第7話

 翔斗が盛大に転びそうになったところ、音もなく現れたクマの着ぐるみが翔斗の腕をそっと掴んで転倒を防いでくれた。

「立山君! 大丈夫⁉」

 クマよりワンテンポ遅れて助けに入った沙央にも庇われながら体勢を整える翔斗。

 相手を楽しませるという考え方ではどうしても緊張してしまうと、結二との練習デートで学んでからは、一緒に楽しむという考え方に改めていた。

しかし、沙央の表情を見たらつい前の考えが戻ってきてしまった。

 だが、翔斗はそれを悔やむことなく、頭の中で反省してすぐに切り替えた。

 これも練習で得た学びだ。

 翔斗は「ごめん、転びそうになったけどもう大丈夫。助けてくれてありがとう」と、自分にも言い聞かせるように言った。

「そう言えば……」

 クマの着ぐるみを着た人にもお礼を言おうとした翔斗だが、いつの間にかいなくなっていた。すぐにでもお礼を言いたいところではあるものの、園内のキャストだろうしまた会えることもあるだろう。そう思い、翔斗は心の中でお礼を伝えてから、沙央とデートを再開させた。


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「あれ、真海さんよね?」

「あ、あぁ……」

 翔斗たちが昼食を取るためにお店に入ろうとすると、何故かクマの着ぐるみ姿の結二がいた。なにやらコソコソとお店の脇で被り物を取ると、そこから汗だくの顔を出してペットボトルのお茶を飲み始めた。

「あの時のクマは真海さんだったのね。私たちを尾行していたのかしら」

 沙央はスタスタと結二に近づいて声をかける。

「真海さん、ずっと私たちをつけていたの?」

「え⁉ ……バレてたの⁉ いつから?」

「今よ。着ぐるみ姿で頭だけ外してたらかなり目立つわよ? ……そうね、分かってしまった以上、真海さんにデートを見られ続けるのは恥ずかしいから、午後四時に観覧車の前で待ち合わせしましょう? そこで今後のことを話すわ」

「……そうだよね、分かった。午後四時に観覧車ね」

 それから翔斗たちはデートを再開させた。しかし翔斗はデート中、頭の片隅で結二のことをずっと考えていた。


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 午後四時まであと十分ほどになった頃だった。

 そろそろ結二との待ち合わせの場所へ行こうと翔斗が歩きだした時、沙央は「やっぱりここで気持ちを聞かせて……?」と真剣な表情で言った。

 既に翔斗は答えを持っている。

 お試し期間中、沙央と行ったデートはどれもすごく楽しかった。

 きっとこのまま正式に付き合いだしても、楽しくやっていけるのだろうなと思う。

 しかし、それと同じくらい結二への気持ちも日に日に強くなっている。

 どちらかを諦め、どちらかを選ばなければいけない。そして、その先に関係の発展が待っているか、崩壊が待っているかは翔斗には分からない。

「川中さん、その……」

 タイムリミットは来てしまった。

 しかし、翔斗は言い出せずにいる。

 沙央はその沈黙を答えと受け取った。

 一瞬だけ下を向いて、それから翔斗に目線を合わせると少し早口で話し出した。

「立山くん、……やっぱり私の方からお断りするわ」

 翔斗はまさか沙央の方から言ってくるとは思っておらず、呆気にとられる。

「告白した時、私は確かにあなたのことが好きだった。でも、どうやら好きになる人を間違えたみたいね。せっかくデートに来ているのに、どうやら私とは別の人で意識がいっぱいみたいだし?」

 沙央は、この二週間を、あるいは翔斗に恋心を抱いた日を思い出すようにして言葉を紡ぐ。

「もう、あなたなんて好きじゃないわ。だから、ほら……さっさと行きなさい。大切な人が待ってるんでしょ?」

 スッキリとした表情で清々しく翔斗を後押しする沙央。

「ごめん……俺――」

「違うわ、そうじゃない。そんな顔して行ったら、真海さんが可哀想よ」

 そう言う沙央の目には、いつしか大粒の涙が溜まっていた。

「行って。これ以上は耐えられそうにないの」

「ありがとう」

 翔斗は沙央に別れを告げると、すぐに観覧車へと走った。


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 迎えた午後四時。

 翔斗が観覧車前で結二を待っていると、少し遅れて彼女がやってくるのが見えた。

「結二!」

 翔斗が見つけた結二は、初めての練習デートで着ていたVネックのトップスにネイビーのミモレ丈のトレンチスカートに着替えていた。

「あ、翔斗……」

 しかし、そこに沙央の姿はない。

「川中さんは?」

「来ないよ」

「え? もしかして、私に気を使って先に帰っちゃったとか?」

「そうじゃない。……川中さんには、振られたんだ。よそ見してる人は嫌いだ、って」

「え!? そっか……。でも、よそ見って?」

 翔斗は思いを決め、結二をしっかりと見つめる。

 その雰囲気が伝わったのか、結二はトレンチスカートの裾をぎゅっと掴んで翔斗の次の言葉を待つ。。

「好きだ、結二。俺と付き合ってほしい」

 瞬間、結二の顔がボフッと赤くなり、慌てて手で隠す。

 それから数秒の沈黙のあと、結二のまんまるふたえの目から涙がこぼれ頬をつたった。

「……う、うぅ……ぐすっ。寂しかった……」

 小さくすすり泣く結二は、ずっとため込んでいたのだろう思いを必死に伝える。

「寂しかったよぉ……翔斗が、遠くに行っちゃう気がして……」

 そして、結二はゆっくりと時間をかけてその最後を締めくくる。

「私も、好きだよぉ……!」

 結二は勢いよく翔斗に抱きつき、翔斗もそれを受け入れるように優しく頭をなでる。

 少し前の翔斗にはその権利がなかったが、今はためらう必要もない。

 緊張よりも結二への思いが強く、失敗もしなくなっていた。

「行こうか」

 やがて結二も落ち着きを取り戻し、恥ずかしいところを見せたと顔を背けてしまっている。

「うんっ♪」

 しかし、それに反して返ってきた返事はやけに嬉しそうで……。

 二人は並んで歩き出す。

 翔斗と結二を包み込むように、ふわりと暖かな風が吹いた。

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振られて始まる練習デート 進川つくり @shinsaku

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