愛犬レン菩薩 🐕

上月くるを

愛犬レン菩薩 🐕




 どこかで山鳩が鳴いている。



 ――デデーポポー、デデーポポー。

   デデーポポー、デ……。(*'▽')



 なんでそこでやめるかな。

 鳴きかけておいてやめる。

 山鳩の気が知れやしない。



 ふいに思い立つと、市街地を見下ろす丘の霊園に散歩に行くのは蘭子の気まぐれ。

 霊園といっても南向き斜面に大きく開けた、公園のように気持ちのいいところだ。


 ふもとの禅寺の管理が行き届いているらしく、草1本、ゴミひとつ見当たらない。

 整然と区割りされた小道を経巡ると、先人も歓迎してくれているような気がする。



 ――ホー、ホケキョ。

   ホー、ホケキョ。


   

 きれいな声が間近に降って来る。

 老鶯ろうおうと呼ばれる初夏の鶯だろう。


 どこかリハーサルめいた春先とちがい、さすがに威風堂々としている。

 山鳩のように妙なところで鳴きやめず、正しい鳴き方の見本のようだ。



      🐦



 いっそう清々しくなった蘭子は、いつもとちがう脇道を入ってみることにする。

 数軒め(こういう言い方でいいのだろうか)の墓のあたりで、ふと足を止めた。


 体長30センチぐらいの小犬が細長い石塔のうえにおすわりして微笑んでいる。

 ふんわり垂れた両耳、愛嬌のある丸い目、手縫いの布マスク、一輪の赤い薔薇。


 いっぷう、いや、かなり変わった墓石の正面は「飯島家愛犬之墓」。

 側面は「レン☆☆菩薩之霊 昭和七年十一月二十五日 行年十五」。


 ほかにもなにか記されているが、☆の部分と同じく掠れて読めない。

 いや、びっくり! 戦前に愛犬のお墓を建てた人がいたなんて……。


 たしか、この前年、盧溝橋事件が起きるなど政情不安定だったはず。

 それに、日本中が危機に瀕した農村恐慌の余韻も残っていただろう。


 そんな時代に、犬の立派なお墓?

 よほどの資産家&愛犬家だった?

 

 怪訝に思いながら裏側にまわってみると、朽ちかけ、傾いている案内板があった。

 ほとんど判読できないが、「巡査 殉職」の刻印だけは、かろうじて読み取れる。



      👮‍♂️



 蘭子は、あっと思った。 (@ ̄□ ̄@;)!!

 まさか、まさかね……でも、ひよっとして。


 この年の5月、日本史に明記される某重大事件が発生している。

 国政に不満な海軍の青年将校連が首相邸に乱入するという……。


 もしかして、その襲撃を阻止しようとして殉職したのが飯島巡査だった?

 半年後、溺愛していた犬が巡査のあとを追い、憐れんだ遺族が墓を……。


 そう思ってもう一度見ると、小犬の墓碑に寄り添うように一基の墓碑がある。

 苔むした戒名は読み取れないが、俗名の横に、はっきりと「殉職」の二文字。


 

      🍃



 妄想から解放されたとたんに、とつぜん深い谷底から青嵐あおあらしが吹き上がって来た。

 一瞬、愛犬に頬ずりする巡査の制服姿が浮かんだが、ふたりは睦みながら消えた。


 ちぎれ雲が浮かぶ青空、幹をうねらせる老松、そして墓域に溶けこむ二基のお墓。

 山鳩と老鶯の破調な二重唱を聴かされ、蘭子は白昼夢を見ていたのかも知れない。

 


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