば……」


と、宇山は言う。その言葉を受け、二人は谷津の愛人関係にある三人へ話を聞くことにした。既に警察も話を聞きに来ていたようであるが。


「お前らか。こっちで情報はまとめておいたから見とけ」


「ありがたい。それで一人目の女が……」


容疑者1『相田あいだのぼる』。被害者とはかなり親密な仲であったようだが、数か月前に破局しており、谷津の事を恨んでいるようだ。職業は主にクライミングなどをしているとの事。


容疑者2『水戸みずべながれ』。被害者とは結婚する手前までの関係であったが、元カノが二人もいると言う事実に破局宣言をしたらしい。彼女も恨んでいるだろう。職業はスイマー。


容疑者3『網走あばしりらん』。被害者の最初の元カノ。だが実質ATMとして扱われていたようで、相当恨んでいる。職業はプロのランナー。


「……だそうだ」


「なんかアスリート多くないですか?」


「アスリート同士、惹かれあうモノがあるんだろう。それより全員に動機はあるようだな」


「ですね。……って筋肉さん!?見に行くんですか取り調べ?!」


「もちろんだ。行くぞ」


警察はこの三人のうち誰かが殺したと断定しており、既に簡易的な取り調べが始まっていた。それを見ながら、家図は思ったことを口に出す。


「あ!もしかしてあのクライマーの人!あの人が殺したんじゃないですか!?」


「何故そう思う?」


「だって、あの中で窓から逃げれそうな人はあの人くらいですから!普段彼女は凄い場所に登ってるようですし、あの程度の壁はスイスイと……」


「確かにその可能性は否定できない。しかし登は深夜二時十五分に部屋を出て、二時半には部屋に戻っている。監視カメラがそれを捉えている以上、それは無い」


「う、確かにこのホテルから旧ホテルまで車で往復三十分はします、無理そうですね……あっ!水泳の人なら直線で行けますよ!それなら五分もかかりません!」


「だが、その場合は降りる手段が無い。それに流は確かに部屋から出たようだが、その時間は一時五十分。体格が同じような男性をそんな短時間で殺せるだろうか?」


「そ、そこは不意打ちとかで……」


「それに、彼女達じゃなくとも部屋に入れる者ならば犯行は誰にでも可能」


「そうですよねぇ」


事件現場が半密室と呼ばれている部屋。その理由は部屋の中に鍵があったのに鍵がかかっていたと言う理由である。ここが分からない以上操作は発展しない。


「はー……分かんないですね」


「そうだな。気分転換でもするか?」


「そう言えばこのホテル屋上があるらしいですよ!見に行ってみましょう!」


何も進展しないので、一旦屋上に行って気分転換することにした二人。屋上は誰でも入る事が出来、そしてここから旧ホテルを見る事が出来るようになっている。


「ここから飛べればあの部屋に入れるんですけど」


「……」


「けど無理ですよね。こんなところから飛べるわけないんですもん」


筋肉はその言葉を聞き、屋上を探し始める。すると屋上の貯水槽に上るはしごの部分に、何か紐をひっかけたような後が付いていることが分かる。そして筋肉は犯行現場を見せるよう家図に指示する。


「ちょっと現場を見せてくれ」


「うえぇ!?なんですか急に……ほら、これです」


「……そうか、そう言う事か」


「え!?」


「皆を集めてくれ。犯人が分かった」


「本当ですか!?」


そして事件関係者と警察を集めた筋肉。


「で、犯人が分かったと言うのは本当か!?」


「えぇ。それに犯人が使ったトリックもね」


そう言うと筋肉は一人に指を向ける。


「……宇山さん。あなたが犯人です」


犯人と呼ばれた宇山であるが、宇山は一体何を言っているんだと言う表情で筋肉へ反論する。


「何言ってるんですか。確かに谷津のスペアキーは持ってましたけど、だからって犯人扱いですか?私にはアリバイがあるんですよアリバイが」


「えぇ。露天風呂に行っていたと言うアリバイがあるのは知っています。そして三時には帰ってきたと言う事も。露天風呂の場所は新ホテルの方、一時間で帰ってきたと言うのは真実なのでしょう」


「ですから言ってるじゃないですか。犯人じゃないって」


すると筋肉はある物を手にする。それはアーチェリーの弓である。


「ですが、三十分どころか一分もかからずにこちらに帰ってくる方法があったのですよ」


そう言うと筋肉は弓を引き絞り、旧ホテルへと放つ。刺さった矢は部屋の中へと入り、そして細い糸が矢には結びつけられていた。


「あなたはこのように、アーチェリーを使ったのですよ。後はこれで部屋まで滑っていけば、簡単にアリバイ工作が可能という訳です」


「……無理がありますね。そもそもそんなので滑ったら手が切れるじゃないですか」


「えぇ。ですから弓を使って滑ったのです。あなたが手にしている弓はみたところかなりの耐久性がありそうですし」


「……仮にそうだとしましょう。ですがなぜそんな大掛かりな仕掛けを……」


「誰にでも出来るようにです。窓が開いていて、鍵がかかっていたと言う事は、誰でも窓から逃げたと思うでしょうし。一応現場を確認しましたが、部屋の奥に穴が開いていました」


「つまり、窓から入った宇山さんは谷津を殺害、その後何食わぬ顔で受付の人の前に現れアリバイを作った……と言う事ですね」


「その通りです」


トリックが暴かれた宇山だが、まだ冷静に証拠があるのかを投げかける。


「……証拠は?」


「矢です。恐らく今回の屋は特殊な矢、部屋に入った時被害者も入ってきたのでしょう。そしてもみ合ってあなたは、頭に矢を突き刺したのです」


「……」


「このままではバレると思ったあなたは、持っていたアーチェリー道具で殺したと見せかけるために、一本持って行ったのでしょう?……あなたのカバンに矢が入っていれば、間違いなくあなたが犯人です」


「ではカバンの方を……」


「……もう隠し通すのは無理そうですね」


宇山は、観念したかのように自首した。犯行理由はあの事故による物。谷津は自分がオリンピックに入るため、宇山の手に矢を放ち、事故のように見せかけたのである。その結果オリンピックは惨敗。宇山にはそこが許せなかったそうだ。


「別に撃たれたのは問題じゃないんですよ。ここまでして蹴落としたくせに、負けたのがムカついただけです」


こうして、ホテルで起こった怪事件は幕を閉じた。


「やっぱりあの時に見た人影は本物だったんですねぇ」


「そうだな。しかしその前に見た人影はなんだったのだろうか?」


「……え?」


「いや、恐らく奴が矢を撃つ前に、窓からこちらを除いている人影がいたのだよ」


「……」


しかし、このホテルの問題は解決していないようであった。


「もう泊まりませんよー!」

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筋肉探偵『奇怪!旧ホテルの怪!』 常闇の霊夜 @kakinatireiya

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