第25話 私は怒鳴り声をあげた。

 出張販売というと、より多くの武具を売ればそれで良いと思われるかもしれないが、それは違う。

 むしろ私たちの商品は武器でも防具でもなく人間性、あるいは関係性だというのが店長の教えだ。



 結局のところ、武具というのは道具にすぎず、あくまで主役は人間だ。

 より多くの冒険者と長く付保つためには付き合いを保つためには、時には何を売るか以上に『何を売らないか』が重要になることもしばしばある。



「だからミナさん、とにかくミスリル製の剣が欲しいんですよ俺は。

 それさえあれば俺は一気にブレイクするんですよ。きっと。

 大丈夫です。いい金利で金を貸してくれる業者も見つけたんですよ。

 それでD級昇格試験を突破すれば、金なんか楽勝で返せるんですから。

 お願いします!そのミスリルソードを売ってください!」


「何度も言っていますが、あなたにこの剣は早すぎます。

 今のあなたにとって、ボトルネックになっているのは剣の威力ではないでしょう?

 焦らないでください。E級冒険者の生活が続くことに不安が募るのはわかりますが、冒険者の皆さんがD級昇格まで平均4年をかけているのは、決して伊達ではないんですよ。


 探索の基礎……マッピングや気配感知。敵の数、位置の把握。

 如何に有利な条件で戦うか……それ以上に『如何に戦わないか』。そうした冒険者としての基礎動作を学ぶには、まだ時間が必要です。

 それは昇格した後でも、きっと必要になるものですよ。今は、それを身につけるのに集中してはいかがでしょうか。

 怪しげな業者の言い分を真に受けるのはおすすめできません」


「な、なんだよ!あんた武器屋だろ!?客が売れっつってんだから、黙って売ればいいじゃねえかよ!」


「もちろん、最終的に決断するのは冒険者のみなさん自身です。

 ですが、当店はお取引をしたお客様と末長い関係を望んでいます。

 そのためには、一見遠回りに見えるとしても、安全かつ着実にお客様に成長いただくよう、僭越ながらご助言しております。

 お客様の場合、まずは末端部分に損傷(ダメージ)が集中しているようなので、まずはそれを防ぐ防具をご用意して、安全に経験を積むのはいかがでしょうか。

 当店の防具をご利用いただけるのが何よりですが、そうでなくとも厚手の布を両腕に巻くだけでも、かなり回復薬の節約につながるかと思います。

 また、よければ熟練のサポーターに冒険の指導を受けるなど……」


「わかってねえなあ!俺は、サポーターとかいう負け犬野郎とは関わりたくないんだよ!

 わかる!?俺が目指すのはA級冒険者なの!

 それも、できれば史上最年少でのね!E級なんかでタラタラやってる場合じゃないんだよ!

 冒険者でもないアンタにはわかんないだろうけどさ!」


「……。

 多くの冒険者の皆さんの軌跡に基づく、統計的見地からの指摘とはいえ、差し出がましいことを申し上げたことは謝罪します。

 ですが、当店の方針として、やはりお客様にこちらの商品を売ることはできません」



 ガタン!

 冒険者が机を蹴り上げ、肩を怒らせながら席を離れていく。



 ——ドキ、ドキ。心臓の動悸を静かに聞きながら。

 精一杯平静を装いつつ。剥き出し敵意を受けたことの、内心の動揺を押さえ込む。



「では、次のお客様。どうぞ」


 倒れた机を立て直し、私は接客に集中する。



 この仕事を始めてから、「これでよかったのだろうか」と思わない日はない。

 先ほどの彼とて、自分の意思で借金のリスクを負って勝負をかけようというのに、水を差されてさぞかし不快だったことだろう。

 命を張っているわけでもない一介の武具屋の小娘に口を出される筋合いはないというのも、けだし正論だ。


 あるいは、他店の粗悪な商品を大枚を叩いて買わせてしまうよりは、あの店長の監修するウチの商品を買わせてあげたほうがどんなにかいいだろうか。

 何より、E級冒険者……多くの場合、都市戸籍を持たない、農村部出身か、あるいは戸籍を持たない私生児にとって、「1秒でも早く成り上がりたい」と考えるその気持ちを、自分如きに邪魔する権利などないのではないかと毎日思ってしまう。



 だが。



『焦ってはいけないよ、ミナ。

 人間ってのは、どんな鉄よりも鍛え上げるのに時間がかかるんだ。

 冒険者にとって一番大切な資質は、待てるかどうかってことなんだよ。

 だからこそ、命の危険に晒されず、冷静でいられるはずの武具屋の私達が一緒になって焦ってどうする。

 たとえ嫌われようと憎まれようと、水減しをして低温で焼き上げてやるのが私達の仕事なんだよ』



 心から尊敬する店長の言葉を胸に、心を落ち着かせ、接客に臨む。



 E級冒険者ほど生き急ぐ生き物はいない。

 しかし、昇格に求められる資質を得るには、どうしても年単位の時間がかかる。

 3年で昇格できるのは同世代の中でも1人や2人の超優等生だけ。


 だが、数年間に”光の勇者”の異名を持つ天才冒険者がわずか2年半でD級昇格したことで、多くのE級冒険者が我も我もと昇格を急ぐ風潮ができてしまった。

 焦って昇格したところで、より危険なステージで当初の課題と向き合うだけなのに、というのは所詮気楽な外野の言い分なのかもしれないが……。



 なお、その”光の勇者”はデビューから若干5年にして早くもC級冒険者にまで昇格し、大きなニュースになった。

 気の早い者などは、すわ将来のS級冒険者かなどと無責任に囃し立てている。



「……と、お仕事お仕事」



 かぶりを降って集中力を取り戻す。

 私は私の仕事に専念しなければ。それこそ冒険者の皆さんに失礼というものだ。



 夕方過ぎまで働き尽くし、ヘトヘトになりながら店仕舞いする。

 ふぅ。どうにかよい仕事ができたかな。

 かつては反発されながらも、ここのところようやく良好な関係と言える冒険者達もできてきた。彼らのためにも、より腕を磨いてよい商品を生産しなければ。



 商品を整理し、帰り支度を済ませる。

 残念ながら……いや、別に残念じゃないけど!マサキには会えなかったが。

 まだダンジョンで冒険してるのかもしれない。



 ガラガラっ!

 台車に荷物を載せ、ギルドの裏口から出る。


 ジャー。水の音がする。

 掃除でもしているのかなと思い、なんとなくそちらを見ると。



 うわ……全裸で水浴びをしている人がいた。

 ……聞いたことあるけどね。お金のない冒険者が、ギルドの裏で水道水を被って体を洗うことがあるって。


 あんまり良くないと思うけどね。そういうの。

 まあ見なかったことに……いや、待て。今の人……!



「ちょ……ちょっと!あなた!何してるの!こんな所で!」


「……何?」



 鬱陶しそうにこちらを見るのは……全裸の女の子だった!

 真っ白な肌の……獣人だろうか。



「何、じゃないでしょ!女の子がこんな所で!

 だ、誰かに見られたらどうするのよ!」


「……どう、と言われても。こんな所、大して人も通らない」


「現に私が通ってるでしょ!せ……せめて前を隠しなさい!

 体を洗うなら、銭湯でも行けばいいでしょう!そんな冷水で洗って、体を壊すわよ!」


「……体なら問題ない。マサキが体力をつけてくれたから」


「え……、マサキ?」


「……マサキというのは、私の仲間。そして同居人。

 そろそろ帰ってほしい。マサキが水浴びに来てしまう」



 迷惑そうな顔で訳のわからないことをいうこの子を見ていると。


 ガチャ。

 後ろから。



「おーい。シズク。お前タオルと石鹸忘れただろ。

 持ってきてやったぞ……ミナ?」



 すっとぼけた顔をしたマサキが現れた。



「マサキ……説明しなさい!!!」



 女の子の仲間にとんでもない扱いをしているマサキに、私は怒鳴り声をあげた。

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