第5話
「……ふふん♪」
イタズラが成功し、子供のように無邪気にはしゃぐ結二。
川中さんの前に私で練習しときなさいと猛烈な説得を受け、結二に押し切られるかたちで翔斗は渋々了承した。
「はい、手出して〜」
正面にいる結二にそう言われて翔斗が出したのは結二と同じ右手。
「向かい合って握手して終わりじゃないよぉ〜。逆の手かして?」
「……はい」
結二に言われるまで、翔斗は緊張していて、移動は横並びだということすら考えられなくなっていた。
結二はそんなことには気づかずに、翔斗の手をにぎにぎとしながらフィットする場所を探っている。
結二は善意で協力してくれているだけなのだろうが、これはどういう生殺しだろうか。結二に惹かれ始めている翔斗にとって、身体的接触はもはや半殺し状態なのだ。
「うん、良い感じ♪」
やがて満足のいくポイントが見つかったのか、繋いだ手をゆらゆらと振り子のように振りだした。
それから二人は手を繋いだままカートレースのゲームをしたりクレーンゲームをしたりと、ゲームセンター内で手を繋ぎながらできることを楽しんだ。
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「どうして……!」
結二はトイレに入るとヤキモキとした気持ちを放出する。
午前中、結二は翔斗に積極的にアピールしたが、どうにも翔斗は気持ちに気づいてくれていないようだ。
手を繋いで歩くなどいくら親友でもしないことだが、「練習デートならそういうこともあるのか」と翔斗に思われてしまっている。
もちろん、そういう風に言い訳をして手を繋いだのは結二自身なのだが、それをその通りに解釈されるのは今の結二にとってとても辛いことである。
しかし、「練習デートだから」という建前がなくなってしまっては、結二自身もグイグイとアピールすることができなくなってしまう。
「とりあえず、いつまでもトイレにいるわけにもいかないよね。もっと頑張ろっ!」
意識的に声に出して言い、結二は翔斗が待つフードコートへと戻った。
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翔斗がフードコートで紙コップに注いだ水をちびちびと飲んでいると、席を外していた結二が戻ってきた。
「ふぅ、お待たせ」
「全然大丈夫」
「もう食べ終わっちゃった?」
結二の言葉通り翔斗の食べていた親子丼セットの容器は空になっていた。
「うん、でも結二は気にせずゆっくり食べて良いからね」
そう言ったは良いものの、とくにやることもなく手持ち無沙汰になっている。
すると、目の前でたこ焼きを食べていた結二が何を思ったのかその一つを箸で掴み、翔斗に差し出してきた。
「……あの、私もうお腹いっぱいになってきちゃったから、一つ食べない?」
「!?」
翔斗は予期せぬ『あーんイベント』に驚きを隠せないが、先ほどから結二の顔が妙に赤い気がする。
これまで結二から「これも練習しておいた方が良いから」と、色々なことがあったが、そのどれをするにも結二は照れたりしていなかった。
しかし、今日はというと結二の顔が赤く見えることが何回かあった。
翔斗は心配になり、「ちょっとごめん」と言って結二の額に手を当てる。
「!?」
「熱……は、ないな?」
翔斗が自分の額にも手を当てながら結二に聞くと、何やら固まってしまった結二はコクコクと小さく頷く。
「今日はいつもより顔が赤い気がしたんだけど、ホントに大丈夫か? 気のせいなら良いんだけど……」
「だ、大丈夫大丈夫!」
今度はブンブンと縦に首を振る結二。これだけ元気そうなら心配いらないだろう。
「にしても、あーんはさすがにダメじゃないか?」
「どうして?」
「どうして、って……」
「デートの定番は練習しておいた方が良いと思うけどなぁ〜」
「そういうのは、本当に好きな人とやった方が良いと思うんだ」
翔斗は手を繋ぐ以上のことをすれば結二のことを本当に好きになってしまいそうだった。
しかし、それは善意で付き合ってくれている結二に対して最もしてはいけないことで、結二の善意につけ込んで私欲を満たしていることに他ならない。
もしそういうことをするのであれば、この「練習」をいったん終わりにし、適した関係を築いてからでなくてはならないと翔斗は思う。
「……分かった。そうだよね……」
結二がやや気まずそうに引き下がると、翔斗は別の箸を取り出して結二の残したたこ焼きをパクっと食べる。
「結局食べてはくれるんだね」
「俺がダメだと思ったのは結二に食べさせてもらうことだけだからな。残すのはもったいない」
翔斗はきまりの悪さを誤魔化すようにたこ焼きを頬張ると、「水持ってくるけど、結二もいる?」と言いながら席を立った。
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練習デートの帰り際、翔斗はトイレへ行くと手洗い場の蛇口をキュッとひねり、自分の中の邪念を洗い流すように勢い良く水を出す。
「なんとか耐えきった……」
翔斗は今日一日、結二からのやりすぎのような接触に耐え続けていた。
デート開始直後の手繋ぎ宣言から始まり、昼食時のあーんイベント、その後も結二は腕を組もうとしたり、スキンシップが多くなったりと、色々な接触を試みてきて大変だった。それはまるで本当の恋人に接するかのように……。
「本当に演技なのか? それにしてはやりすぎだぞ……」
今思えば、翔斗と結二が親友でいられる理由は、お互いに身体的接触を避けてきたからだ。異性を感じることが少なく、だから関係なく親友でいられた。
それが今崩れようとしている。
結二の過度な接触により、翔斗は簡単に惚れてしまった。それは親友に対する裏切りだ。
このまま気持ちを隠すのか、それとも告白して親友を裏切るのか。まだ気持ちの整理がつかない翔斗。
「ここで考えてても仕方ない……」
翔斗は意識的に声に出して無理やり気持ちを切り替える。
沙央への恋心にもまだ答えを出せていないのだ。
結二への気持ちの整理はそのあとだろう。
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翔斗が結二のもとへ戻ると、そこは修羅場と化していた。
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