第26話 ここで3人で住んでみない?
「マサキ——あんたは偉い!」
ギルド近くの喫茶店。
ミナは涙さえ浮かべながら俺の手を取り、惜しみない賞賛を浴びせていた。
俺とシズクがギルドの休憩所に下宿していることを知り、当初は激怒していたミナだが、俺とシズクが仲間になった経緯を説明し、特にシズクの生い立ちと、俺がシズクの抱えていた肉体的問題を解決したことを話したところ、どういうわけかものすごく感動したらしく、圧倒的な賞賛、共感、肯定のムードを醸し出してきたのだった。
「困ってるシズクちゃんを見つけて、助けて、守ってあげたのね!
素晴らしいわ。それでこそ私の弟よ!
ああ。あのマサキがこんないい子に、——いえ、こんないい男に成長していたなんて。
お姉ちゃんは信じてたわよ、マサキのこと!」
「あ、ああ」
ちなみに、話の中でミッション・コンソールについても詳細に説明してある。
ミナ相手に隠し事をするのも馬鹿らしいし、これを話さないと免疫や視力を改善したことが説明しようもないからな。
それについてはミナもわかるようなわからないような顔をしていたが、こちらとしても、ともあれそれはそうなんだと強弁するしかないし、実際にそれでスキルレベルをあげたシズクも一緒に話してくれたことで、一旦は飲み込んでくれる感じになった。
ちなみにその時ミナのミッション・コンソールを起動できないものかと色々試してみたが、どうやっても起動できなかった。
これはまあ、同じ冒険者のパーティではないから仕方ない所もあるかもしれない。
その際に、「ミナ、俺たちは仲間だよな?」「俺とお前は一心同体だ。何があっても助け合っていこう」「世界中の全てが敵になっても、ミナだけは味方でいてくれるか?」などのクソ重フレーズをノリで連発したあたりからグングン機嫌が良くなり、驚くほどに協力的な姿勢を見せてくれている。
「そうよね。私たちは仲間だものね。
この先ずっと、一生、助け合って行くんだもんね」
「お、おう」
「シズクちゃん。これまで本当に大変だったわね。
でも、もう大丈夫よ。このマサキはこう見えても、やる時はやる男なんだから。
それに、これからは私もついているわ。
あなたはマサキの仲間なんだもの。もう私にとっても他人じゃないわ。
私はシズクちゃんの味方よ!」
ミナの情熱的なセリフに対して、シズクはめちゃめちゃ引いてた。
気持ちはわかる。俺もそういうの割と引く方のタイプだ。
「ま、わかってくれたんならいいや。じゃ、俺たちはボチボチ引き上げるか。
シズク、ギルドの簡易宿泊所に戻るぞ」
「待ちなさいマサキ。それとこれとは話が別よ。
あんな劣悪な環境に女の子を泊まらせるなんて私が許さない。
鍵もかからない部屋で寝かせるなんて、夜中に変な人が入ってきたらどうするの。いくらあんたが隣のベッドで寝ているとはいえ。
周りもうるさくて落ち着かないし、衛生状態にも不安があるし、何よりなんて所で体を洗わせているのよ。
私の目が黒いかぎり、この子をあんな所で寝泊まりさせることは許さないわ」
「うーん、そう言われてもなぁ」
「……そうね、前々から少し考えていたことだけど、あれを実行しましょう。
マサキ、とりあえず今夜はシズクちゃんは私の家に泊めるわ。
あんたはこの近くのホテルを取りなさい。安くていい所を紹介してあげるから。
お金は大丈夫よね?足りないようなら出してあげてもいいけど。身元証明に困るようなら、この私の名刺を出せば宿泊拒否されるようなことはないと思うわ」
「……待って、ミナ。私はマサキとミッションをこなさなければ」
「そのミッション……?てのも、一日やそこらで大幅に変わるものじゃないんでしょう?
とりあえず明日の朝は今日と同じミッションをこなして、マサキと集合してから不足分があれば達成するって形でやってみてもらえるかしら。
ごめんね、とりあえず一日だけそうしてみて」
「お、おいミナ。なんだか話が勝手にドンドン進んじゃってるみたいだけどさ、俺たちは……」
「マサキ。戸惑う気持ちはわかるけど、今だけは私の言う通りにして。
大丈夫。悪いようにはしないから」
うーむ。
まあミナの言うことだからな。
実際俺の言い出したギルド宿泊作戦はだいぶ微妙なところがあったし、言う通りにするのもよいかもしれない。
「……ミナ、それでも私はマサキと一緒に」
「随分遅い時間になっちゃったわね。お夕飯は帰りがけに
「……すぐに出発しよう。ミナの家はここから近いの?」
相棒が秒で陥落されちまった。
とりあえず俺もホテルに向かうか。
夕飯はサラダチキンをおかずに茹で卵と蒸しブロッコリーを食いまくろっと。
境遇差に泣きそう。
——
で。
翌日。
朝は打ち合わせ通り、シズクとは9時にギルドで集合し、ミッションの状況をすり合わせ、若干不足した分を追加でやってから第6層を冒険。
昨日同様それなりに順調な手応えを感じつつ、夕方に切り上げて。
ギルドで報酬を回収し、貯まった金で一昨日まで住んでたアパートの大家さんに滞納家賃を返済。
その後、ミナに指定されていた時間に指定されていた場所に行ってみると……。
「よく来たわねマサキ!ここが私達の新しい家よ!」
立派な——マジでかなり立派な住宅がそこにはあった。
パッとみて、庭を含んだ敷地面積は90坪くらいはありそうだ。
二階建てで、素人目には造りもしっかりとしていそうだし。それなりに築年数も新しいんじゃないか?いや、俺の目ではわからんけど。
「ミ、ミナ。これは一体」
「マサキ、挨拶しなさい。こちらがこの家の大家さんよ」
皆に紹介されたのは、上品そうな、そして裕福そうな老父婦だった。
「ありがとうねえ、ミナちゃん。無理なお願いを聞いてもらって」
「いえいえ。お役に立てるなら光栄ですわ。
それに、申し訳ありません。まだこのマサキの了承はとっていないんです。シズクちゃんには昨夜のうちに合意をもらったんですけど。
まあ、もし話がまとまらないようでも、私とシズクちゃんとはこちらに住みますし、他の同居者を探しますから」
「ありがとうねえ。約束通り、最初の1ヶ月はお試しということで、家賃は免除させてもらうからねえ」
そう言って、老夫婦は皆に鍵を渡して去っていった。
「……どう言うことだよ、ミナ。聞いてないぞこんなこと」
「色々と唐突になってしまってごめんねマサキ。
都合上、先にあのご夫婦とお話を詰める必要があって。
詳しい話は中でしましょう」
促されて、俺たち3人は家の中に入った。
お邪魔しまーす、と、無意識に無人の家に向かって言ってしまう。
案の定というか、家の中も立派な造りだった。
ソファ、タンス、ダイニングテーブルといった家具類は言うに及ばず。
魔導冷蔵庫や炊飯器、レンジや洗濯機といった生活家魔(生活用家庭向け魔導機の略)も、一世代二世代前ながらも一通り揃っている。
若干埃の積もったダイニングテーブルを拭き、ミナが紅茶を全員に給してから、本題を切り出した。
「さて、いきなりだけど、私達3人はこの家に住みましょう!」
「……問題ない。住む」
「いやいやだからさ、お前達だけで納得してないで、順をおって説明してくれよ。
誰なんだよあのご夫婦は。なんでまたいきなりミナまで一緒に住むことになってるんだ。
というか、こんな立派な家、家賃なんて払えるのかよ」
軽いパニック状態になりながら、疑問点を並べ立てる。
正直話の展開に全くついて行けていない。
「そうね。まずは、マサキが一番気にしているであろう、家賃から説明するわね。
この家の家賃は月30万ゴルドよ。
これはこの立地、広さ、建物の質からいえば破格に近い金額よ。
家具類完備の上、冒険者ギルドとも私の職場とも徒歩15分程度だもの」
「さ、30万ゴルド!?んな無茶な!」
「落ち着きなさいマサキ。確かに一人で月30万払うのはかなり厳しいけど、3人で住むなら無理なく払える金額よ。
あんた、前のアパートは確か月3.5万ゴルドとかいってたけど、次の部屋はいくらくらいで考えてた?」
ん……。
そうだな。流石に同レベルの部屋に住むつもりはなかったな。
まあこれでもD級冒険者だしな。
ミッション・コンソールやシズクの幸運スキルのおかげで収入もかなり上がっただけに、それなりに快適な物件を探す気はあって、その上で不動産屋で門前払いくらって悲しみに包まれていたわけだからな。
ギルドまで10分か遠くても20分以内、ワンルームで9畳くらいはあって、風呂トイレが別でついてて、ロフトなんかあってもいいな、で、築年数はまあ贅沢は言わないが10年とかは経ってない方がいいかなーとか。
「その条件だと月8.5万は覚悟したほうがいいわね。入居時期や巡り合わせもあるから一概には言えないけど。
で、この家に住む場合は月30万のうち、最低でも15万は言い出しっぺの私が持とうと思うわ。
残りの15万をマサキとシズクちゃんの二人で割れば月7.5万。D級にも上がったことだし、払えない金額じゃないでしょう?」
「え、ミナが15も出してくれるのか?」
「ええ。もちろんその分、部屋の割り当てで希望を通させてもらいたいけど。
そうね。一旦家全体の間取りを見てみましょう」
間取りを書いた紙を手に、家全体の探検をした。
一階は、広々としたリビングとダイニング、充実したキッチン、10畳程度の和室に、6畳程度の個室。そして高性能の大型浴室、ウォシュレット完備のトイレに洗面所。
二階は9畳程度の個室が4個(!)。そして一階よりはやや簡易ながらも風呂トイレキッチンに、食事可能な共有スペースがある。
すごいなこれは。
一、二階を合わせて面積は200平米近くあるんじゃないか?
一階と二階をつなぐ階段に鍵付きのドアがあるのが特徴的といえば特徴的だった。
「わかったかしら?
マサキ、この家に住むとしたら、あんたの部屋は一階の和室になるわね。
シズクちゃんの部屋は二階の個室を一つ。
で、もしよかったら二階の残った個室、三つ全部を私の部屋にさせてもらえるなら、共有スペースの使い方にもよるけど、全体の5分の3を使う以上月18万くらいが私の負担になるのが筋かなと思うのよね。
まあ三つ全部が必ずしも必要ってわけでもないし、個室一つを共用の物置に使ってもいいし、掃除とかの家事分担も加味したいし、とりあえず1ヶ月程度住んでみて具合を見て具体的な負担割合を決めていきたいとは思うけど、とにかく決して悪い話ではないでしょう?」
ひゃあー……。
やっぱミナは金持ってんなぁ。
しかし、月の負担額7.5万前後か……。
同価格帯で同レベルの環境を手に入れられる気がしないな……いやいや、そもそも話が急すぎるだろ。
「ちなみに私の現住所も更新月の直前だったから、今月いっぱいで引き払うことにしたわ。
それでマサキ、気にしてるだろうけど、二階は女子専用の空間にするわよ?
階段の上に鍵付きのドアがあるけど、あんたはそこの鍵は持たない形でいいわよね」
「それはいいんだが、そもそもあのドアはなんなんだ?
普通あんなところにドアは付けないよな?」
「それはね……。そもそもこの家は、あの大家さん夫婦が、息子夫婦と同居したくて建てた二世帯住宅なのよ。
子供たちも自立してお仕事も引退して暇で寂しくて、そうだ、息子夫婦と同居すれば孫と毎日遊べるし家事や育児で息子に協力できるしきっと毎日楽しいぞ、と思って息子夫婦になんの相談もなく奮発して建ててしまったものの、お嫁さんに同居を拒否されてしまって、それ以来四年間誰も住むことなく持て余していた物件なんだって」
「悲しすぎるエピソードを聞いちゃったな」
聞いただけで既にちょっと泣きそうだわ。
そりゃ相談もなしに建てちゃったご夫婦も問題あるけど、これだけの家を用意して貰ったんだから息子さんご夫婦ももうちょいやりようがあったんじゃないの?と思ってしまうが、その点は「お嫁さんに相談なしに進めた時点で大家ご夫婦が悪い、一点の同情の余地もなし」という意見でミナとシズクは一致しており、この辺は男女差あるなあと思うなどした。
世知辛い、世知辛い。
息子夫婦が住むであろう二階の設備が簡易である点が特にギルティらしい。
怖いな……。怖い。
とはいえあの大家夫婦は資産家で、この家を持て余したところで老後の生活にはなんの支障もないという話は聞けたので、その点は少し安心しました。
「で、元々大家さんご夫婦が店長のお友達ということもあって私も前から仲良くさせていただいてて、この家の話は聞いていたのよね。
で、私も今住んでる部屋が少し手狭になって、昇進したこともあって別途書斎に使える部屋が欲しいとはおもていて、とはいえこの家を一人で借りるのはトゥーマッチかとは思っていたんだけど。
昨日のマサキとシズクちゃんの話を聞いてこれだと思ったのよ。
よくわからないけど、ミッション・コンソール?だっけ?のためにはシズクちゃんはマサキと同居したい。でも、男女のことだからそれも問題はある。
とはいえ、この二世帯住宅方式ならば、適度な距離を持って同居できるので落とし所としてはいいんじゃないかしら。
そして現状、二人は簡単には家が借りられない。D級ライセンスがあればとは言うけど、やっぱり家賃トラブルの前科があると、なかなか上手くはいかないわよ?言いたくはないけど、シズクちゃんの戸籍のこともあるし。
それにこの家ならば、大家さんご夫婦のご厚意で、敷金礼金不要の上お試しに最初の1ヶ月の家賃は免除してくださるわ。もちろん信頼してもらう以上、この家を丁寧に扱わなければならないけど。
どうかしら。少なくとも家賃免除期間の1ヶ月、体勢を立て直すまでの間だけでも、ここで3人で住んでみない?」
「ん……」
すごいことになってきたな。
流されっぱなしという感覚はあるが、それでもこれが破格な条件ということは俺でもわかる。
シズクと同居してミッション達成を円滑に進めるにはベストの形と言えるだろうし……本音をいえば、ミナと一緒にいられることが正直嬉しい。……嬉しいよ、はい。
「しかし、どうしてここまでしてくれるんだ。
いや、ミナにとってもメリットのある話だってのはわかるけど、昨日の今日でここまで超特急で完璧に話を進めてくれるって、ちょっとすごくないか」
「決まってるじゃない。好きだからよ、マサキとシズクちゃんのことが。
シズクちゃんは昨日会ったばかりの人だけど、もう大好きになっちゃった。これから仲良くしていきたいな」
「……私も、ミナのことは嫌いではない」
この二人すっかり打ち解けてるな。
早くない?
コミュ力か?これが陽キャのコミュ力なのか?
「わかった……いや、是非ともそうさせてくれ。
願ってもないほどの素晴らしい話だよ。ありがとう、ミナ」
——
で。
俺は一人買い出しに出掛けていた。
築4年の新しい物件とはいえ、誰も住まずに放置されてた家だ。
そこらじゅうに埃が溜まっているので、三人がかりの大掃除をし、各種設備の手入れをしたが、途中で俺の家事的無能さが露呈して、半ばリストラ的に「もうマサキは買い物でも行ってきて……はい、このメモの通りに買うのよ。道草しないこと」と、初めてのお使いレベルの扱いで生活必需品を買い集める旅に出たのであった。
「これとこれとこれは買ったから、あと一軒か。
しかし急展開でえらいことになったなあ。
……ん?」
道中で。
フラフラと、生気のない足取りで歩く人影があった。
蒼い短髪の、ボーイッシュな服装。
SUGOIDEKAIものを二つぶら下げた、男全員が「あの子が可愛いことに俺だけが気づいている」と思う感じの美少女。
「おーい、メディナじゃんか。
元気ないじゃん。どしたん?話聞こか?」
めっちゃヤリモクみたいな感じで声をかけたところ。
「マサキ先輩……!」
ガシっ!
急にメディナが抱きついてくる。
う、うお。
流石に驚き、引き剥がそうとしたところで気づく。
メディナが、ボロボロと涙をこぼしていることに。
どうしていいかわからずフリーズしていると、上目遣いのメディナが、さらに衝撃的なことを言ってきた。
「マサキ先輩、お願いします……!
私と……私と、同居してください!」
——
【作者より】
構想段階では、二章第一話でここまで話が進むはずだったんですよね(照)。
うーん、このストーリーテラー音痴ぶり。
長いお付き合いになってしまいそうですが、どうぞよろしくお願いします!
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