シスコン難しい。―妹に脅されたのでシスコン化します―
ムツキ
◆ 命がけのシスコン認定 ◆
「シスコンってさ、どうなればシスコン認定して貰えるかな?」
幼馴染の手からスマホが滑り落ちる。
ここは教室。
時は昼休み。
真後ろの席に座る幼馴染。
ゴトトンと大きな音を立てて落ちたスマホ。
丁度、昼食の弁当を食べ終えた所での息抜きタイムだ。相談にはうってつけの時間だったはずだ。
俺は首を傾げる。
「アユムが……壊れた」
やがて口をきいた幼馴染に反論する。
「いや壊れてないが?」
「いやいやいや、お前の身体は無事かもしれねぇ。でも頭は、壊滅的に狂っちまってる! 二度言ってやるよ、狂っちまってる!」
十年来の友人が言うのだ。
もしかしたらそうなのかもしれない。
それでも俺は、この話題の先へと進まなければ事情がある。
「聞いてくれ、
後に彼は言う。
「あの時しっかり止めておくべきだった」と――。
◆◇◆
「シスコンことシスターコンプレックス」
「なんでフルで言った?!」
景気よく突っ込む幼馴染――
こんな人物が兄なら誰しも嬉しいかもしれない。
だが天は二物を与えず、彼は一人っ子なのだ。
「俺ってシスコンじゃないだろ? 控え目に見ても、幼馴染の欲目で見ても違うだろ?」
「欲目なんかねぇし! あっても、欲目でシスコン認定ってなんだソレ。ありえねぇわ」
そうだよな、と応じて溜息をつく。
「翔馬、シスコンって何だろうな? どこからがシスコンになるのか。これは永遠の
「そんなデカい問題?!」
俺にとって、妹はごく普通に『妹』でしかない。家族で、産まれた時から知っている女の子で、喧嘩もするし、可愛いと思う事もある。
だがそれだけだ。
それだけでは『シスコン』には認定されないのだ。
「シスコンにならないといけないんだ」
俺は重苦しい真実を告げるように、低く告げた。
俺と妹は二才差、学年で言えば二つ下。
お互いに気まずい事に、俺が三年の時に妹が入学してくるのだ。別に嫌ってるわけでもないが、お互いにとにかく気まずい。
これで運動部系のエースなら妹も胸を張ったろうし――そう、例えば翔馬みたいな――、こちらとて妹が名前も知らない坂とか川とかの数十人パーティーなアイドル顔だったら大喜びして妹のクラスに入り浸ったかもしれない。
悲しいかな。
妹は俺の妹なのだ。
当然、顔の方向性も一致している。ナルシストも
「だが人間やってやれない事はない。俺にだって勝機はあるだろ?」
「勝機……? え? シスコンの?」
恐る恐る問いかけてくる翔馬に頷く。
シスコンというものは『姉』や『妹』が絶対的に必要になる。そして俺には『妹』がいるのだ。
方向性は分かっている。
『妹』に対する『可愛がり』だ。
ジャッジをする判定者もいる。
『妹』の『多々見桃』だ。
後は俺がどれだけやれるかにかかっているだろう。
「腹が立とうがムカつこうが、ひっぱたいてやりたくなっても……だ。嫌いじゃないしな……」
「おい、アユム……昨日一体、何があったんだよ!」
翔馬が慌てて声をかけてくるが、ここは無視する。
家が隣同士という縁から幼稚園以来、仲良くしてきた友人だ。時に兄弟にさえ思えるほどだ。
しかし俺に必要な者は妹との
「おい、アユム! 聞けって!」
「どうすればキラキラできると思う?」
「き……っ、キラキラ?! マジでお前、どこにどう……何しようとしてんだよっ」
キラキラの重要性は洋画派の翔馬にとって、難しい話だったかもしれない。
アニメ派ならば、きっとと思う。漫画やアニメが好きなら分かってもらえたはずだ。
「翔馬、シスコンに一番重要な要素は『美しさ』なんだよ」
「う、つくし……さ?!」
「そう、
そうして俺は自分のスマホをタップし、ファイルした画像を見せていく。有名アニメの『シスコン』たちだ。
この際、
なぜなら妹の
「一体お前ら兄妹に何があったんだよ」
呆れ声の翔馬にはちゃんと説明しておくべきだと判断する。
俺は、ポケットから紙の切れっぱしを差し出した。
昨晩妹から顔面に投げつけられた物で、罫線からもノートを乱雑に破いて丸めた物である事はすぐに伝わるだろう。
「えーっと『シスコン極めて出直してこい、クソ兄貴』って……? これ、モモちゃんの字、だよな?」
右肩上がりの
彼が音読した物こそ、全ての始まりだ。
「あぁ。つまりな……求められてるんだ、俺のシスコン化を」
「え? おま、まさかこんな売り言葉に買い言葉みたいな暴言で『シスコン』になるってか? いや落ち着けよ? 遠い親戚みたいな子がこんなに言葉遣い悪いってのも胸に痛いってのに……ってか、お前、
「うん、……まぁアニメでなら、な」
「アニメかよ!」
叫ぶ幼馴染に頷く。
仕方ない。リアルの方は分からないのだ。残念な事に周囲にシスコンの手本がいないのだ。
だが偉大なるアニメや漫画から『シスコン』への情報は接種できているし、キラキラ兄とキラキラ妹が仲睦まじくしている映像も浮かぶ。なんならキラキラ姉とキラキラ弟もだ。
なんだっていいのだ。
美しくも
「そこでだ、俺、脱毛しようと思ってさ」
「アユム、アホなの? お前ってアホなの?」
「脱毛してないキラキラってあるか!? 俺は桃にシスコンって認められる必要があるんだよ……っ」
「待てよ、何だって、そこまで……お前、すね毛剃ってまで『実の妹』の『シスコン』認定が欲しいのか? そこには何の救いもねぇんだぞ? もし仮に、血が繋がってなけりゃ可能性があったさ! でもな、お前ら、ガッツリそっくりだからな!?」
分かってるさ。
だが俺はシスコン認定が欲しい。なぜなら――。
「言ったろ? 命が掛かってんだよ、翔馬」
「いや言ってたけどさ、命って?」
「……俺の黒歴史なノートだよ。俺は死ねる。アレを公表されたら余裕で死ねるし、むしろ死ぬ」
「……恥ずかしいポエムか?」
「それならまだいい」
黙り込んだ幼馴染はそれでも、呟く。
「だからって、ムダ毛剃ってまでかよ。逆に興味出るわ……いや、いいわ、問題そこじゃねぇわ。えーっと、シスコンと毛は関係ねぇぞ!」
「じゃあ、どうすれば俺はキラキラな美しい兄になれるんだよ!」
幼馴染は目をそらす。
彼には分からないだろう。俺が美しくなる事だけじゃない。色々イヤになってひたすらノートにびっしり『殺』の文字を書き続けた俺の気持ちも、きっと分からないのだ。
そしてソレを妹が現在確保している事の恐怖なんて――。
あの日の俺はどうかしていた。
そう。ただただどうかしていた。そんな日だってあるだろ? 誰だってあるさ! 何かに『殺』を連発で書きたくなる時だってあるんだよ。
きっとそれが青春だって、数十年後には思うし割り切れるかもしれない。だが今は無理だ。社会的に死ぬ。
こんな見るからに陽キャな翔馬には分かるまい。取り返した
「俺だって……分かってるんだよ。頑張ったって俺みたいなタイプはキラキラにはなれないって。それでも近づけたいんだよ」
「アユム、アイドルじゃねぇんだから一般人にキラキラは難しいんだよ。絵じゃねぇんだからさ」
リアルな人間は『絵』ではない。幼馴染の言葉は、天啓のように俺の脳裏を
「絵……そうだ、それだ!」
「え?」
「ありがとな、翔馬! お前はやっぱり頼れるヤツだ!」
「おいおい、どうする気だよ!!」
「描くトコから始める」
「はぁ?!」
俺はその帰り道、百均に寄って帰った。明日からは春休みだ。何かを始めるには丁度良い時分である。
何を買ったかは言うまでもないだろう。
◆◇◆
春休みが開けての初登校。
朝日の射し込む教室。
久しぶりに会った幼馴染がペットボトルを落とした。キャップを開けていなかったのが救いで、コロコロと転がっていく。
俺の上履きに当たって止まる瞬間までが全て、スローモーションのようだ。
クラスメイトも一様に黙り込んでいる。
輪郭を隠す髪とマスク。
眉は全剃りして柳眉を描いたし、BBクリームで肌の凹凸も隠している。服だって萌え袖の極意を体現し、指先足先までも完璧に緩やかなフォームを守っている。
完璧な麗しさを、俺は手に入れたはずだ。
なのに、どうしてこんなにも寒風吹きすさんでいるんだろう。
春だぞ?
「ショーマ、おはよぉ」
穏やかに間延びした俺の声。
ついに石像と化していた幼馴染がリノリウムの床に
「……どちらさまだよ!!!! 戻ってこいよ、俺の幼馴染!!」
家が隣通しにも関わらず、この状態の俺を知らなかったのはやんごとなき理由から避け続けていたからだ。
そう、俺にはシスコン仲間ができたのだ。毎日シスコン道について語りあかし、キラキラは『盛る』事で作れるとご教授もされた。
この言葉を幼馴染に教えてやろう。
「ショーマ、人間は『盛れる』んだ」
口をポカンと開けて愕然としていた友人は――やがて、何やら後ろ向きな発言を漏らし始めた。
俺が新たなステージに上ったと同時に、まさかのショーマが新たな闇の扉を開いてしまう事になるとは。
思いもよらなかった。
すまない、ショーマ。俺はこのまま突っ走るが、幼馴染で親友とすら思っているお前だ。いつでも極意を教えてやろう。
『仲間』も『先生』もできたしな?
妹はどう思ってるかって?
いずれ妹も分かってくれるさ、この良さが。
了
シスコン難しい。―妹に脅されたのでシスコン化します― ムツキ @mutukimochi
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