いちかばちか


 「俺が……なんとかしないと……」


 授業中、彼女の笑顔を脳裏に浮かべながら、俺は自問自答を繰り返していた。

 この事実に気付いているのは彼女以外だと、俺だけだろう。当の本人はそのことをおくびにも出さず、笑みからげんきを振りまいているわけだが。


 死期が近い、というわけではないはずだ。単に体力が少ないというだけ。

 それならばちょっとした気遣いで、回復させられるのではないだろうか?

 

 「……よしっ、決めた」


 こういう時はあれこれ考えるよりも身体を動かした方がいいと聞く。

 俺は小さくこぶしを握りしめながら、覚悟を決めた。


 授業終わりのチャイムが鳴ると、俺は廊下へと出る。

 彼女の動向を確認するためだ。言っておくがストーカーというわけではない。

 

 すると、ドアを開けて対象が出てきた。手には、クラスで集められたのであろうノートの束が積まれていて。


 「うん、しょっと……」


 彼女はそれを、細い腕でしっかりと抱き留めていた。

 そんな姿に俺は唖然とした。


 「なんだよあれ……普段からあんなことさせられてるのか」


 日常的に荷物持ちをさせられてるというのなら、あの体力ゲージにも納得がいく。

 というか、隣のクラス魔窟かよ。慈悲はないのかよ。

 

 糾弾したい気持ちはあったが、いまはそんなことしてる場合じゃない。

 俺は急いで彼女に駆け寄ると、声をかけた。


 「あのっ! 天束さんっ、荷物、持つよ?」

 「え……?」


 視線が合うと、天束さんはパチパチと瞬きをした。現状を理解できていないといった顔だ。


 こういう時、状況を察することが出来る人間に憧れることがある。

 あれぐらいスマートになれたらいいなとは思うものの、余計なおせっかいではないかと心にブレーキがかかり、躊躇してしまうものだ。

 しかし、今の俺にブレーキはない。

 彼女を守れるのは、見えない彼女の心労をいたわれるのは、体力が見える俺だけなのだ。

 俺が絶対に、キミを守るから――!


 「あ、ありがと」


 荷物持ちを買って出た俺に、戸惑いながらも天束さんはお礼を言ってくれた。

 それに気をよくした俺は、ノートの束の八割近くを持ち、廊下を歩きだす。


 「これ、職員室までもってけばいいんだよね?」

 「う、うん……」


 ちょっと気まずそうな顔をしてるのが気になるが、あいにくと心情までは汲めそうにない。俺が知れるのはあくまでも体力だけだから。



 「えっと……ほんと、ありがとね」


 無事に職員室まで運び終え、その場をあとにしようとすると、彼女がぎこちないながらも笑みを浮かべてくれた。

 体力ゲージに、変化はなし。まぁ、この程度で回復したりはしないか。ポーションとか使えたらいいんだけど。


 「いいよぜんぜん! それじゃ」

 「あっ、あの!」


 突然の呼びかけ。

 振り返ると、天束さんは視線を彷徨わせている。なんだか言いづらそうだ。

 こういう時は、こっちから訊ねるべきか。


 「ど、どうかしたの?」

 「んとね……あなたの名前、教えて欲しいなって」

 「平井司、名乗るほどの者でもないよ」

 「いま、名乗ってたよね……?」


 くすっ、と小さく彼女が笑った。

 時を同じくするように頭の上にあった体力ゲージが、少しだけ伸びた。


 「あっ、回復した!?」

 「えっ?」

 「い、いやその……動いたあとは体力回復に努めないとな……なんて」

 「あ、じゃあ自販機行こうよ! 私、おごるからさ」


 な、なんですと? 

 気になるあの子から飲み物をおごると言われて、無下にできる俺ではない。

 何度も頷きを返し、彼女と連れ立って自販機へと向かう。

 内心でニヤニヤしてたのは内緒だ。



 ――その日から俺の、人知れず彼女を守る日常が始まった。


 

 彼女が落とし物をしていたときは、一緒に探してあげるようにしていたし。

 たまたま帰り道が一緒になったときは、荷物を持ってあげるように気を配っていたし。

 忘れ物をした際は、貸してくれる人を探す手間を省くため、我先にと向かっていったりもした。(もう一度言うがストーカーではない)

 

 その甲斐あってか、彼女の体力ゲージはみるみる回復し。

 三か月も経つころには、母さんの頭の上にあるゲージと遜色ないぐらいまで、上昇していた。


 「ふぅ……あれだけあれば、もう安心だろう」


 額にかいた汗を拭いながら、俺は息をつく。

 なんだかどっと疲れる日々だった。もしも俺の体力ゲージが見れるのなら、きっとミリ単位かもしれない。

 でも、気になるあの子の命を救えたのであれば、本望である。


 「司くん……ちょっといい?」


 と、自席で余韻を味わっていた俺のところに、天束さんがやってきた。

 なんだか神妙な面持ちで、こちらの瞳を覗き込んできている。というか、ちょっとだけ頬が赤い……?


 「天束さん、頬っぺた赤いけど熱でもあるの? 保健室行く?」

 「…………もうっ、人の気も知らないで…………」


 なぜか頬を膨らませ、怒ったような顔をしている。

 その様子に首を傾げていると、彼女に手を掴まれた。


 「えっ、と」

 「こっち来て」


 なんだなんだ? 俺の心配をしてくれてるのか?

 もしや彼女にも俺の体力ゲージが見えるのだろうか、と不思議に思いながらも付いていくと、連れてこられたのは空き教室で。

 俺を中に押し込んだ彼女は、後ろ手でドアを閉めた。

 状況が理解できないでいる俺に、天束さんはしっとりとした瞳を向けて、告げてきた。


 「あのね、司くん……私っ、あなたに……伝えなきゃいけないことがあるの」

 「な、なに?」

 「……あなたのことが……好き」

 「へ?」

 「だ、だから! 司くんのことが好きなの!」

 

 まさか告白されるとは思ってなかった俺は、嬉しいやら戸惑いやらで感情がぐちゃぐちゃになっていた。

 顔色はもう信号機かもしれない。そのぐらい感情の奔流が大きすぎるのだ。

 パニックになる俺をよそに、天束さんはぽつりぽつりと言葉をこぼす。


 「キミのせいなんだよ……? いつも、いつでも、私のこと助けてくれるから……意識しちゃって……だんだん、気持ちが抑えられなくなっちゃって……それで、いちかばちか」

 「こ、告白して、くれたの?」

 「う、ん……」


 恥ずかし気に俯く天束さん、その頭の上にあるゲージは今までに見たことがないぐらい伸びていて。

 俺はハッとした。

 いや、これってもしかして……、


 「あの、返事は……?」

 「え?」

 「返事、聞かせて?」

 

 ある結論に達しかけていたけど、それよりも優先すべきことがあった。

 俺は彼女の目をしっかりと見据えて、大きく頷いてみせた。


 「よ、よろしくお願いします……!」

 「~~~~っ!」


 彼女は感極まってしまったらしく、顔を手のひらで覆ってしまった。頭の上から湯気のようなものが出ている(ように見える)。

 ブルブルと震える身体がなんだか寒そうで、おっかなびっくりながらも俺は彼女を抱きしめた。


 頭の上にあったはずのゲージは、いつの間にか見えなくなっていた――。

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好感度メーターを体力ゲージだと勘違いしている男の話 みゃあ @m-zhu

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