これからの正義

川谷パルテノン

これまで

 その里には古くから悪しき因習があった。彼らが崇拝する神は贄を欲し、毎年里から一人、成人した若者がゴムタイヤを転がしながら火山口に落下せねばならなかった。里の誰もがこんなことに意味がないことは分かっていた。けれども万が一この里が滅ぶことなどあってはならない。神の怒りに触れぬよう、言ってしまえばそれだけのために若者達は犠牲になってきた。

 そして季節はやって来た。今年の贄は太郎丸という名の男だった。儀式の前夜、太郎丸は幼き頃より共に生きてきたゴムタイヤを抱きしめた。叶うことならお前を4WDにしてやりたかったと涙した。太郎丸の母は息子の背中を優しく撫でて「里のため」と声をかける。わかっております母様。ですが私はやはり恐ろしい。太郎丸の悲痛な声もむなしく夜は明ける。

 里長が早朝より祈祷を始める。火山付近には里の者が集合していた。遅れて太郎丸とその家族がやってくる。ゴムタイヤは心なしかいつもよりくすんだ黒をしていた。


「覚悟は出来ておるな」

「里長、無論でございます。ですが最後に一つだけよろしいでしょうか」

「其方はこの里を守らんとする英雄。発言をゆるそう。なんなりと申せ」

「里長、そのつまり、申し上げにくいことなのですが」

「どうした。はっきりと申せ。これは其方の生きた証となるのだから」

「では……あのさあめちゃくちゃ意味わかんないよ。なんでタイヤ転がしながら火山に突っ込むの。バカじゃん。アホか? どいつもこいつもイカれてんにもほどがありますわなあ。だいたいアンタが行けばいいんじゃないの? 十分楽しい人生だったんじゃない? 毎晩キャバクラで飲み明かしてさ! 女の子言ってたよ。息くさいって。妙な健康食品に手ぇ出して内臓おかしなってんとちゃいますの? あとさ、ゴムタイヤって何? コレを押して転がす? 何? 神は何を求めてるの? 誰が言い出したん? どこのアホがじゃあ供物はゴムタイヤでてどあほかよ! まあいいでしょうまあいいでしょう。じゃあゴムタイヤ行きますわな。そのあと僕も追いますわな。近く! もうそこに着くまでがだいぶ熱いのよ! いっぺんどんなもん思うて歩いてみたんよ! あれはアカン。全然アカンで。君はなんやお姉ちゃんにスケベしてて楽しいだけか知らんけどやな一回近く行ってみぃて。わかるから! 僕が言うてることわかるから! あとなオカン! 里のためちゃうやろ! なんかそのあれや。金もろてんのやろ。鬼か! 我が子の値踏みしくさりおってからに! 言うとくけどな儂ゃやらんぞ。こんなけったくそ悪い! お前らわかっとんのやろがい! アホがあ! 全員いね! クソ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

これからの正義 川谷パルテノン @pefnk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る