第7話 娘のバストは豊満であった

「オッス!マサキ先輩!

 随分遅い出勤っスね!いいご身分じゃないっスか!」



 ギルドに入って早々、やかましい声がかけられる。


 後輩冒険者のメディナだ。歳は確か、俺の3つ下の16とかだっけ。

 癖のある青髪をショートにし、斥候職らしい身軽な出で立ちなもんで、言動も相まってボーイッシュな印象を受ける。


 よく見ると美少女なんだけどね。

 娘のバストは豊満であった。SUGOIDEKAI。



「おう、メディナ。

 ああ、午前中に野暮用があってな。

 お前も昼休憩か?」


「ええ!勤勉なる私は朝から勤労に勤しんでいたので!

 マサキ先輩、お昼はこれからっスか?

 その、もし、よかったらなんですけど……」


「悪いな、食べてきたところだ。

 これから直ぐに仕事に入るよ」


「……そうっスか。

 あ、その、もしご都合よければ、昼食の後合流して、一緒に冒険とか……

 いえ、ご迷惑だったらいいんですけど。足手まといになっちゃったら申し訳ないんですけど……」


「すまないけど当分無理だな。

 時間もないし、試したいことがあるから他人の面倒を見る余裕がないな。

 悪い。他をあたってくれ」


「い、いえ。我が儘言ってすみませんっス……。

 頑張って下さい!」



 最初の威勢は何処へやら。

 プライベートだとウザ絡みしてくるこいつだけど、仕事関連の話になるとしおらしくなるんだよな。

 根が真面目というか。



 わかってしまったかもしれないが、こいつは俺を、まあ、そういう目で見ている。

 俺はそれをわかった上で、冷たくあしらっている。



 というと、舐めてんじゃねえぞこの下衆野郎が、なんだモテ自慢か死滅しやがれ腐れリア充野郎、陰茎を引き千切るぞ、睾丸を破砕するぞ、と思われるだろうがそれは早計だ。



 というのは、こういうのは俺の副業の関係上よくあることなのだ。

 俺は新人を中心に冒険者へのサポートやガイド、1ー2階層の先導や探索方法の教示、指導なんかをアルバイトとしてやっている。


 男女問わず右も左もわからない新人ってのは不安で一杯なもんだ。

 命の危険のある冒険者稼業ならなおさらだな。

 そこを、経験豊かな先輩が懇切丁寧に指導してくれると、一部の子達は相手の本来の実力や魅力以上に、後光が射してるように見えちゃうらしい。


 男でも慕ってくれる奴結構いたし、女の子で好きですとか言って来ちゃう子もボチボチいましたわ。

 で、1、2年もしないうちに俺の実力を追い抜いて、「アレ?あの人、意外とアレだぞ?」「ていうか、あんだけ経験あって新人相手にサポートしてるとかヤバくない?」「普通自分の冒険に集中するよね。弱いから新人と絡むしかないんだよね。うわー……」って感じで離れて行くまでがワンセット。



 男はね。それでもまあ、「今度呑み行きましょうよ!(行かない)」みたいに緩く繋がってくれるけどさ。繋がってるかこれ?

 でも女の子はね。その辺男よりよっぽどシビアだからね。「過去あいつに惚れてた」という汚点を払拭せんとばかりにボロクソ言うからね。巷で話題の負の性欲ってやつかな。



 メディナは冒険者2年目に差し掛かったところか。早くもレベル4に到達しているという有望株だ。

 経験則から言って、「アレ?あの人まだレベル1なの……?いや、私が好きになった人がハズレなわけがない。しかし」と迷いつつも自分の気持ちを損切りしきれない時期かな。

 フェーズ3だ。


 俺は女子が俺に向ける侮蔑の感情を全部感知できるという超能力を持っているから全部わかる。

 だから全部拒絶する。俺が傷つくだけだからな。お陰で普通に童貞だ。多分一生。



 まあ、んなこたどうでもいい。

 仕事だ。仕事に集中するのだ。



 なにしろ生まれて初めて体術でモンスターと戦わなくちゃならないんだからな。

 非モテ人生を振り返ってる場合じゃない。

 今までいいことなんて一つもなかったな。

 振り返ってる場合じゃない。



 いざ、ダンジョンへ。



 ーーー



 ダンジョン2階層。

 主な出現モンスターはコボルトだ。

 今日の目標打倒数は100体。ミッションもそう言ってる。



 100体か……。

 いや、剣さえあればね。ゴブリン戦の手応えから言って、多分イケるとは思うんだけど。


 レベルと身体スキルの下駄履いてるとはいえ、大丈夫かな。

 でもあの店長の指示だしな。

 ミナ繋がりでなんのかのと世話になってるだけに逆らえない。


 というか、社会的地位の高い人物に強く言われると大抵のことには逆らえない。

 本能だなこれは。

 相手が女性だとなおさら。美人だとなおさら。胸が大きいとなおさらだ。


 俺は根が軽薄なのだ。そういうところは直していきたい。そして自分のいいところを伸ばしていきたい。



 雑念を振り払ってダンジョンを進む。

 感覚鋭敏のスキルが働く。

 感じる。少し先にコボルトがいる。

 多分1匹だ。



 呼吸を深く入れて自分を戦闘態勢に入れる。

 全集中の呼吸だ。俺は最近読んだ創作物の表現をそのまま使う癖がある。

 根が軽薄なのだ。そういうところは直していきたい。そして自分のいいところを伸ばしていきたい。

 これ集中してねえな。



「破っ‼︎!」



 自分なりに気迫を込めて、渾身の一撃をコボルトの顔面に叩き込む。


 グワァん。コボルトの体の軸が大きく揺れる。



 だが。殺せていない。

 筋力スキルレベル2のパワーをもってしても、一撃では殺せていない。

 これは俺の殴り方が悪すぎるせいだな。


 構うことなく左右のラッシュでタコ殴りにする。

 やがてノックダウンしたコボルトに馬乗りになり、なおマウントパンチの雨を降らせる。



「ウオオオォ!オッ!オッ!オッ!」



 加減がわからないからもうひたすらに殴りまくる。

 人生や社会に対する怨嗟も込めて、殴る殴る殴る。


 ぜえ、はあ。ぜえ、はあ。

 コボルトの死骸が消失することには肩で息をしていた。



「いかんな、こんなんじゃ……いかんいかん」



 我に帰ると、もう1匹のコボルトの接近に気付く。

 あと20メートルか。

 呼吸と体勢を整えて迎え撃つ。

 今度は冷静に戦うぞ。



「フゥーー……」



 コボルトの体を静かに見据える。

 部分ではなく、全体を。

 狙うべき点が、拳が辿るべき線が見える。



「シッ!」



 速度を重視した左拳だが、狙った線から大きくブレる。

 ーー技術の不足!

 掠った程度の一撃はコボルトにさしたるダメージを与えられない。



「ガルぅっ!!」



 爪の攻撃が襲ってくる。

 既に間合いは相当近い。

 剣と違って、こっちが攻撃した時点でかなり接近してたからな。



「ーーチッ!」



 かわしきれず、頬から一条の流血が舞う。

 すぐさま右拳で反撃。直撃してコボルトが後ろに反り返る。


 ……これも、当たっちゃいるが、ポイントが甘い!

 あっちもすぐに反撃してくる!痛え!



 熾烈な殴り合いが繰り広げられる。

 途中、苦し紛れに蹴りも放ってみたが、蹴りは殴り以上に難しかった。

 モンスター相手に有効な威力を産むには経験も技術も足りなさすぎる……!



 最終的には身体能力の差でゴリ押しできた。

 1匹相手に死闘を演じてしまったぜ。

 HP自動回復があるからいいものの、普通だったら回復薬で大赤字だ。



 反省タイムだ。

 さっきの戦いはどこがマズかった?


 まあ全部なんだけど、まず最初のパンチで既に相当失点あったな。

 殴り方もよくないけど……殴る前の体制や足の位置、呼吸のバランスの時点で失敗が確定していたように思う。


 どうすれば正解なのかわからんけど、アレじゃダメなのはわかる。

 俺、こんなに下手なのか。

 自分の体をこんなにも思い通りに使えていないなんて知らなかったぜ。

 剣を使っている時は気付けなかったなー!



 格闘家の人はどうやってたかな……。

 サポートで参加した冒険で何人か格闘家のバトルも目撃してきたけど、自分がやる日が来るとは思ってなかったからな。

 たしか、こう……。


 シッシッシ!

 軽くシャドーで練習する。

 さっきよりいいか?微妙か?微妙にいいか?もっとこう……。



 感覚鋭敏のスキルが働く。お客さんだ。

 悠長に練習してる場合じゃないか。

 本番で体で覚えていこう。


 縛りをかけてみるか。

 次の1匹は左のパンチだけで倒す。

 フットワークを効かせて、パンチの打ち方と距離感を体に叩き込もう。


 一つずつ。順番に段階を上げていこう。

 その内できるようになるでしょ!



 ーーー



 一週間。

 ひたすらコボルトを狩り続ける日々だった。


 体術関連も色々とメインミッションが設定されていたらしく、試してるうちに自然に色々とミッション達成していた。


 武器を使わず100匹のモンスターを倒そう、とか。左手だけで100匹倒そう、右手だけで100匹倒そう、蹴りだけで100匹倒そうとか。色々ね。



 やってるうちに段々と体術のコツを掴み始めた感じもあるし、解放されるメインミッションから防御系のミッションを見つけてこれもいくつか達成したわ。

 攻撃を100回食らおう、とか100回躱そう、とかね。



 本当に毎日、絶妙にギリギリ達成できるようなミッションを解放してくれるもんだぜ。



 でもお陰さんで得られたものもある。

 体術スキル。そして身躱しスキル。

 こいつがレベル1になったよ!ジュエル消費なしで!


 毎日のミッションも全部達成し、「デイリーミッションを一週間連続で全部達成しよう」の効果とゲットした経験値でレベルも9まで上がった。

 


 これに、実験も兼ねてジュエルを使ってレベルを11に上げてみた。

9→10でジュエル消費が2。10→11でジュエル消費が3だ。

このタイミングでジュエルを使うのは悩んだが、何しろ今日D級昇格試験に臨むからな。

ここは奮発しどころだろう。



「よく頑張ったな。ほら、お前の新しい武器だ」



 ミナの勤める武具店で、店長からやけに細い剣を受け取る。



「これは……刀?」


「ああ。

 力や重さで叩き潰す剣ではなく、技と速さで断ち切る刀。

 お前の性格や体格からいって、こちらの方があっているかと思ってな。

 使い手が少なく、扱いが難しい武器だが、なんとか使いこなしてみろ」



 ぶっつけ本番でえらいもん寄越してきたなこの人。

 でも嬉しい。初めて手にする武器なのに、まるで長い時間を共にした相棒のように感じられる。


 あの店長のお手製だ。

 性能も一塩だろう。

 曰く、「特別な仕掛けがしてある」そうだが、詳細は後のお楽しみとのことで教えてくれなかった。



「マサキ!これを受け取って!」



 ミナが、何かを俺に渡してきた。


 これは——『体力の腕輪』だ。

 装備した者の体力を上昇させる腕輪。

 初級クラスとはいえ、れっきとしたマジックアイテム。

 かなりの値段がしたはずだが……。



「どうか、無事に帰って来て……!」



 涙を浮かべるミナ。

 昇級試験の過酷さは承知のようだ。



 試験は長引いても2、3時間で終わる。

 体力が決め手になる場面はあまりない。

 なのにミナがこれを贈ってくれた意図は明確だ。



 無事に昇格して、D級冒険者としてこの腕輪を役立ててくれ。


 そういう、粋なメッセージが込められてるんだ。



「店長、ミナ。

 ありがとう……!必ず合格して帰ってきます!」


「無理はしないでね。といっても、あの試験では難しいけれど」


「刀の代金はツケだからな。

 さっさと合格して、稼いで払えよ」



 ギルドに向かう。

 俺は今日、D級になるんだ!

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