第22話 俺たち二人は住所不定無職となった。
「……私がマサキと同居するのは当然のこと。相棒なのだから」
「いやいやいやいやおかしいだろ!
え、いつからいたの?流石に寝てる間は居なかったよな!?」
音もなく俺の部屋に侵入していた相棒に、つい不躾な叫び声を叩きつけてしまう。
マジでいつからいたんだよ。なんで俺の住所知ってんのこいつ?
昨日はギルドで解散して、翌朝適当にギルドで集合することになるかなーとか思ってたけどさ。
え、今この子同居とか言わなかった?
「……昨日、帰り道でマサキを尾行して住所をおさえた。
私も今住んでいる部屋を引き払う必要があったので、一旦は帰宅したけれど。
それで、先ほど尋ねてみたら丁度共同トイレから戻る所だったので、そのまま部屋までついてきた」
「シンプルにストーカーじゃねえか。何やってるんだよお前マジで」
「……仕方がないこと。私のミッション状況はマサキにしか確認できない。
ならば、朝一番から行動を共にしなければ時間の無駄というもの。
ミッションは少しずつ増えてきてるんでしょう?時間帯も曖昧な待ち合わせをしていたのでは開始が遅れて取りこぼす恐れがある」
「いやいや、そうかもしれんけどさ」
しかし昨日の今日で部屋まで引き払ってきたのかよ。異常だろ。
聞けば、シズクは今日までサンヤというドヤ街の簡易宿泊所で生活していたらしい。
安価な宿泊費と比較してもなお劣悪な居住環境だが、素性が怪しく信用状況に難がある身分の者でも前払いさえすればどうあれ宿泊できるってんで、冒険者でも下位のものは金欠時に厄介になることが多いとは聞く。
「それで即時で退去できたのか……。いや、いくら安いっても女の子の住める環境ではないだろう」
「……仕方がなかった。私には通常の賃貸物件の敷金礼金を用意する余裕はなかったから。
でも、これからは違う。D級冒険者に昇格できたことだし、マサキが持病を治してくれたお陰で、金銭的な余裕はできてくるはず。
何より、マサキと同居することで家賃や光熱費を折半してスケールメリットが得られるはず」
「いやだからさ。そこをもう既定路線みたいに言ってくれるけどさ。
無茶言うなよ。こんな四畳半で同居なんてできる訳ないし、何より俺たちは、その、一応、男と女なわけで、その、色々と問題が」
「……マサキは、私と一緒にいるのが嫌?」
うっ……。
そんな上目遣いで見るなよ……。ずるいだろ。
落ち着いて見ると、シズクってめっちゃ美少女だよなぁ……。
あどけない顔立ちに、透き通るような白い肌。
水晶のような無垢な瞳を、不安そうにこちらに向けられると、否応もない罪悪感に襲われる。
頭の上の猫耳をピンと上に立てやがって。
「い、嫌ってわけじゃないけど。そうは言っても……」
「マサキさーん!?いるんですかー!?」
ドンドン!ドンドン!
突然部屋のドアが乱暴にノックされる。
「……お客さん?」
「あ、やべ!大家さんだ!」
慌ててドアを開けると、仏頂ヅラの中年女性が竹ボウキを持って仁王立ちしていた。
やべー。超怒ってるよ。てかこの人また太ってんな。
「あ、あはは。どうも今日は大家さん。
どうしましたか、何か俺に御用ですか?」
「どうしたもこうしたもないよマサキさん!
あんた、3日も家空けて、どこ行ってたんだい!」
「ああ、いえ。ちょっと仕事で忙しくて。
もしかして心配して下さってたんですか?」
「誰が心配するもんかいあんたみたいな兵六玉!
用があるのは家賃だよ!や・ち・ん!とっくに今月分の期限は切れてるんだよ!
それをアンタ、逃げ回ってりゃ誤魔化せると思って!もう3ヶ月分も溜まってるんだよ!」
「あっ……!」
そうだ、しまった。
D級試験受験日の翌日が締切日だったんだっけ。
いっけねえ。試験前は、昇格試験に三日もかかると思ってなかったから、受験後に支払えばいいかとか思って忘れてたんだった。
「とにかく今すぐ払ってもらうよ。家賃家賃家賃!3ヶ月分今すぐ!」
「ああ、はい。すいません。
ちょっと待ってくださいね。ええと、お金お金……」
やべーやべー超怒ってるよこの人。
そりゃそうだ。今まで何度も、ちょいちょい家賃の滞納をやらかして信用失ってるからな。
まあなんだかんだその度サポーターの仕事を詰めたり、情けないけどミナに一時的に借りたりして返済してきたからな。
経験上2ヶ月分まではいけるなという感触があったが、ついに今回3ヶ月分という前人未到の領域に突入してしまったか。
こんなことなら、試験前に幾らかでも払っておけばよかったぜ。
でもまあ大丈夫。何しろ俺も天下のD級冒険者様だ。
ミッション・コンソール取得以来金には困ってないからな。
こんなボロアパートの家賃くらい、利子つけて叩きつけてやる……
……ん?
「あれ?2万ゴルドくらいしかないぞ?」
手持ちが全然ない。
あれ?あれあれ?
……あー。そういえば昇格試験前に、調子こいて孤児院に寄贈する魔導洗濯機の代金、ギルド経由で振り込んじゃったんだっけな。
試験中に打倒した魔物から回収した魔石は、昨日は支払ってもらってなかったか。
疲れてたからな。後で取りにいけばもらえると思うけど。
「すいません大家さん。今ちょっと手持ちがなくて。」
「ハァァァァっ!?アンタ、何度目だい!?」
「いや違うんですよ!マジで!金はあるんですよ!ちょっと手持ちがないってだけで!すぐに用意できます!」
「聞き飽きたよそれは!前回言ったよね!今度こんなことがあったら出ていってもらうって!」
「いやいや!今回はマジなんですよ!
ほら、俺昨日までD級昇格試験を受けてたんですよ!冒険者の!
そんで無事合格したんすよ!だから、金はこれから余裕で稼げるんですって!」
「D級ぅ?アンタみたいな能無しが!?冗談も休み休み言いな!
だから冒険者には部屋を貸したくなかったんだよ!」
「嘘じゃないですって!D級ライセンス……は、発行まで一週間程待つ必要あるんですけど」
あかん。
大家さんの顔つきがどんどん曇ってくる。
どうすっかな。なんか担保になるものでもないかな、とか思ってると。
「……マサキ、どうしたの?何かあったの?」
ヒョコ、と。
シズクが小さな頭を玄関に出してきた。
あ、まずい。
「なんだい、アンタは」
大家さんが怪訝な表情を浮かべる。
いかんな。
この部屋の賃貸契約においては、狭くてボロい物件だけに、色々と制約がある。
タバコ禁止。人を泊めるの禁止。夜中の酒盛り禁止。などなど。
壁が薄くて騒音がらみのトラブルが絶えないってんで、とにかく音の出そうな行為は一発で退去処分ということになっているのだ。
「……私はシズク。マサキの同居人」
ブチっ!
大家さんの血管が切れた音がした。
「マサキ……出てけーーーっ!」
大家さんの絶叫が快晴の空に木霊する。
昇格試験合格翌日。
D級冒険者への昇格初日。
これからの門出を祝う、記念すべき日に。
俺たち二人は住所不定無職となった。
——
更新頻度を守るために普段の半分くらいの分量になっちゃいますね。
読者さん的にも、細切れにでも更新があった方が良いですかね?
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