■10 犯罪一家

 弁護士は、夫婦同席のもとで我が家を訪問したいという。

 内容はそのときに話すの一点張りで、目的は教えてもらえなかった。


「夫婦そろってなら、きっと税務関係のトラブルだよ」


 夫の仕事もフリーランスで、特許を扱う仕事だ。

 私と違って弁護士には慣れている。

 だから安心していたが、弁護士が訪問してくるとすべてが終わった。


「こちらは、奥さまの不貞行為を撮影した写真になります」


 弁護士はリビングのテーブルに、私と彼の行為中の写真を並べた。


「奥さまは都合五年間、この男性と不倫関係にありました」


 弁護士が淡々と事実を述べる一方、私の頭はパニックだった。

 なぜならこの場に、大学生になった息子もいたからだ。


 自分の「おかん」が女だったことを知って、息子は呆然としていた。

 よほどショックを受けているのか、軽蔑の眼差しさえ向けてこない。


 写真は彼のベッドで撮影されたもののようなので、おそらくは萌花が隠し撮りしていたのだろう。

 なぜ今頃になって、こんな告発をするのだろうか。


 ――違う!


 いま考えるべきは、どうやって言い逃れるかだ。


 しかし六年の不倫は、どうあってもごまかしきれない。

 泣いて詫びれば許してもらえるだろうか。

 そう思ったときだった。


「そしてこちらは、旦那さまの浮気の現場写真です」


 弁護士が並べた写真を見て、私は心臓が止まりかけた。


「萌花……!」


 裸の夫と抱き合っているのは、三年分の成長をした萌花だった。

 夫を見ると、苦しげな顔をしている。

 私と同じく、事実が映った写真なのだろう。


「私の依頼主は、萌花さんのお母様です。娘が他人の家庭を壊したことに対しては謝罪するが、そちらも夫に手を出している。慰謝料は相殺してほしい。それが私の依頼人の願いです」





 こうして、ふたつの家庭はばらばらになった。

 私と夫は離婚し、親権は夫が持った。

 しかし息子は私だけでなく、夫とも縁を切った。

 どうにかひとりで生きていくらしい。


 私はいま、彼と萌花と三人で暮らしている。

 彼は勤務先も解雇されたが、清々しい顔をしていた。

 妻との関係が苦痛だったと、毎日にこにこ語っている。


 萌花は母に親権を手放されたが、それを喜んでいた。

 優雅な暮らしも失ったけれど、私がいればそれでいいらしい。


「やっと本当の家族になれたね、ママ」


 籍も入れていないが、ひとつ屋根の下で私たちは寝食を共にしている。

 この恐ろしい娘は、とうとう本当に私の娘になった。


「教えて、萌花。私と家族になるつもりなら、どうして三年待ったの」


 あるとき、萌花にそう聞いてみた。

 海外に移住する前に双方に証拠を突きつければ、もっと早く家族になることもできたはずだ。


「だって三年前だと、萌花は未成年だもん。お父さんが犯罪者なんて、子どもがかわいそうでしょ」


 萌花は私に腕をからめ、くすくすと笑った。

 私の元息子に気を使ってくれたらしい。


「萌花はふたつの家庭を壊しておいて、よく言えたものね」


 私はやけ気味に笑った。

 すると萌花も笑う。


「ほんと、おかしいよね。ふたつの家庭を壊したのはママなのに、なんの罪にも問われないんだから」


 その通りだと思う。

 あの三年間で罰を受けた気になっていたけれど、私が罪を償っていくのはこれからなのだろう。


 こちらに微笑む萌花を見ながら、私はそんなことを思った。


(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不倫相手の娘がヤバイ 福沢雪 @seseri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ