第6話
「違うよ!? 私と翔斗はそういう関係じゃなくて!」
最初に聞こえてきたのは結二の焦ったような声。
何やら結二と沙央が口論をしているようだった。
沙央が間近に迫り、結二は目を合わせられず俯いてしまった。
「どうして川中さんがここに……」
翔斗はそう思うと同時に、嫌な予感がした。
「分かっているわ、真海さんと立山くんの関係は。私見てしまったの、カフェで二人が反省会をしているところを」
「!?」
翔斗はその言葉を聞き、慌てて駆け寄る。結二との練習デートをよりにもよって沙央に見られていた、その事実にこみあげてくる驚きと焦りを必死に誤魔化しながら……。
その間も川中さんは切れ長な目で結二をしっかりと見据えている。一方、結二はスカートの裾を握りしめて必死に冷静さを保ち続けているようだ。
「結二! 川中さん!」
ようやく合流できた翔斗が二人の間に立ち、険悪なムードを変えようと試みる。
しかし、この場では翔斗も含め全員が当事者であるため、当然空気を変えることはできなかった。
そんないたたまれない空気を沙央はものともしないように、まっすぐな視線で翔斗を捕まえて言葉を紡ぐ。
「立山くん、二人で話したいことがあるんだけど、いいかしら? 話はすぐに済ませるわ」
「あぁ。でも、なんで俺だけ?」
「……そうね。真海さんも無関係のことじゃないし、やっぱりこのまま話す」
そして沙央は翔斗や結二からは予想外のことを口にする。
「私、立山くんが好き」
沙央は捕まえた翔斗の視線をまっすぐに見つめ返し、決して逃がさない。
その表情は、一度翔斗を振った人だとは思えないほどに真剣で決意に満ちていた。
「!?」
「それって……!」
翔斗は驚きで言葉が出ず、結二は大きなふたえの目を見開いている。
「えぇ、前はよく考えもしないで振っちゃってごめんなさい。もう少し悩むべきだった」
あの場で振られたのは翔斗からすれば当然のことで、言い訳のしようもない。
むしろ、謝らなければいけないのはあんな失敗だらけのデートをしてしまった翔斗の方だ。
「もし、まだ立山くんの気持ちが私にあるなら、二週間のお試しからでも良い……私と付き合ってほしい……です」
さすがに告白は恥ずかしかったのか、思わず敬語になってしまった沙央。
翔斗の気持ちは結二と沙央の間で揺れていた。
ようやく気づいた結二への思い。しかし、沙央に告白してからまだ日が経っていないのに、もう他に好きな人がいるというのは、あまりに申し訳ない。
「……分かった。まずはお試しから……お願いします」
翔斗は沙央の提案を受けることにした。
今、結二を選べば、恋人だけでなく、親友をも失う可能性がある。ならば、結二との関係を考えるのはまだ早い。
これからも結二との関係を継続、もしくは発展させたいなら、今は沙央と向き合うべきだ。
「じゃあ、私はそれだけだから。邪魔してごめんなさい、また」
そう言って去っていく沙央の背中を翔斗と結二は黙って見つめていた。
こうして翔斗は沙央と二週間の仮恋人となった。
「翔斗……、その、おめでとう。えへっ」
一番に祝福してくれたのは結二。
しかし、突然のことだったからか笑顔が少しぎこちない。明らかに作り笑いだ。
今まで翔斗の弱点に対して親身に向き合い、その解決に付き合ってくれていた結二。
そんな結二に翔斗は最大限の感謝を込めて「ありがとう」と一言だけ言った。
結二との練習デートもこれで終わり。
なんだか少し寂しい気もするなと思う翔斗だが、その反面、やっと終わるのかという気持ちもある。
たった一ヶ月ほどの時間だが、その内容は計り知れない。しかし、今は沙央と付き合える喜びに浸ろうと思う。
沙央と付き合うために今まで頑張ってきた……はずなのだから。
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翔斗と沙央が仮恋人になった瞬間、結二は寂しい気持ちで泣きそうになりながらも、翔斗の頑張りが報われて良かったと本気で祝福していた。
しかし、それから一週間が経つと祝福の思いはすっかり消えてしまった。
翔斗への気持ちが抑えられなくなってきたのだ。
恋心を自覚してから練習デートで好き勝手に接触したぶん、それができなくなった今は翔斗が恋しくてたまらない。
今週、ついに夏休みに入ったのだが、翔斗とは一度しか会えていない。
翔斗が夏休みの課題や沙央とのデートに時間を取られているからだ。
「翔斗に会いたい……」
叶うのなら、今すぐ翔斗の家に突撃して好きだと伝えたい。しかし、今は沙央との仮恋人期間。最低でもあと一週間は邪魔してはいけない。
「翔斗、好きだよ……」
胸が締めつけられそうな思いを口に出し、自分の気持ちを嫌というほど確認した結二は、やがて気持ちを前向きに切り替えると翔斗から沙央とのお試し期間最終日の予定を聞き出した。
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沙央とのお試し期間もあっという間に最終日。
今日は遊園地で一日デート。
結二は練習デートが終わってからも引き続き親友としてアドバイスをしてくれている。
今日の予定も、翔斗が自分で考えた上で色々と結二がアドバイスをしてくれた。
「立山くん、こっち」
遊園地の最寄り駅。待ち合わせ十五分前に到着した翔斗は、既に来ていた沙央に声をかけられる。
「川中さん、おはよう。早いね、待たせちゃったかな……」
「いいえ、私もさっき着いたところよ。今日はなんだか早く目が覚めちゃって、早めに来たの」
そんな沙央はオフショルの七分袖の白トップスにテンセルデニムパンツを合わせた涼し気な装い。シンプルな服装だが沙央が着ることによってオシャレに見えるのだから、天は彼女に二物も三物も与えてしまったのだろうと翔斗は思う。
「少し早いけれど行きましょ」
「あ、うん!」
翔斗はそこで考えるのをやめてデートへと意識を集中させた。
園内に入った翔斗と沙央は、まっすぐに海賊船のアトラクションへと向かっていく。
実は、翔斗と沙央は今日の予定を事前に決めてきていた。沙央曰く、「デートの予定をデート中に決めていくのも良いと思うけど、私は会えない時間に連絡する口実として使いたい。その、これを言うのは恥ずかしいけど、他にどう連絡したら良いか分からないから……。ダメ、かしら?」とのこと。
沙央はきっとすごく正直な子なのだ。予定のこともそうだが、告白だって、本当なら沙央はただ翔斗が言ってくるのを待っているだけで良かった。しかし、翔斗の練習を見てしまった彼女はそれを隠してただ待っていることができず自分から話したのだろう。
しかし、その結果として沙央の可愛らしい一面が翔斗に突き刺さり、絶大なアピールとなっている。
そんなことを考えながら、ふと隣を見ると、そこには当たり前だが沙央が並んで歩いていて、そのにこやかな表情からも、今日のデートを楽しみにしていたことがまる分かりだ。
そんな彼女を見た翔斗は、柄にもなく沙央を楽しませてあげたいと思ってしまう。しかし、思ってしまったが最後、翔斗でさえ忘れかけてしまっていた欠点が飛び出し――
「うおっっっとぉぉぉ⁉」
「危ない!」
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