第23話 部屋を借りるための部屋がない。

 迷宮6階層。

 D 級冒険者として2年のキャリアを持つ俺たちのパーティだが、未だここの強敵達には慣れることができない。



「後衛!援護頼む!」


「フリージング・アロー!……くっ、弓兵!タンクの支援をして!」


「う、うおおおお!毒を食らった!リーダー!解毒剤を俺に投げてくれ!」


「くそっ、少し持ち堪えてくれ!今こいつを片付ける!」



 ズバっ!

 俺は目の前のミイラ男を切り伏せる。


 ええと、次は。仲間のタンクを襲うポイズン・スコーピオンを倒すか?

 いや、その前に仲間への指示……いや、解毒剤を使うのが先か?



「リーダーさん!まずは指示を!解毒剤は私がやるっス!」



 言葉と同時に、パーティに臨時で雇ったサポーターの子が解毒ポーションを投げる。

 さらに敵陣に的確な投石攻撃を仕掛け、上手く戦況を維持してくれる。



「……よし!魔術師と弓使いはまずレッサー・ヴァンパイアに攻撃してくれ!

 俺がとどめを刺して、それからタンクの援護に向かう!」



 あの子が時間を稼いでくれたおかげで、何とか冷静に戦術を再設計できた。


 D級冒険者以上にのみ進出が許されるこの中層では、多種多様な罠が道中に仕掛けられており、本格的な攻略を目指すのならば斥候職の加入が必要となる。

 これまで斥候職なしで何とかゴリ押してきたうちのパーティだが、ここのところ限界を感じ、試しに安い斥候系冒険者をサポーターに雇ってみたんだが、どうやら正解だったようだ。



 レッサー・ヴァンパイア、ミイラ男、ポイズン・スコーピオン。

 砂漠に造られた王族の墓地という雰囲気の漂う6階層では、強靭な体力、魔術攻撃、状態異常攻撃で冒険者を脅かす、厄介なモンスター達が跋扈している。



 少数相手ならばともかく、今回の大量のモンスターの急襲という状況は俺たちにとってかつてない危機なのだが……。


 あの、冒険者デビューしてわずか2年目という新人サポーターの働きもあり、何とか活路が開けそうだった。



「……!リーダーさん!右から来てるっス!」



 はっ。

 サポーターちゃんの声に弾かれ、慌てて横を向く。


 キャット・バット。

 凶暴な猫の肉体に蝙蝠のような羽の生えた、俊敏なモンスターが俺に牙を剥いていた。


 慌てて攻撃を盾で防ぐ……が、それは敵の作戦通りだった。

 敵はあっさりと、前衛である俺の横を通り過ぎ、後衛の魔術師や弓使いをも無視してさらに後ろへと飛んでいった。



「危ない!サポーターちゃん!」



 しまった!これは危険だ!


 良い仕事をしてくれているとはいえ、彼女自身はデビュー2年目のE級冒険者だ。

 レベルもまだ5だというし、しかも耐久力に乏しい斥候職。

 6階層のモンスターの攻撃を喰らうことは彼女にとって致命傷になりうる……!



「大丈夫っス!皆さんは自分の敵に集中してくださいっス!」



 そういったサポーターちゃんは、ナイフを片手にキャット・バットに正面から向き合う。


 無茶だ!そう叫ぼうとしたその瞬間—



 —パシャン!

 幻聴かもしれないが……水の弾けるような音がした。



 それと同時に、キャット・バットの動きが一瞬止まる。

 そして、サポーターちゃんは無駄のない動きで敵に接近し—



 —スッ。

 音もなく、モンスターの急所を一撃で貫いた。



「嘘……だろ?」


「前を見て!まだ敵は残ってるっス!」


「お、おお!」



 俺たちは慌てて気持ちを切り替えて。

 危なげなく、残りの魔物モンスターたちを殲滅した。



「いやー、マジで助かったよ。サポーターちゃん」


「お役に立てたなら何よりっス」


「君本当に2年目?こんなバイト代で雇っちゃってよかったのかな?」


「さっきの戦闘でもグッジョブだったし、道中の探索でも超助かってるよ!

 罠の察知や、宝箱の解錠。斥候職のエキスパートかと思ったのに、なんでこんなに戦えるの!?」


「サポーターとしても相当優秀だよね。

 回収した魔石を全部持ってもらってるのに全然歩行速度が落ちないし、何よりアイテム援護の絶妙さ!そんなに大荷物でもなさそうなのに、どこにアイテム持ってるの?

 マッピングや移動経路の把握も完璧。6層に来るのは初めてなんだよね?

 サポーター専門のプロなのかな?誰か、その道の師匠でもいるの?」


「えへへ……恐縮っス。師匠ってわけじゃないけど……憧れてる先輩はいるっス」



 青いショートの髪を掻きながら。

 サポーターの少女ははにかむ。


 ……可愛いよな、この子。



「ああ、君さえよかったら、正式にうちのパーティに入らないか?

 ウチもあと2−3年頑張って、C級昇格を目指してるんだ」


「リーダー。下心が見えてるわよ。

 ごめんねぇ。ウチの男どもったら本当にしょうがないんだから」


「ち、違うって!俺は純粋に戦力として彼女を尊敬してだな!」



 ハハハハハ。

 その場にいる全員に笑われてしまった。

 いや、下心じゃないよ?マジで。



「まあ、リーダーの気持ちもわかるわ。

 私たちが冒険者になってから6年目だけど、このところ停滞気味だものね。こういう優秀な新戦力で勢いをつけたいところはあるわね。

 なにしろ、こないだ後輩に出世で抜かれちゃったし」


「おいおい、そりゃあ”光の勇者”様の話だろ?

 それは言いっこ無しだって!あれは例外!」


「いやいやわかんねえよ?

 このサポーターちゃんは”光の勇者”様と張れる逸材かもしれないぜ?ハハハ。そりゃ言い過ぎか」


「でも、後輩に抜かれるって言えば。

 一人すごい先輩がいるよな?」


「アハハ!あの先輩?万年E級の?」


「フフフ……、いやあんまり悪口は言うなよ?

 悪い人じゃないんだからさ」



 一応軽くみんなを嗜めつつも、和やかな空気になったことが嬉しい。

 さあ、また気を引き締めて冒険を続けようか、と思った時。



「……その先輩なら、無事にD級に昇格したっスよ?」



 ——シン。


 冷や水を打ったように、場の空気が静まった。


 なんだろうか。

 急に、どこか硬さを帯びたようなサポーターちゃんの声に、経験豊富な冒険者達がガラにもなく緊張させられたかのようだ。



 ……なんだ?何か怒らせるようなこと言っちゃったかな?と思っていると。


 ニコリ。

 また天使のような笑顔を見せられ、ほっと胸を撫で下ろす。


 なんだ。気のせいか。あーよかった。



「……コホン。それはともかく。

 マジでウチのパーティに加入しないか?

 君にとっても悪い話じゃないだろう。E級のうちから本格的なパーティに参加できる人は珍しいぜ。

 君が入ってくれるってんなら、D級昇格試験も全力で支援するけど」



 サポーターちゃんをじっと見る。

 が、不意に視線が下に下がってしまう。


 その、つまり、実に豊満な部分に。

 SUGOIDEKAI。



 い、いかん。やましいことは考えてないぞ!



「クスクス……お気持ちはありがたいっスけど、遠慮しとくっス。

 アルバイトならいつでも募集中なんで、必要な時はいつでも声をかけてほしいっス」



 彼女にとっては慣れたことなのか、優しく笑って許されてしまう。

 ……恥ずかしい。スケベな奴だと思われたかな。


 どうしよ。ちょっとマジで好きになりそうだな。

 本気で口説いてみるか?……いや、よそう。優秀な人材相手に、気まずい関係にはなりたくない。



「私には、心に決めた人がいるっスから」



 ——


「ウチじゃあ部屋は紹介できないねえ。ヨソをあたってくれないか」



 本日3件目の不動産屋にて。

 またも俺たちは門前払いを食らっていた。



「畜生!なんでだよ!せっかく昇格できたってのに!」


「……仕方がない。冒険者に部屋を貸したい人は少ない。

 ……申し訳ない。仮戸籍の私と一緒だから、尚更難しいのかもしれない」


「い、いやいや。そんなことないって!気にすんなよ!

 しかしなあ、せめてD級ライセンスが発行されていればなあ」



 快晴の空の下。

 俺たち住所不定無職コンビは途方にくれていた。



 いやあ、孤児院を出て以来ずっとあのアパートに住んでいたが、部屋を借りるってのがこんなに厄介なことだとは知らなかった。


 最初にあのアパートを借りた時には、一応孤児院のシスター・ステラが口を利いてくれたのと、少年時代に孤児院でやらされた内職作業の報酬を卒院時に渡されたんで、それを家賃先払に充てられたことと、あとなんだかんだ言って俺が迷宮都市タチカワの都市戸籍を持っていることで何とかなったのかもしれない。



 しかし。

 前の住居は家賃トラブルで強制退去。

 身元引き受け人も連帯保証人もなし。家賃の前払いどころか敷金礼金すら手元になし。

 冒険者と言っても、D級ともなれば少しは信用が増すはずだが、それを証明するライセンス発行は事務手続き待ちの状況。


 こうなると、「ではライセンスが発行されて、あと前の大家への滞納家賃を完済してからまた来てください」という完膚なきまでの正論で追っ払われるのも無理はない。



 そもそも、転居ってのは次の部屋を決めてから前の部屋を退去するものだ。

 それを、不動産屋の申請書類の「現在の住所」欄に「なし」と書くしかない現状ではその時点でグッバイされちまう。

 部屋を借りるための部屋がない。



「……どうする?一旦、私がこれまでいたサンヤの宿泊施設に住む?数ヶ月支払い状況が良好ならば、実績扱いになって転居に成功する人もいるけど」


「い、いやー。それはキツいだろ。ギルドや迷宮までも遠くなっちゃって、時間も無駄になるし。

 ……とりあえず、ギルドに事情を話して少しでも早くライセンス発行してもらうとしてだ。その上で、俺達なら滞納家賃ごとき数日の稼ぎで叩き返せるとして。

 その間、一週間弱か?雨風を凌げる場所を探さないとな」


「……どうする?そのくらいの期間なら、旅行者用のホテルを使う手もあるけど」


「その手もあるが、その場合も身元の証明と前払い金の準備がな……そうだ!」



 パン!膝を叩く。

 そうだよ。いい解決方法があった。



「ギルドに行こう!

 ギルドの宿泊設備で何日か泊まらせてもらおうぜ!それなら金もかからない!」


「……ギルドに宿泊用の設備なんてあった?」


「それがあるんだな。素人にはわからないだろうけど。

 ほら、休憩用スペースに、仮眠用のベッドがあっただろう。怪我人とかが出た時に、一時的に休養させるための。

 あそこで寝泊まりさせてもらおうぜ!」


「……確かにそんなところがあったような。でも、借りられるの?そんなところ。

 それこそ、実際に怪我人が来た時に私たちが邪魔になっては悪い気がするけど」


「その時はシズクが回復魔術で治してやればいいだろう。むしろ速攻で回復できるから感謝してくれるんじゃないか?

 そもそも滅多に使われない場所だし、ギルドだって事情を話せば使わせてくれると思うぜ。

 ギルド内に止まるんなら通勤時間がゼロにできるし、飯屋も近いから時間も無駄にならない。


 まあ、不特定多数が使ったベッドで寝ることになるから、最初はしっかり拭いて綺麗にしないとな!

 あと、風呂とかはないけど、裏の勝手口を出たところに掃除用の水道があるから、そこで体を洗うしかないな。たまに金のない冒険者連中が体を洗ってるの見たことないか?

 お湯とかは出ないけど、最近暖かくなってきたし、大丈夫だろ。


 なあに、D級ライセンスが発行されるまでの数日だ!金ももったいないし、この線で行こうぜ!」


「……わかった。問題ない。マサキがそう言うならそうする」



 相棒の快諾も得たことだし、早速ギルドに向かおう。



 ——-


「ただいま戻りました、店長」


「ああ、お帰りミナ。シスターさん達は元気だったか?」



 カランコロンと音を立て。

 従業員のミナが店に戻ってきた。


 マサキの奴の昇給試験合格の報告がてら、出身の孤児院に挨拶に行きたいというので午前休を取らせたのに、規定の時間より随分早い出勤だ。

 雇う側としてはありがたいが、こいつのワーカホリックぶりも考えものだな。



 孤児院に持たされたというハーブティを淹れつつ、土産話を聞く。

 あまり面識のない人達だが、何にせよミナの恩師達が元気だというなら何よりだ。



「ああ、それにしてもマサキったら。

 仲間ができたって、どんな子なのかしら。いい子だといいんだけど……」



 ソワソワと。モジモジと。

 ミナにしては珍しく、仕事が手につかないようだ。


 やれやれ。

 仕事第一主義のこいつにとって、マサキの奴は唯一の弱点だな。



「まあ、その内紹介に来ると言っていたじゃないか。

 待ってればじきに連れてくるさ」


「え、ええ。そうですよね。

 ……でも、どんな子なのかなぁ」


「……そんなに心配しなくてもいいだろう。

 マサキの選んだ仲間だ。そうおかしな奴ではないだろうさ」


「ええ。そうですよねー。

 ……それにしてもどんな子なのかしら。ああ、いい子だといいなぁ。マサキったら、ちゃんとお友達に優しくできているかしら」



 困ったものだ。

 これでは姉を通り越して、もはや母親じゃないか。

 いや、母親でも19歳の男相手にここまで干渉するまいて。



「……そんなに気になるなら、見に行ったらどうだ。

 あいつの家でもギルドでも、お前の方から尋ねればその仲間にも会えるじゃないか」


「え、い、いえ。そこまでしなくても。

 そんなのマサキ、きっと嫌がるわ。あの子、まだ反抗期っていうか、恥ずかしがり屋さんなんですから。

 そんな過干渉みたいなことしたら、きっと怒られちゃう」



 ウジウジと。モジモジと。

 未練たらたらという表情で。


 どうしようもない奴らだな。本当に。

 くっつくんならさっさとくっつけ。鬱陶しい。



「……ああ、そういえばギルドへの武器・防具の出張販売だが、最近やっていなかったな。

 ほら、ギルドに商品を持ち込んで、現地で冒険者達に割引価格で販売するってやつだ。お前も何回か手伝ってくれただろう

 明日あたり、お前が行ってきてくれないか。顧客獲得の重要な機会だからな。しっかり頼むぞ。

 ギルドに行けば、偶然・・マサキの奴と会うこともあるかもな。その時は、お仲間に挨拶の方もよろしく頼むぞ」



 パァァっ!

 露骨に表情を輝かせたミナが、流石に恥ずかしそうな顔で、咳き込みで誤魔化そうとする。



「そ……そうですね。仕事ですもんね。

 わかりました。明日行ってきます。仕事だから、仕方ないですもんね」



 おうおう。行ってこい行ってこい。

 面倒臭い奴らだよ本当に。



「でも、マサキ。

 せっかくできた仲間のこと、大切にしなきゃいけないんだからね!

 それも万が一……万が一女の子の仲間だったら、酷い扱いをしていたらお姉ちゃん許さないからね!」

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