コント:通信販売

超時空伝説研究所

コント:通信販売

 アパートの一室。テーブルの上に、段ボール箱。

 

 いらいらした表情で箱の中をのぞき、舌打ちする男。

 

 

 

 男は携帯を取り出し、書類を見ながら電話を掛ける。

 

 

 

 オペレーター: 「お電話ありがとうございます。ドラゴン・ブックスお客様係の北条でございます」

 

 男: 「ああ、すいません。受け取った商品のことで、ちょっとクレームしたいんだけど」

 

 オペレーター: 「かしこまりました。どういう内容でしょう?」

 

 男: 「あのねえ、『今日から君も孫悟空』っていう本なんだけど」

 

 オペレーター: 「はい、ありがとうございます。おかげさまで当店ベストセラーとなっております」

 

 男: 「あ、そう。それはいいんだけどね。出ないんだよ」

 

 オペレーター: 「は?」

 

 男: 「だから、出ないのよ!」

 

 オペレーター: 「何が、でございますか?」

 

 男: 「決まってるでしょう? かめはめ波ですよ!」

 

 オペレーター: 「えーっ! まさか?」

 

 男: 「それが、出ないんだって」

 

 オペレーター: 「いえ、この本は5年間で累計200万部販売していますが、出なかった人は今まで一人もいらっしゃいませんが……」

 

 男: 「そうでしょう? そう聞いてたから。だから、買ったんだよ」

 

 オペレーター: 「本の通りにやっていただければ、どなたでも出せる筈なんですけどねえ……」

 

 男: 「でもさあ、出ないものは出ないんですよ。おカネ返してもらおうかと思うんだけど」

 

 オペレーター: 「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。もちろん、商品にご満足いただけない場合は100%返金させていただくことになっています」

 

 男: 「そうでしょ? テレビでそう宣伝してるもんねえ。こっちは、それで信用してる訳だから」

 

 オペレーター: 「まずはお客様がどのようにされているか、おやりになっている通り、手順を教えていただけますか」

 

 男: 「だからさあ、まず腰を落として……」

 

 オペレーター: 「お客様、ちょっとよろしいですか?」

 

 男: 「何? 今やりながら説明しようとしてる所なんだけど」

 

 オペレーター: 「いえ、その前に、道着は着ていただいてますか?」

 

 男: (箱からオレンジ色の道着を取り出して)「ああ、これ? めんどくさいから、着てないんだけど」

 

 オペレーター: 「説明書の方には、初心者は必ず着てくださいと書かれていると思いますが……」

 

 男: 「必要なの、これ? 技には関係ないんじゃないの?」

 

 オペレーター: 「中級者以上になりますとどんな服装でも関係ないんですが、初心者の場合は精神集中のために道着をきちんと身につけていただくことになっております」

 

 男: 「ああ、そう。じゃあ、今度やる時は着てみるから、取り敢えず今は着ているつもりで先に進めていい?」

 

 オペレーター: 「分かりました。では、続けてください」

 

 男: 「ええとねえ、まず腰を落として……」

 

 オペレーター: 「お客様、ちょっとよろしいですか?」

 

 男: 「何? 道着はいいって言ったじゃない!」

 

 オペレーター: 「いえ、道着の方はいいんですが、台詞の方はどうしていらっしゃいますか?」

 

 男: (少しどぎまぎしながら)「台詞って、言う必要あるのかなあ?」

 

 オペレーター: 「中級者以上になりますと省略しても問題ないんですが、初心者の場合は精神集中のために台詞付きでお願いしております」

 

 男: 「ああ、そうなの?」

 

 オペレーター: 「申し訳ありません。台詞付きでやってみていただけますか?」

 

 男: 「あ、そう。分かったよ。オホン、『これはクリリンの分』だっけか?」

 

 オペレーター: 「感情を込めてお願いできますか」

 

 男: 「関係ある? 感情とか。ああ、精神集中ね。精神集中」

 

 オペレーター: 「お願いいたします」

 

 男: 「これはクリリンの分!」

 

 オペレーター: 「もうちょっと悟空っぽい声で、できませんか?」

 

 男: 「声色とか関係あるの? 集中すればいいんでしょ?」

 

 オペレーター: 「似せていくことで、精神がより集中できますので」

 

 男: 「そうなの? まあ、やってみるけど。(悟空風に)これはクリリンの分!」

 

 オペレーター: 「『オッス! おら悟空』から始めていただけますか」

 

 男: 「そこから? 挨拶から始めるの? ああ、初心者だからね! 分かりましたよ!」

 

 オペレーター: 「お願いいたします」

 

 男: 「オッス! おら悟空! これはクリリンの分! って、これおかしくない? 挨拶の後、すぐ攻撃っておかしいでしょ?」

 

 オペレーター: 「一種の自己暗示ですから。初心者の場合は……」

 

 男: 「挨拶から入るのね! 分かったよ!」

 

 オペレーター: 「お願いいたします」

 

 男: 「お願いばっかりじゃねえかよ。オッス! おら悟空! これはクリリンの分! で、腰を落として……」

 

 オペレーター: 「お客様、ちょっとよろしいですか?」

 

 男: 「今度は何?! ちゃんとやってるでしょうよ!」

 

 オペレーター: 「台詞の後、怒りの炎に身を焼かれる感じが欲しいんですが」

 

 男: 「そんな演出いる? ドラマじゃないんだから!」

 

 オペレーター: 「中級者以上になりますと……」

 

 男: 「精神集中ね! 精神集中!」

 

 オペレーター: 「お願いいたします」

 

 男: 「めんどくせえなあ……。オッス! おら悟空! これはクリリンの分! 怒りの炎がボウッ! で、腰を落として……」

 

 オペレーター: 「『ボウッ!』の後に、『メラメラメラ』も入れていただけます?」

 

 男: 「いる? 『メラメラ』? 『ボウッ!』だけで十分じゃないの?」

 

 オペレーター: 「できれば、手振り付きでお願いします」

 

 男: 「分かったよ! 初心者だから、やればいいのね?!」

 

 オペレーター: 「お願いいたします」

 

 男: 「オッス! おら悟空! これはクリリンの分! (手振り付きで)怒りの炎がボウッ! メラメラメラ。で、腰を落として……」

 

 オペレーター: 「お客様、ちょっとよろしいですか?」

 

 男: 「何だよ?! いい加減にしろよ。先に進まねえじゃねえか!」

 

 オペレーター: 「そう! 今の怒りのレベルでお願いします」

 

 男: 「そういうこと? わざと怒らせてくれてたわけ? そうとは知らず、すいませんね。大人気なく、騒いじゃって」

 

 オペレーター: 「あー、ばれちゃいました? まいったなあ。それじゃあ、怒りのパワー出ないでしょう?」

 

 男: 「ごめんなさい、ごめんなさい。どうしたらいいだろう、これ?」

 

 オペレーター: 「困りましたねえ……。じゃあ、こうしましょう」

 

 男: 「そうしましょう!」

 

 オペレーター: 「まだ何も言ってないでしょう!」

 

 男: 「すみません。いささか、先走ってしまいました」

 

 オペレーター: 「今後、死んでもこういうことがないように!」

 

 男: 「やけに厳しいな。何でそこまで言われなきゃいけないんだよ。ちゃんとやりますよ」

 

 オペレーター: 「では、『超神水』を使いましょう」

 

 男: 「あー、なるほど。たしか、セットの中に入ってたな」

 

 オペレーター: 「容器のラベルに『超神水バージョン0.90』と書いてあるビンを取り出して下さい」

 

 男: 「何、そのバージョン? まだ1.0まで行ってないの? 試作品じゃないの?」

 

 オペレーター: 「ちゃんとテストを通ってますので、大丈夫です」

 

 男: 「それならいいけど」

 

 オペレーター: 「はい。動物実験はきちんとパスしています」

 

 男: 「人体まだなの? 俺でテスト?」

 

 オペレーター: 「あなたの場合、チンパンジーとの差はほとんどないので問題ないでしょう」

 

 男: 「ふざけんなよ! チンパンジーと一緒にするんじゃねえよ! 人類なのっ!」

 

 オペレーター: 「ぎりぎりですけどね」

 

 男: 「余計なこと言うなよ! うちの親が聞いたら泣くだろ? 本当にこの薬、大丈夫なのかよ?」

 

 オペレーター: 「大丈夫です。失敗しても効き目がないだけで、特に害になる成分は入ってませんから」

 

 男: 「分かったよ。信用していいんだな? じゃあ、飲むぜ、『超神水』」

 

 オペレーター: 「飲む時は、『ファイトー! いっぱーつ!』って叫んでください」

 

 男: 「それも精神集中のためかよ?」

 

 オペレーター: (笑いながら)「いや、ちょっと面白いかなって思って」

 

 男: 「そんな笑い、要らねえよ! こっちは真剣なんだよ」

 

 

 

 男、箱から取り出した小瓶を開け、中身を一気に飲み干す。

 

 

 

 オペレーター: 「飲みましたか?」

 

 男: 「うわっ! にがっ! 不味っ! うっわっ、辛っ!」

 

 オペレーター: 「できるかぎり、『超神水』をリアルに再現してみました」

 

 男: 「そこ、こだわる必要あんのかなあ……。うわー、気持ち悪いー!」

 

 オペレーター: 「大丈夫ですか? 我慢してください!」

 

 男: 「う、う、やばい。吐きそうだ。(屈みこんで)うえーーっ!」

 

 オペレーター: 「あー、出ちゃいました?」

 

 男: 「うえっ! あー、気持ち悪い。何だよこれ?! 全部吐いちゃったよ」

 

 オペレーター: 「はあい。そちらがかめはめ波になりまーす」

 

 男: 「ええーっ! 口から出るのかよ?!」

 

 オペレーター: 「中級者以上になると手から出せますが、初心者の場合は口からになりますねえ」

 

 男: 「ふざけんな! こんなかめはめ波、誰が使うんだよ!」

 

 オペレーター: 「結構コンパの終盤に、二十代の若者が使ってますけど」

 

 男: 「ただの酔っ払いじゃねえか! ああ、やばい。また吐きそうだ」

 

 オペレーター: 「今度はクリリンの分ですか?」

 

 男: 「もういいわ! いい加減にしろ!」

 

 

 

(おわり)

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