飛べない鳥が空を飛ぶ
しーちゃん
飛べない鳥が空を飛ぶ
「昨日午後五時頃、○○高等学校の屋上から飛び降り自殺がありました。死亡したのは......」
「イジメについてのアンケートです。みんな真剣に書くように。イジメについて知らない生徒は下にある文字を写書きしてください。」 その言葉で生徒は口々に不満をもらす。
「えぇ、めんとくさ」「ななちゃんそんな事より、楽しい事しようよ」そんな生徒たちを宥めるのは楽じゃない。うるさいなホントに。「イジメは誰にでも起こりうることだから、真剣に向き合って」先生として正しい答えを言う。虐めんなんて無くならないのに無駄だという皆の意見は凄くわかる。でも仕方ないじゃん。やれって言われてんだから。そう不満に思いながらニッコリ笑って皆に話す。「イジメは自殺にも繋がるの。皆が被害者や加害者にならないためにも他人事だなんて思わずに何か知ってることがあるなら教えて欲しいの」そう言うと、面倒くさそうではあるが皆紙にペンを走らせる。数分して、ペンの音が消えた。「みんな書けた?じゃ、かけた人から前に持ってきて」チラホラ生徒が様子を見ながら席をたちそれに連なるように皆動き出す。「2、4、6…よし。全員出し終わったね。次の授業は化学室だからね。皆遅れないようにね。以上、休憩していいよ。」
そう言い残し教室を出た。
「七海先生どうでしたか〜アンケート」嫌味な声が聞こえる。「今から目を通すところです」教頭の鼻につく話し方やいやらしい目に苛立ちを感じながら、必死に笑顔をつくる。「そうですか〜。ま、イジメなんて我が校に限ってありませんよね〜」「そう、思いたいですね」いい歳した男の大人が語尾伸ばすなよ気持ち悪い。と思いながら返事をしその場を立ち去った。
職員室は真空パックのように息が詰まる。学校という小さな世界から出たことの無い人ばかりが集まった、言わば弱肉強食思想の巣窟。弱い者は誰かの踏み台になる世界。そんなことを考えてると「七海先生お疲れ様です。」と声が聞こえビクッと肩を震わせる。隣の席に座る渡辺先生だ。「お疲れ様です。」そう一言だけ返す。なんとなく、男性教師と話すと変な視線を感じる。「若いからって、やめてよね。風紀が乱れるわ」そんなヒソヒソ声が聞こえる。おばさん達がなに色目付いてキモいよ。そんな風に心で毒を吐く。女はいつまで経っても女のままだ。彼氏がいようが旦那がいようが変わらない。男に気に入られてる女は気に入らないし、若くて可愛い女はもっと気に入らない。でもお生憎様。私はここにいるおばさん達よりもかなり若い。醜い嫉妬に怯む必要は無い。彼女達を横目に優しく笑みを零した。
「また、飛び降りがあったみたいですね。」その声に我に帰り、音のするほうに目を向ける。職員室のテレビから流れるニュースは連日、イジメや殺人、自殺の話ばかり。自ら死ぬことは逃げと言い誰かが亡くなる事は良くない事と教えながらも世間は死を求めてる。まるでドラマの様に人が死ねばそれを想像し口々に語り彼らについて、はやし立てる。『死こそが芸術』とでも言うように死を題材にした作品は多い。人は弱い。それ故に皆想像でしか分からない、でも確実にある死に理想を抱き美化したがるのか、分からないが死を考えずにはいられないみたいだ。「それ、イジメのアンケートですか?」そう渡辺先生に聞かれ「そうです。今から目を通すところです。」と答え席に着いた。1枚1枚に目を通す。どうせこんなの書いても解決しないのに何故こんな紙の無駄をするのか不思議だ。思った通り誰もイジメについて書いてるものはいなかった。予鈴がなったので私は授業の準備をして職員室を出た。私の担当は現代文。本が好きとか言う生徒はある一定数いるのだろうが、現代文が好きという人はなかなか居ない。別にどうでもいいんだけどね。教室に入るなり生徒達が一斉にこっちを見る。「ほら、席ついて!授業始めるよ〜」そいうとガヤガヤした声の中でそれぞれの席に着く生徒達。「ななちゃーん今日も可愛いね!」生意気なガキ。「ありがとうね。じゃ教科書出してね!」と適当に返事する。「ななちゃん、彼氏いるの?俺とかどう?」「彼氏はいないよ?もっと大人になってからね〜(クソガキが)」心の中で何度も舌打ちをする。廊下を英語担当の若松先生が歩いていくのが見えた。ガヤガヤした授業。真面目に聞いてる生徒なんてほんの数人。毎日毎日めんどくさい。淡々と授業を進める。するとチャイムが鳴った。「はーい!じゃ、今日はここまで!次は128ページからだからね、予習してくるように!お疲れ様」そー言って教室を出た。職員室に戻るといつもよりも鋭い視線を感じる。おばさん達がヒソヒソ話してる。「学生にまで色目使って、本当に気持ち悪いわ」
「私聞いちゃったの。もう少ししたらデートしてあげるって言ってたのよ!」「それに、ほら七海先生って、、、」その言葉で全て理解した。若松がたまたま聞いた生徒への足らいを解釈を変えて大袈裟にみんなに広めた。あらかたそんなもんだろ。気持ち悪いのはお前らだ。良い歳して何が楽しいのか。ため息が出る。
昔からこうだ。なんでもない言動に人は勝手に憶測立て無理やり話を結び広める。私は人付き合いが昔から苦手だった。言葉は難しい。心なんて目に見えないのに、人は尚更それを言葉で隠す。本心では無い言葉を使い人に伝える。その嘘偽りの言葉と表情で本心が何か感じ取れなんて無理がある。だから私は物語に逃げた。誰とも心を通わせなくていい小説は自分だけの世界で余計な事を忘れられた。楽だった。そんな私は小説を書いていたことを思い出した。書きかけの小説。続きを書いてみようか。そう思うと早く帰りたくて仕方なかった。何度も時計を見てやっと帰れる時間になり少し急ぎ足で帰宅した。押し入れをあさると、思いのほか簡単に見つかった。そうだこんなタイトルだった。中を開いて読んでみる。『みにくいアヒルの子は、他のアヒルを最後どう見たんだろ。空高く羽ばたいた瞬間彼は何を思ったんだろ。ずっと虐めてきた兄妹を惨めに思い嘲笑ったのだろうか。それとも別れを惜しんだのだろうか。私はきっと飛べないと思っていたのに空を掴んだ瞬間彼らとは違うと誇りに思い奴らに見せつけるだろう。』小説と言うよりは感想文。そんな描き始めだった。でも、あの頃から私は何も変わってないと思った。今の私もきっとそうだ。この作品をどう終わらせるか考えペンを走らせる。気がつけば朝を迎えていた。不思議と眠くない。何だか気持ちが軽い。学校に行く準備をして外に出る。天気がいいせいか、気分がすごく穏やかだった。職員室に着くなり張り詰めた空気は変わらないが、今はそんなに苦しいとは思わない。むしろなんだか清々しいくらいだった。やりたい事があるってこんなに楽しいんだ!毎日毎日イライラしていたあの日々が嘘みたい。「七海先生今日ご機嫌ですか?」そう渡辺先生に聞かれ「はい!なんかやりたい事と言うか、ずっと出来なかったこと出来ることになって」そう言うと、「良かったですね!ちなみにやりたかった事って?」そう言われた。小説を書いたとか少し言うのは恥ずかしいし、人に言うのはつまらないそう思い「秘密です!」と答えた。「そうですか。ま、楽しみがあるのはいい事ですね」そ言われて頷きホームルームの準備をした。今日一日は本当に充実していた。初心忘るべからずというは本当だと改めて思った。放課後になり私はカバンからノートを取り出した。そして続きを黙読する。『きっと自分は可愛い方なのだろう。芸能人になれる程とかは言わない、そこそこ可愛いのだ。それは周りの反応がそう示している。でも本当に愛されたい人には求めた形で愛されない。それ以上に嫌われることも多い。「気持ち悪い」その言葉が頭を支配する。「おはよう。」その言葉に返事する人は私の家にはいない。「飛鳥。今日は学校休め」その言葉にもう戸惑いは無い。大人しく頷き学生鞄を床に置く。アイツの手が頭に触れる。そして肩に写り、背中を押される。寝室に入るなりアイツは私を押し倒す。少し、少しだけ耐えれば終わる。気持ち悪さが身体中を這う。窓から見える空が凄く綺麗に見えた。空を飛べたらどんなに楽なんだろうか。そ思うと涙がこぼれそうになる。唇を噛み締め堪える。兄が受験に落ちてから家族関係は一気に変わった。父は兄に激怒し口を聞かなくなった。まるで見えていないように。兄はストレスに任せて母や私を殴るようになった。そしてやがて母は家を出ていった。そして父は母と私を重ねて見るようになった。いつかの夜に夢を見た事を思い出した。かつてみにくいアヒルの子と呼ばれた彼に「飛んでみたい?ならこっちへおいで」と手を引かれる夢を。生まれ変わりたいと思った瞬間生まれ変われるとしたらきっと今だ。空を飛ぶ鳥を羨ましいと思った。飛べない鳥から、飛ぶ鳥になりたい。だから決めた。もう終わりにしよう。行ってきます。』上出来時は言わない。でも私なりの言葉で書き上げた話。そっとノートを地面に置いた。【飛べない鳥が空を飛ぶ】
「昨日午後五時頃、○○高等学校の屋上から飛び降り自殺がありました。死亡したのは高校に勤務していた七海飛鳥さん26歳女性です。現場には1冊のノートが置いてあり、家族間での問題や教員からの虐めなどを想像させる内容が書かれていたとのことです。警察は自殺の線で詳しく捜査を始めた模様です。」
飛べない鳥が空を飛ぶ しーちゃん @Mototochigami
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