■9 罪と罰

「萌花、ママと離れたくない」


 最後に会った日の萌花は、私に抱きつき涙を流した。


 萌花の母親が新たな事業を展開するため、シンガポールに移住することになった。

 彼は妻の部下なので当然従い、萌花も一緒についていくことになった。


「私も離れたくないわ」


 心にもない返事をして、萌花を抱きしめる。


「義務教育の間はどうしようもないけど、高校を卒業したら帰ってくるね。そしたら本当の家族に戻ろうね」


 萌花が涙を拭いながら言う。

 冗談じゃないと言う代わりに、私はやんわりと本心を伝えた。


「いいえ。私のことは忘れて。お互いが、あるべき場所へ戻るときがきたのよ」


 すると萌花は、くすりと笑った。


「ママ。いまさらそんな虫のいいこと言わないで」


 それが私と萌花が最後に交わした言葉だった。





 ダブル不倫は気楽な関係なんて、大嘘だとわかった三年間だった。

 愛する家族を裏切ったなら、それなりの代償を払わねばならない。

 とはいえ私が失ったのは自分の尊厳くらいで、家族とはいまも一緒にいる。


 長い束縛から解放された私は、正常な日常を満喫した。

 すなわち高校生の息子に弁当を作り、適度に仕事をして、週末には家族でファミレスにいくような暮らしに戻った。


 これこそが、本当の幸せだと思う。

 不倫を続けている間の私は、ずっと罪悪感にさいなまれていた。

 関係を手放したいま、それを惜しいとも思わない。


 ほんの火遊びではすまなかったけれど、結果的には誰も傷ついていない。

 そういう意味で、私は幸運だった。

 たとえこの先に新たな出会いがあったとしても、私はもう家族を裏切ったりしないだろう。

 罪に見あった罰はもう受けたのだ。


 幸せなマンネリの日々を送りながら、また三年がたった。


 これまで萌花や彼からの連絡はなかった。

 環境も変わったし、向こうもきっと私のことなど忘れているだろう。


 そう思っていた矢先、私は聞き覚えのない弁護士から連絡をもらった。

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