第10話 脳天にチョップしてしまったわ

「君は……」



 間違いない。

 あの少女だ。試験の前に恐怖で震えていた、あの。



「ゲホっ!ゲホゲホゲホっ!」



 話しかける前に、少女は急激に咳き込み始めた。

 俺との衝突に驚いて息が詰まったのかと思ったが、どうも様子がおかしい。




「ガホっ!ゲホゲホゲホっ!カホっ!

 ……ヒュー、ヒュー……」



 激しく、ひたすらに咳き込む。

 それどころか、まともに呼吸ができないのか、顔色を真っ白にしながら独特の呼吸音を鳴らしている。



 大丈夫か、と聞く俺を片手で制し。

 慣れた手つきで自分の道具袋から、水と薬らしき粉を取り出す。



 なぜか少しの間、薬に対して恨めしそうな顔をした後、意を決したように吞み下す。


 フーッフーッ。

 長く、細い呼吸を繰り返すこと1、2分。

 ようやく症状が落ち着いたらしく、少女の呼吸が整った。



 持病か何かだろうか。

 冒険者にとってはなかなかのハンデになりそうだな。



「……見苦しいものを見せた」


「ああ、いや。大丈夫か?

 かなり負傷もしているが、回復薬は足りているか?なんだったら俺のやつを」


「……大丈夫。自分でできる」



 そう言って少女は目を閉じる。

 しばらく意識を集中していると、少女の体が柔らかな光に包まれる。



 すると、彼女の身体の負傷が回復していった。

 こ、これはーー!



「回復魔術!

 君はヒーラーなのか!」



 コクン。

 その小さな顎で頷く。



 回復魔術。

 非常に、非常に貴重なスキルだ。


 選ばれた才能の持ち主のみがなれるヒーラーという職業は、どこのパーティに行っても高待遇で非常に歓迎される。

 B級やC級上位クラスのパーティでは、最低1人は確保していなければ活動が成立しないとさえ言われている。



 デビューしたてのE級ヒーラーでさえ、D級やC級のパーティによる青田買いの対象となり、装備品の共有やパワーレベリングによって引き上げてもらえるなんて話もある。


 とにかく、ヒーラーに生まれついただけで人生勝ち組ってのが冒険者界隈の共通認識だ。

 なんなら冒険者を引退しても、ダンジョンの外で怪我をした冒険者や一般市民を治療しているだけでも食って行くぐらいの稼ぎにはなるだろう。



「……アナタは、何?

 何故、私の試験のダンジョンにいるの?」


「うーん。それは俺も不思議なんだよな。

 何故俺の試験ダンジョンに君がいるんだ。

 会場は受験生ごとに違うはずなのに」



 試験用のダンジョンは、数千個ある独立した空間から無作為に選ばれる。

 直前に入った受験生と同じダンジョンに入ることなど、よほどの偶然がない限りあり得ないはずだが……。



「もしかして、モンスターの数が相場の2倍出現してたりするか?」


「……1部屋目は普通にゴブリン3匹だった。

 ……でも2部屋目では、12匹ものモンスターが出てきた。聞いてたのと違う。

 ……3部屋目は、ゴブリンの編隊が2個も出てきた。

 ……ただでさえ敵が多くて大変なのに、喘息が止まらなくなって、逃げてきたらアナタがいた」



 ボソボソと。

 消え入るような声で、少女が話す。

 内向的な性格なのか、こちらに目を合わせようともしない。



 しかしまあ、どうやらそのよほどの偶然が起きたらしい。

 生涯に何度も受験しない昇格試験でそんな低確率の事が起きるなんて信じられないが、まあ起きたものは仕方がない。


 ……なにかしらの、運命的なパワーとか何者かの意図とかが働いてるってことはないよな?

 いや、そんなオカルトだか陰謀論みたいなことを考えてどうする。



「とにかく、一緒のダンジョンに入っちまったのは確からしい。

 よかったら、組まないか。モンスターも2人分出現するみたいだからな。

 即席のパーティってことで」


「……構わない。いや、助かる。

 ……私1人では、きっと攻略できないから」


「そうか。じゃあよろしくな!

 俺はマサキ。19歳。レベルは12だ。

 得意戦術は、この剣を使った接近戦だ」


「……シズク。14歳。レベルは10。

 ……得意なのは回復魔術。それと、一応弓を使う」


「へえ、そりゃ頼もしい。

 なら俺が前衛で、シズクには後衛から援護してもらおうかな」


「……」



 ん?

 なんだかバツの悪そうな表情を浮かべているな。



「……私は、力が弱い。

 ……この小さな弓しか引けないから、命中してもあまり威力がない。

 ……しかも私は目が悪い。矢を射っても当たらないことが多い。

 ……その上、私は体が弱い。すぐに疲れるし、戦闘中に喘息に喘ぐこともある。

 ……もしかしたら、肝心な時に回復魔術を飛ばせないかもしれない」


「お、おう。それはなかなかに大変だな」



 弱点モリモリかよ。

 目が悪いのに、よく弓を使おうと思ったな。

 でもこれだと接近戦はもっと無理か。


 完全に回復魔術専門と思っといた方がよさそうだ。



「……冒険者に向いてないことはわかっている。

 ……でも、他の仕事はもっと向いていない。

 ……できることも、行く場所もない。だから、しがみつくしか生きる道がない」


「そ、そんなことないだろ。

 回復魔術が使えるだけですごいって。選ばれし才能じゃないか。

 羨ましいよ。俺が変わってもらいたいぐらいだぜ」



 自分には何の才能もない、という無力感。

 痛いぐらいにわかってしまうだけに、優しいことを言ってしまう。


 いやまあ、どうかと思うところはあるけど、回復魔術だけでも有難いのは間違いないからね。



「……みんな最初はそう言う。優しくしてくれる。

 ……でも。私と関わっているうちに、みんなどんどん強くなる。上を目指したくなる。トロい私が煩わしくなってくる。

 ……みんな、私が嫌いになる。追い出したくなる」



 ブツブツと呟くシズクの言葉を聞き流しながら、俺はコンソールを操作してミッションの状況を確認する。



【メインミッション】

 ・パーティを結成しよう! (0/1)



 パーティ結成のミッションは未達成か。

 達成条件がよくわからないが、仕方ない気もする。

 なんか全然気持ちが通ってる感じしないからね。



 向こうからしても、俺に対する信頼度はまだゼロだろう。

 ここはいっちょう実力を見せて、俺を仲間だと認めさせてやろう。


 もう一つの、少女の救出ミッションもあるしな。

 この子を無事このダンジョンから脱出させてあげれば、ミッション達成になるんじゃないか?


 それに腐ってもヒーラー。

 コネを作っておけば後々の利益になるかもしれない。



「……だから、」


「よし!それじゃあそろそろ行くか!

 俺の後ろに隠れといてくれればいいよ!頼りになるところを見せてやるぜ!」



 勢いよく扉を開ける。

 さあ、戦闘の時間だ!


 闘志が昂っていたせいか、後ろにいるシズクの言葉が俺に聞こえなかった。



「……だから、せめてこのダンジョンを攻略するまで、私を見捨てないでほしい」




 ーーー



 3部屋目にはやはりというか、ゴブリン編隊が2隊横並びになっていた。


 構うことはない。覚悟の上だ。



「行くぞ!」



 気を吐きながら前進する。



 ピュっ!

 同時に、シズクが先制攻撃で敵に矢を射る。



 いいね。

 たとえ当たらなくても多少の牽制にはーーーー



「グギャアっ!!!」



 なんと、シズクの矢は1匹のゴブリンコマンダーの顔面に命中する。

 それも、眼球を貫いて、脳髄を穿ち抜いている。


 こうなると多少の威力の低さなど関係ない。

 あっさりと、ゴブリンコマンダーはその場に倒れ伏して死亡する。

 俗に言う、クリティカルヒットってやつだ。



 2個ある編隊の片方の指揮機能が、初手の一撃で崩壊した。



「ギギギっ!?」


「グギャギャっ!?」


「なっ……!?」



 ゴブリン達がショックで動きを停止する。

 それは俺も同じだ。


 聞いてた話と全然違うじゃないか。

 何が目が弱い、だ。滅多に見られない神業じゃないか。


 思わず振り返ってシズクの方を見てしまう。



「……偶にこういうことがある。期待しないで。

 ……次もこうなるとは限らない」



 謙遜にしてはやけにバツが悪そうだが、とにかく頼もしいことこの上ない。

 だったらこっちもスペックを見せつけてやらなきゃな!



「うおおおおおおっ!」



 コマンダーの生きている方の編隊に突撃する。


 立ち止まって防御体勢に入る盾持ちゴブリン達。

 挟撃しようと、コマンダーの死んだ編隊もこちらに向かってくる。



 盾持ちゴブリン達と衝突するその直前に。



「とうっ!」



 身体能力にモノを言わせて、俺は大ジャンプする。



 盾持ちを飛び越え、槍持ちを飛び越え、コマンダーの真後ろまで。



「ギっ!」


「遅い!」



 振り返るコマンダーの首を、一撃で撥ねとばす。

 さらには動揺する槍持ち1匹を突き殺し、反応できていない盾持ちも1匹後ろから斬り殺す。



 いいぞ。ここで弓の援護があればなおさらーーー



「うおっ!?」



 俺の顔面スレスレを矢が通り過ぎる。

 というか、避けてなかったら撃ち抜かれていた。



 遠くで、シズクが顔面を蒼白にしているのが見えた。

 誤射かよ!おそらく横の槍持ちを狙ったんだろうがかなり大幅に外したな。



 硬直した俺を狙って、槍持ちが攻撃を仕掛けてくる。

 咄嗟に反応しきれず、掠ってしまう。

 だが問題ない。攻撃後の隙を狙って斬り伏せる。


 あと、盾持ち5匹に槍持ち2匹か。



 5匹の盾持ちに囲まれる。

 視界の先で、槍持ち2匹がシズクに向かって走りだすのが見えた。



「……なろっ!」



 すぐさま、目の前の盾を踏み台にして飛び越え、槍持ちを追う。


 大丈夫。俺の方が速い。

 すぐに追いついて、槍持ち1匹を後ろから斬り倒す。

 あと1匹!



 シズクが弓を構えている。

 ……ってオイオイ!完全に俺を狙う構えになってるんですけど!?


 反射的にその場に伏せる。

 その動きに驚いたのか、発射直前にシズクの手元が狂う。



 ズドっ!

 信じがたいことだが、シズクの矢は最後の槍持ちに直撃した。



 あの弱い矢でゴブリンの耐久力を抜くのは厳しいがーー俺には見えた。

 シズクの射撃が、ここしかないという軌道で槍持ちの肋骨の隙間を潜り抜けて心臓を貫いたのを。



「マジかよ……」



 本日2度目のクリティカルヒット。

 目の前で起きていることが信じられないが、とにかくこれで脅威はほぼ去った。



 あとは、為すすべもなくたむろしている盾持ち連中を始末するだけだ。

 さて、どう料理してやろうか。



 突進。

 ゴブリンが構えた盾を横に蹴り飛ばして、強引に隙を作る。

 斬撃。これであと4匹。

 同様の動作で、あと3匹。



 カッ!



 俺達の戦場のはるか手前の床に、シズクの矢が突き刺さる。

 ……援護のつもりだろうが、どんだけ外してるんだよ。



 そんなことに気を取られたのが悪かったのか。


 ドガっ!

 3方向から同時にシールドバッシュを食らう!



 ……痛っ!



 俺の体力からすれば致命傷ではないが、それでもダメージはダメージだ。

 いかん、油断した。


 咄嗟にバックステップし、剣を構え直す。

 今のを何度も喰らうわけにはいかない。

 丁寧に、じっくりと倒してやる。



「シズク!回復魔術をくれ!

 時間をかけて戦う!」



 返事はない。回復魔術も飛んでこない。



 思わず振り返ると、体力を使い果たしたのか、床に両手をついてぜえぜえと息を切らしているシズクの姿があった。



「ウォォォォォォイ!」



 肚の底からツッコミをいれるが、その隙をゴブリン達が見逃すはずもない。

 再度の三体同時のシールドバッシュ。


 躱せるタイミングじゃない。




「クソッ……タレがっ!!!」



 半ばヤケクソでこちらも斬撃で応酬する。


 突如、目の前にメッセージが浮かんでくる。



【技能スキル“刀技”を習得】

【技能スキル“剣技”と集約。技能スキル“剣刀技”を習得】

【自動スキル“斬鉄”を習得】




 ズバァっ!!!



 横薙ぎの一閃が、なんとゴブリン3体を盾ごとぶった斬る。


 嘘……だろ?なんて威力だ。

 なんの手応えもなかったぞ。

 これを俺がやったのか。



 トコトコトコ。

 落ち着いたらしいシズクが、静かに俺の側に寄ってくる。



 ……言いたいことはある。

 でも、あまり頭ごなしに言っても伝わらないだろう。


 落ち着こう。この子だってわかってるはずだ。

 本人が反省していることを、さらに強く叱責しても萎縮させるだけだ。


 それにファインプレイもあったしな。

 不可解極まる幸運だが、楽をさせて貰えた面はある。



 だから優しく。

 とにかく優しく。

 伝わるように。


 次回気を付けてほしいことだけを、手短に伝えよう。



 甘すぎるかな?

 自分がスキル習得して、気を良くしてるせいかな?

 でも信頼関係を築くために、多少はね。


 この子だってわかってるはずなんだから。



 シズクは、いつも通りの無表情で、俺の目の前に片手を上げる。

 そして人差し指と中指だけを勢いよく開き。



「……ヴィクトリー」


「なめとんのか!」



 脳天にチョップしてしまったわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る