第9話 押し倒すような体勢でのしかかる、その人物は
「ダメだなこんなんじゃ……全然この剣を使いこなせていない」
ゴブリン6匹の亡骸を見下ろしながら、俺は刀の血を拭う。
この剣……思ってた以上に扱いが難しい。
一週間剣を握っていなかった事を差し引いても、全然ダメだ。
適当に力ずくで刀身を叩き込むんじゃダメだ。
ゴブリン程度ならばそれでも強引に叩き切れるかもしれないが、それでは刀身に不要な負荷がかかる。
繊細なんだ。造りが。
普通の剣ならば70点位の斬撃でもOKなのに、この刀だと95点以上の斬撃を常に求められるイメージかな。
フッフッフ。
その場で何度か素振りをする。
腕で振るな。力で振るな。
技で。理で振り抜け。
そのための立ち位置。姿勢。呼吸。
ミッションによるトレーニングがいい準備になっていた感がある。
壁付きの腕立てや懸垂など、さほど筋肉を大きくする効果はなかろうが、姿勢と呼吸の矯正にはいくらか繋がっている気がする。
瞑想も悟りを開いたとかは全然ないけど、深く長い呼吸を入れるための、肉体の下拵えみたいなものにはなっている気がするぜ。
いや、10日かそこらで効果も何もないんだろうけど。
「よし、もう1回同じ部屋で戦ってみるか」
2部屋目に進んでもやられることはないだろうが、念には念を入れてだ。
今度は剣先の15センチ位まで、使用していい部位を限定してみよう。
切っ先に近い程、当然に剣閃の速度は高い。
それを実現するためには、斬撃の前からどのように動く必要があるか。
考えろ。反応しろ。
ゴブリン相手にできなけりゃ、他には絶対通用しない。
一度戦ったら振り返って素振りを100回ほど。
その後1部屋目に再挑戦してはまた素振り。
そんなこんなで4回。
1部屋目の戦闘を繰り返した所でなんとなくコツを掴んんだ。
うん。やっぱりすごいわこの剣。
俺が“ちゃんと”振れた時には、まるで水が流れるみたいに抵抗なく敵を刻んでくれる。
「っていうか。
なんでゴブリンが6匹も出てるんだよ。3匹のはずだろ」
試験内容はその時によって多少変動するとはいえ、3匹が6匹はやりすぎだ。
1部屋目だけの話ならばまあいいんだけど、同じ要領でモンスターマシマシでかかられると後半キツイな。
なんにせよ進むしかない。
2部屋目は普通なら、ゴブリン、コボルト、ヴォーパルバニーが2匹ずつのはずだけど。
「……やっぱり2倍いるな。12匹同時かよ」
ちょっとしたモンスターハウスだな。
先に覚悟しといてよかったぜ!
ダッ!
敵が反応する前に全速力で走りだす。
このレベルの相手なら、俺の速度に反応できないはずだ。
とにかく敵の数を減らす。
敵集団の左端に回り込んで、まだ戦闘に入れていないゴブリン2匹を蹴散らす。
すぐ奥にいるコボルトが反撃の体勢に入る。
俺は咄嗟に、右肩を前に入れる動作をする。
攻撃体勢のコボルトが反応するのがわかる。
奴には、俺が前進しているように見えたはず。実際には重心を僅かに後ろに下げている。
横から見ればバレバレの動きだが、正面から見ると脳が騙されるだろう?
距離を見誤ったコボルトの攻撃は、躱すまでもなく空振りする。
死に体になったコボルトは捨て置き、俺はその奥にいるもう1匹のコボルトの急所を串刺しにする。
そちらを狙うのが予想外だったのか、不意をつかれたように呆気なく倒せた。
空振りしたコボルトが驚きながらも体勢を整えようとする。
当然それを待つはずもなく、返す刀で首を刎ねとばす。
これで4匹。
そこで、ヴォーパルバニー4匹に囲まれる。
機動性に優れる兎にこの状況に追い込まれることは予想済み。
「フッ!」
1番有利な真後ろにいた兎が突撃して来るのを、刀で迎撃する。
死角だったが、1番有利な攻撃の軌道は予想していたからそこに斬撃を置く簡単な作業だ。
連携が崩れた兎達。
さらに1匹を一撃で斬りとばす。
次の1匹の突撃は土手っ腹に貰ったが、体力レベル2の前にはさしたるダメージにはならない。
もう1匹の兎の突進を、ボレーシュートのように逆に蹴り飛ばす。
「ギギっ!」
襲ってくるゴブリンの顔面に直撃する。
それが致命傷にはなるまいが、僅かに動きを封じることになる。
俺の腹にいた兎が着地する瞬間を狙い、その場で踏み殺す。
止まることなく、バラバラに接近してくるゴブリンを斬り伏せる。
ダン!
全速の踏み込みで、後方に控えるコボルトに接近。
防御体勢に入るコボルトを無視して方向転換。
油断なく構えていたもう1匹のコボルトだが、反応速度を上回る一撃で心臓を貫く。
そのまま俺は走りだす。
さっき蹴り飛ばした兎を下から上に斬りあげる。
上がった刀を、そのまま最後のゴブリンへの斬りおろしとして始末する。
振り返り、中段の構えをとる。
そこには、仲間を全て失い孤立する1匹のコボルトが残されていた。
破れかぶれの突進に対し。
「あばよ」
一閃。
これで全部か。
12匹相手に被弾1。
及第点というところか。
この立ち回り、身体感覚。
この1週間の体術訓練の賜物だろう。
「よし、念の為この部屋ももう1回チャレンジしておくか」
なんだかんだで、2部屋目も3回攻略しておいた。
ーーー
次は3部屋目だ。
ここの相手は、ゴブリンの編隊。
盾役の処理が決め手になるな。
盾持ちに防御に徹されるとそう簡単に倒せるものじゃない。
ボヤボヤしてると後ろの槍持ちにいいようにやられてしまう。
俺のスペックならばゴリ押しで倒せるようにも思うが、これまでの傾向から、ここも2倍の敵が出てくることは覚悟しておいた方がいいだろう。
そうなると、2方向から盾持ちに囲まれる恐れがある。
そして左右両方から、4本の槍が雨霰と降ってくる。
その状況になったら、打開することは相当厳しいように思う。
「この刀がどこまでやれるかだな……いや、他にも手はあるが」
そんなことを考えつつ。
3部屋目の扉に手をかけた瞬間。
バタン!
急に扉が開き、何かが俺の腹に突進してきた。
「グハっ!?」
「キャアっ!?」
意識外からの衝撃に、もんどりうって後ろに倒れてしまう。
ギィィ……バタン!
扉が閉まる音がする。
「……アナタは」
俺諸共倒れ込んだ謎の物体が声を出す。
丁度俺を押し倒すような体勢でのしかかる、その人物は。
白い髪。白いローブに猫の耳。
手に持っている弓まで白い。きっと背中に担いだ矢も白いのだろうと思う。
「君は……」
真っ白のはずのその姿を、痛ましい程の流血に染めるその少女は。
試験前に俺の隣で震えていた、獣人の少女だった。
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