貴方のためなら何にでも
秋野凛花
貴方のためなら何にでも
最近、ウチの弟には悩みがあるらしい。
らしい、というのは、本人から直接話を聞いたわけではないからだ。
猫背、俯きがち、定期的に吐き出されるため息。……ああ、こちらの気が滅入ってくる。鬱陶しいったらありゃしない。
なのにあいつときたら、何でもない、姉ちゃんには関係ないだろ、と言われると来た。全く、反抗期にはまだ早いだろ。ムカつく。
だから、あっそ、じゃあもう知らねー、なんて、売り言葉に買い言葉。そう言ってしまったのだ。
私は大馬鹿野郎だ。
弟だって小学生。悩みの一つや二つくらいあるだろう。好きな子がいるー、とか、勉強が上手くいかないー、とか。それを見抜いてやるのが姉の努めってもんだろ。知らないけど。それを、もう知らねー、で片付けてしまうとは……。私の馬鹿も、筋金入りだ。
はあ、あいつの好きなモンブランでも買って帰ろうと、私は財布を片手に思う。いつも帰るときは、最寄り駅を出て右に曲がらないといけないんだけど、ケーキ屋に行くためには左に曲がらないといけない。……仕方ない。弟のためだ。これで感謝しなかったら容赦しな……ああ、こういうとこが駄目なんだってば、私。
「……ん?」
そこで私は気づいた。ケーキ屋に向かう途中には、知る人ぞ知る公園があるんだけど……そこに、あいつの姿があった。……ここ、あいつの通う小学校とは逆だよね? 何して……。
そこで私は気づいた。弟が、いかにも上級生の悪ガキ、的なやつらに、囲まれていることに。
「……コラーーーーっ!!!!」
私は気づいたら叫んでいた。彼らの視線が私を向く。その瞳は大きく見開かれていて、してやったり、なんて思って。
私は弟に駆け寄る。弟は瞳に涙を浮かべ、腕や脚に、ところどころ怪我をしていた。恐らく、暴力を振るわれたのだろう。
……許せない。
「……あんたら、ウチの大事な弟に何してくれとんじゃ!!!!」
私の大声が、その場に凛と響き渡る。弟を囲んでいた悪ガキたちは、軽く悲鳴をあげて肩を震わした。……そして私の大声を聞きつけたのだろう。近隣の方々が、何だ何だと顔を覗かせていた。
「次ウチの弟に手ぇ出したら、タダじゃおかないからね!!!! そこんとこよう覚えとき!!!!」
腹の底から声が出る。当たり前だろう、私は運動部だ。大声を出すことなんて、お茶の子さいさい。
悪ガキどもはすっかり私の大声に萎縮してしまったようで、一目散に駆け出した。はん、おつむの緩いやつらだね!
「……姉ちゃん……」
「ん、ああ、大丈夫?」
私は振り返り、中腰になって弟を見つめる。弟は、何も言わない。だから私は、安心させるようにニッと笑った。
「またあいつらに何かされたら、私に言いな。私があいつらを懲らしめてやっからさ!」
すると弟も、しばらくしてから……小さく、笑い返してくる。
「……万年ベンチの姉ちゃんに言われてもね」
「はぁ!? 人がせっかく……!」
「……ありがとう、姉ちゃん」
弟が、小さく呟く。私は危うくその言葉を聞き逃すところだったけど……ちゃんと聞こえたから、その頭に手を乗せた。
「あったりまえよ! あんたは大事な弟なんだから!」
貴方のためなら何にでも、ってね!
【終】
貴方のためなら何にでも 秋野凛花 @rin_kariN2
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