第8話 感情表現やべーなこいつ

 D級昇格試験の内容を説明しよう(誰に?)。



 試験は毎週金曜日にギルド主催で行われ、受験するには一週間以上前からの申請が必要になる。

 受験料はD級昇格試験の場合19,800ゴルド。まあまあする。

 先払だから、当日すっぽかすと大損だ。


 試験内容は特設される級別ダンジョンをクリアすること。


 このダンジョンは冒険者が1人(ないし1パーティ)入る度に生成されるーーというか、数千個ある同じ内容のダンジョンの中からランダムで選ばれた一つに、ゲートから転送されるという仕組みらしい。

 つまり、受験生同士は別々のダンジョンに飛ばされて、それぞれ別個に試験に挑戦する感じだ。



 ダンジョンの内容もほぼ同一。

 どの級の試験でも、スタートからゴールまでは一本道。

 途中にある5つの部屋をそれぞれ乗り越えてゴール地点に到達すれば試験合格、無事昇格だ。


 5つの部屋にはそれぞれ、モンスターが配置されている。

 級によって当然その難易度は違うが、D級昇格試験の場合は大体以下のような構成だという。



 1部屋目:ゴブリン3匹。まあ小手調べだ。

 2部屋目:ゴブリン、コボルト、ヴォーパルバニーが2匹ずつ。1ー5層出現モンスターのおさらいって感じか。

 3部屋目:統率されたゴブリン編隊。盾持ちゴブリン3匹、槍持ちゴブリン2匹、ゴブリンコマンダー1匹が基本。対組織相手の戦闘力が試される。

 4部屋目:モンスターハウス。1ー5層に出現するモンスターがランダムに約20匹出現する。

 5部屋目:ボスモンスター。大体ゴブリンキング1匹が相手になる。こいつはD級相当の脅威度だ。



 合格の目安は、レベルにして10、スキルが得意分野でスキルレベル2が1つか2つあればまず合格できると言われている。

 俺の場合はどちらもクリアしている。スキル的にはかなり恵まれてるし、一応それなりにキャリアも長いし、高い確率で合格できるだろう。



 しかし、この試験の恐ろしいところは。

 なんと『途中脱落が不可能なこと』だ。



 試験用ダンジョンの出口は、5部屋目の奥にしかない。

 部屋と部屋の間にはモンスターの出現しない通路がある為、戦闘ごとに休憩は可能だが、どうあれ5部屋目のボスを倒さない限りダンジョンから出ることはできない。



 要は、『合格するか死ぬか』だ。



 このあまりに不合理な試験内容に対する批判は多い。

 せっかくの人的資源を無駄に死の危険に晒してどうする、というものだ。


 試験に挑戦する時点で、受験生は大体所属クラスの上位にいるものだ。

 そんな有能で貴重な人材が無駄に死ぬのは世の損失。

 D級昇格試験に挑むE級ぐらいならいくら死んでも惜しくないが、A級昇格に挑む上位B級が死ぬのは勿体なさすぎるというのが世間の意見だ。

 俺たち最底辺の命は軽い。



 ギルドの言い分としては、あくまで技術上の問題ということらしいが、実際はどうなんだろうか。

 ギルド運営には上位冒険者が密接に関わっているだけに、下から上がってくる連中を抑制する目的があるのでは?なんて邪推もできる。


 まあ、ポンポン昇格させられない気持ちもわかる。

 冒険者としてのクラスは市民権にも深く関わってくるからな。

 農村戸籍の持ち主や、戸籍の無い私生児でさえ、E級冒険者として活動していれば活動期間中の仮戸籍が発行される。



 これがC級まで上がると永続的な戸籍と市民権が付与されるからな。

 グリーンカードって奴だ。

 そうおいそれと昇格させていたら、色々と悪用されるってんで、試験のハードルが高くなるのも仕方がない側面もある。


 俺なんかは孤児とはいえ一応都市戸籍を持った上で捨てられてるから、あんまり関係ないけどね。



 一応の救済措置はある。

 途中の部屋のモンスターを倒した後に、再度同じ部屋に入室したら、同じ構成のモンスターが出現してくれるって仕組みだ。


 例えば5部屋目のボスがどうしても倒せない場合、何度か4部屋目や3部屋目に再挑戦してレベルを上げてから5部屋目に挑む事もできる。



 といってもレベルなんて本来1日や2日で上がるものではないし、水や食料も持ち込んだ分しか使えない。

 風呂もトイレも水源も食糧もない空間で、どれだけレベル上げに勤しむことができるかは甚だ疑問だ。


 それでも一応、俺も3日分位の食料と簡易毛布ぐらいは持ち込むけどね。

 お守りがわりって奴だ。



 そんなだから、かなりバッファーを取れた奴しか昇格試験には挑まないし、自信のある奴でも試験前はナーバスになるもんだ。


 俺もちょっとヤバい。

 今、ギルドの待合室で試験委員に呼ばれるの待ってるけど、すげーそわそわしてる。



 時刻は10時50分。

 俺は11時30分の試験開始だ。



 カタカタ、カタカタカタとベンチが揺れる。

 俺の震えかと思ったが、どうやら違った。


 少しスペースを空けて左。

 白くて小さな塊が、震えながら懸命に自分の体をさすっている。



 カタカタ、カタカタカタ。

 小柄な女性だ。いや、少女だ。


 顔つきからいって、14歳くらいかな?

 それにしても小柄に見えるけど。

 真っ白な髪の、猫の耳を生やした獣人の少女。

 はっとするほど綺麗な顔をしている。



 試験のプレッシャーのせいか、顔面を蒼白にしながら震え続けている。

 大丈夫か、これ。

 いや、冒険者にも色んなタイプがいるが。一見ビビりに見せて、追い込まれるとすごいパフォーマンス見せる人種もいるけどさ。



「君、大丈夫かーーーー」


「マサキ先輩!何やってんスかこんな所で!」



 みかねて声をかけようとしたところ、後輩冒険者のメディナがデカい声で話しかけてきた。

 待合室はギルドの普通の空間と仕切られてないから、普通に見つかっちゃったな。



「何って。昇格試験だよ。D級の」


「ハアアアアアァァァァァッ!?

 何言ってんスか先輩!無理に決まってんじゃないっスか!

 死んじゃう!絶対死んじゃいますよ先輩!」


「いや失礼なこと言うなよ、お前。

 普通、4年くらいのキャリアで挑むものだろ。

 俺、7年目だぞ」


「それは普通の人の話でしょ!

 先輩は……その……アレじゃないですか!絶対無理っス!

 死んじゃうー!マサキ先輩が死んじゃうぅぅぅぅーっ!

 嫌だ、嫌だぁぁぁっ!うわぁぁぁぁっ!」



 オーイオイオイオイ。オーイオイオイオイと。

 大粒の涙をボロボロに流しながらその場に崩れ落ちてギャン泣きし始める。

 感情表現やべーなこいつ。



 あんまり死んじゃう死んじゃう言うなよ。

 横の白い獣人の子がもう涙目になってんじゃん。

 この子こそギブアップした方がいいだろ。2万弱ドブに捨てるとはいえ。



「102番でお待ちのシズク様ー!お時間になりましたので、こちらに来てくださーい」


「は、はい!」



 声をかける間も無く、少女はD級試験会場に向かってしまう。


 時刻は11時ちょうど。

 俺の一つ前の受験生だったのか。


 ……だ、大丈夫だよね?

 いやまあ本人が受験するって決めてる以上、口も出せないけど。



「そ、そうだ先輩!

 せめて私と一緒に受験しましょう!

 2人でパーティ参加なら、ワンチャン合格できるかもっス!」


「それこそ無理だろ。お前まだ2年目じゃないか。

 いくら有望株でもまだ無理だよ。

 大体、参加人数は受験申込み時に申請するから、今更変えられねえよ」



 パーティ参加で受験する方法もある。

 もちろん人数が増えたらその分敵も増えるけどね

 2人なら2倍、3人なら3倍って感じに。



 上級の試験だとパーティ単位で挑む人も多いらしいが、D級くらいだと大概個人で受験するもんだけどね。



 ーーー



 そんなこんなで。

 30分以上に渡ってギャンギャン喚くメディナをあしらい続け。

 ようやく俺も試験用ダンジョンにエントリーする。



 ……さっきの女の子、ほっといても良かったんだろうか。

 いや、ダンジョンに入っちゃった以上、どうにもできないけど。


 俺はステータス・コンソールに浮かぶミッションを再度眺める。



【メインミッション「D級昇格試験に挑戦しよう!」を達成しました。レベルが一つ上昇します。ジュエルを一つ取得します。特殊スキル「挑戦者」を取得します。】


【期間限定ミッション】

 ・少女を助けよう!

 ・エクストラボスを倒そう!



 こんなものが表示される。

 しかもメインミッションでも、以下の一つが最上段に表示されていた。

 まるで、今これを達成しろと言わんばかりに。


【メインミッション】

 ・パーティを組もう!



「……んなこと言われてもな」



 ミッションの少女って、さっきの子か?メディナじゃないよな。

 でも試験の仕組み上、助けようがないしなぁ。


 パーティとか言われても今は無理だろう。

 メディナを無理矢理にでもねじ込んでパーティ単位で挑戦すれば良かったのか?

 いやー、認められるわけがないし。



 それになにより、エクストラボス。

 聞いたことのない言葉だ。

 5部屋目のボスの他に、追加でボスが出る、とかか?


 いやー。そんな話聞いたことないぞ。

 5部屋目で力を出し切った後にもっと強いのが出るとか。

 いくらなんでも理不尽すぎるだろ。



 ……考えても仕方ない。

 今は試験に集中しよう。



 短い通路を歩き、一部屋目の扉の前へ。装備品以外の持ち物を扉の前に纏めて、戦闘準備を整える。

 モンスターを倒してから回収して、次の部屋に向かうんだ。



 ……フー。

 大丈夫。俺は強くなった。


 大体、ナーバスになるには早い。

 一部屋目なんて、ゴブリン3匹だ。

 負けるはずがない。


 プレッシャーを感じるのは3部屋目、いや4部屋目くらいまで行ってからでいい。



 新しい愛刀を抜き、扉に手を掛ける。

 大丈夫。大丈夫だ。

 俺には店長お手製のこの刀がある。



 ガチャリ。



「……なんでやねん」



 扉を開けたその先には。

 本来の2倍。

 6匹のゴブリンが戦闘準備万全の態勢で待ち構えていた。

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