創作合宿『時間』
「こんちわ!」
「こんにちは、ティム君。今日はね、授業で教室を少し汚しちゃったの。お掃除を手伝ってくれる?」
「うん!」
「ありがとう、じゃあ床をお願いね」
ユリア先生のお手伝い、大好きだ。
本当はこんなの魔法でチョチョイとキレイに出来るのに、僕のお手伝いの為に残してくれてる。床には絵の具みたいなのが少しかかってるぐらい、こんなのデッキブラシでこすればすぐ終わる。
「ユリア先生、今日は何の授業をしたの?」
「魔法でお絵描きをしたの。まずは色を出して、思い通りの線を描いて、それから色を塗るのよ」
「わ、それ楽しそう!」
「うふふ、やってみましょうね」
大急ぎでゴシゴシして床を磨いた。僕の家はお金を持ってないから、先生のお手伝いをして
もう先生は水色の粘土をコネコネしてる。
ああ、僕の為に『時間』を作ってくれてる。そうしなきゃいけないぐらいなんだね、このお絵描きの授業は少し難しいのかもってワクワクする。
金色の瓶から銀色の粉が出てきた。先生の白い手がそれを粘土に混ぜてコネコネ、僕はデッキブラシを道具箱に片付けてピカピカの床を走る。
「お疲れ様、今日もキレイにしてくれてありがとう」
「えへへ、はい!」
「では始めましょう」
「はい、お願いします!」
銀色の粉を混ぜた水色の粘土を先生がフンワリ空中に浮かべれば、すぐにモクモクッと広がって大きな風船みたいになる。嬉しい、先生と手を繋いでピョンと飛び込む。
キラキラした水色の世界、時が止まった魔法の風船の中で先生のキレイな黒髪が揺れる。
「ティム君、杖を構えて?」
「はい!」
先生が作ってくれるこの『時間』の中にいる時が一番好きだ。丁寧に教えてくれて、僕が出来るまで付き合ってくれて、それでも教室に戻れば一分も経ってない。そして魔法の風船から出ると、よく出来ましたって飴玉を一つ口に入れてくれるんだ。
家までの帰り道で無くなる、甘い飴玉。
兄達に取られないように、小さな飴玉。
「今日も良く出来ましたね」
「ありがと、先生!」
「明日と明後日は休息日ね。ティム君は家のお手伝い?」
「うん。いつもの仕事と一緒」
「そう。怪我の無いように頑張って、また来週待ってます」
「はい! さようなら!」
休息日なんて無くてもいいよ。どうせ休息なんてしない、させてくれないんだから。
僕は毎日学校に行きたい。先生に会いたい。
……朝からヒツジとヤギを餌場へ、次の餌場へと追いながら。
牛舎の掃除はコッソリ魔法を使いながら、重たい物は軽くして、先生に言われたから岩場は気を付けて、危ない動物には会わないように、鎌を使う時はブカブカだけど父さんが遺した防具を着けた。
いつもより少しだけ早く終わったみたいだ。まだ空は明るい。
どうせ家に帰ったら夕飯の手伝い、火をおこせだの、水を汲んで来いだの……学校、行ってみようかな。
先生も生徒も誰もいないのは分かってる、初めて忍び込んだ時も休息日だった。でも、その何回か後にユリア先生が来てて本を読んでる僕を見付けてくれたんだ。
今日もいないかも知れないし、いるかも知れないじゃないか。
息を切らして廊下の窓から入った学校は、オレンジの夕日と黒の影、木目まで二色に染まってるだけだった。
図書室も、音楽室も、いつもの先生の教室も。
後ろのドアから並んだ机と椅子を抜けて、これはユリア先生の机。この引き出しは……。
「……開いた」
鍵や魔法で開かない様になってるかと思った。
本や折り紙、カラフルなインク壺、羽ペン、奥の方には嘘みたいに四角い水色の粘土、金色の小瓶。
これを、こねて。
これを、混ぜて。
僕には出来ない? 僕にも出来る?
魔法の才能があるとユリア先生は言ってくれた。
小瓶の蓋をキュポンと抜いて、机の上に銀色の粉を出す。
爪ぐらいの小山に小さく千切った粘土を押し付ける。
指の跡がシュンと消えて真四角に戻った粘土の引き出しを閉める。
銀のキラキラを巻き込んでコネコネ。
小さな水色が均等にキラキラするまでコネコネ。
こういう作業は丁寧にって言ってた。
「……出来た!」
気付けば真っ暗、見えるもの全部が黒い影。今夜は三日月、月明かりも頼りない。
大変だ、帰らなきゃ。これは母さんにも兄さんにも怒られる、探されてるかも知れない。
教室を飛び出して夜道を走る。走って、走りながら、ポケットの中の粘土があれば何も怖くないかもって笑えてきた。
僕じゃ何にもならない、ただのキラキラ粘土。
これは秘密のお守りにしよう。
あんなに急いで帰ったのに無茶苦茶に怒られて殴られて、眠っても次の日の朝はまだ来てなかった。
夜明け前に暑くて起きた。暑い、熱いのは家が燃えてるからだ。母さんも兄さん達もいない、燃えちゃったのかも知れない。
冷たい魔法で自分を守りながら家を出る。村が燃えてる。
皆どこだろう? 人の気配は東から感じるけどあまり良い雰囲気じゃないような……でも先生も東にいる、森の方だ。
ユリア先生の所へ行こう。家も家族も居なくなった僕を先生は邪魔にするかな? 少しの間だけでも一緒に居てくれるかな?
「……たず!」
「……魔女だ!」
役立たず、お前は魔女だ、そう聞こえた。
川の側の茂みで動けなくなった。ここを抜ければユリア先生がいるのに、出て行っちゃダメかも知れない。
子供が死んだ、妻が夫が親が兄弟姉妹が死んだと責める絶叫。なぜ魔法で助けてくれなかったのかと、なんの為に住まわせてやっていたのかという絶叫。
みんな何を言ってるんだろう?
きっとこれは戦争だよ、父さんも連れて行かれて死んだ、人間が勝手にやってる戦争だよ?
ユリア先生は関係ない、先生を魔女と呼ぶなら本当に関係ないじゃないか、だってこれは人間の事情なんでしょ?
グシャッて嫌な音がした。先生が頭を押さえてる。
なんで魔法を使わないんだろう?
もうみんな知ってる人だけど知らない顔をしてる。
使おうよ、魔法。
杖は無い、足下の枯れ枝を拾って構える。
いつか本で見ただけの魔法、僕には出来ない? 僕にも出来る?
風が渦を巻く。
ガラスの欠片みたいな固い物を含んだ風を巻く。
ユリア先生には当たらないように、みんなを静かに切り刻む。
「……ティム君?」
「うん」
「……いけない子だわ」
「ごめんなさい」
「……でも、優秀な教え子だわ」
「ありがとう」
川の水で血を洗い流す先生に、見よう見まねで暖かい魔法をかけてみる。いつか僕の傷を治してくれた、あの魔法。
「先生」
「なあに?」
「僕、先生が好き」
「ありがとう」
「時間、止めれる?」
「……あら」
僕がポケットから出した粘土に、先生はすごくビックリしてる。いけない子だわ、と笑って飴玉に交換してくれて……違った。
先生は赤い飴玉を手のひらから自分の口へ、それから僕の口へ。
なんで口移しなんだろう? ユリア先生は柔らかくて温かくて良い匂いがする。花と魔法と血の、良い匂い。
治っていく先生の傷と耳とツヤツヤの黒髪の向こうでは水色の世界が広がっていく。飴玉はもう頬っぺたに入ってるのにまだ探されてる。僕が溶けていっちゃいそう。
それに、なんか分かってきた。
先生は僕達の『時間』じゃなくて、僕達以外の『時間』を止めるつもりだ。銀色の粉、沢山混ぜておいて良かった。
「……先生、泣かないで? まだ痛いの?」
「……とても痛いわ。だから側に居て。貴方は、どこにも行かないで」
「うん」
「……いいこ、ね」
ユリア先生は誰かがどこかに行っちゃった事があるのかな。先生の事、何も知らないけど分かったよ。
僕は、ずっとここに居ればいい。
先生の細い腕の中に、居ればいい。
おわり。
色んなお題を本番とは別にもう一度蹂躙したり、締め切りに間に合わなかったり、参加条件にハマらないヤツを勝手に書いたりする楽しい所 もと @motoguru_maya
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