第6話 いい鍛錬を始めたようだな

 朝7時。

 爽快な気分で俺は目覚める。



 昨夜は21時に寝て朝は7時に起床。

 10時間も寝られるものかと思ったが、寝てみれば寝てられるもんだな。


 というかスッキリ感がすごい。

 睡眠時間確保の為にコーヒー飲まないようにしてたからか、すげー深く眠れたな。



 朝もボヤボヤしてられない。

 まずはクエストの確認だ。



【デイリーミッション】

 (鍛錬)

 ・ウォール・プッシュアップをしよう (0/20回)

 ・ウォール・プルアップをしよう (0/20回)

 ・リバース・スクワットをしよう(0/20回)

 ・チェアーズ・レッグレイズをしよう(0/20回)

 ・ロープ・スキッピング(3分間)をしよう (0/3セット)

 ・倒立をしよう (0/1分)

 ・ブリッジをしよう (0/1分)

 (回復)

 ・瞑想をしよう (0/30分)

 ・睡眠を取ろう(7/10時間)

 (栄養)

 ・タンパク質を摂取しよう (0/60g)

 ・野菜を摂取しよう (0/300g)




 なんか増えてるな。

 このコンソールは俺をどうしたいのか。



 ともあれ、まずは朝食だ。

 これまでは適当に済ませがちだった朝食だが、計画的に栄養を取る必要が出てきたんで、ちゃんと食べなきゃ。

 昨日の夜、ガヤついた定食屋でサバの塩焼き3尾と海藻サラダ大盛り2杯をかっ込んんで変な目で見られたからな。

 朝、昼、晩で摂取する栄養を管理していこう。


 定食屋から持ち帰りで買った茹で卵3つとトマト丸ごと2つ、バナナ1本を平らげて、筋トレに移る。

 筋トレも夜に回しちゃダメだな。

 昨日みたいに仕事が長引いたら本当に余裕がなくなる。

 重要な仕事は朝。余暇を用いた遊びは夜。



 フッフッフー!

 全部やると、何だかんだで30分くらいはかかるんだよな。

 倒立やらブリッジはやってみると結構手こずったわ。


 あとはロープスキッピング?

 これは縄跳びか。動画でやり方を確認する。

 結構早いな。リズムが大事。難しそう。

 というか持ってないぞ縄跳びなんて。

 午前中に買いに行くか。3千ゴルドくらいで買えるだろ。

 ついでの用事もあるしな。



 で、瞑想。

 これがわからん。とっつきづらいわー。

 とりあえず動画の真似して座禅組んでみるけどさー。

 もう雑念湧きまくり。意味あるのかこれ?


 でもミッションだからな。何かに繋がると信じて。

 フーッフーッ!

 できるだけ長く息を吐いたりするわ。他にやる事がない。

 体グラつくなあ。今何分たった?……俺、集中力ないなあ。

 コンソールのメッセージで瞑想完了を知る。人生で一番長い30分だったわ。



 そんなこんなで9時近く。

 俺は準備をして出かける。

 行き先はダンジョンではなく、ミナの武具屋だ。



【メインミッション】

 ・武器を修理に出そう



 稼ぎの時間を確保する事を考えると、マジで慌ただしくてダラけてるヒマがないぜ。

 普段だったら真っ先に削る睡眠時間がミッションのせいで、21時就寝がマストになってるからな。

 落ち込んだり将来を悲観している時間がないのはいいことだけど。



 ーーー



「ああ、お前か。よく来たな。

 今日はミナは外出してるぞ。何の用だ?」



 珍しい事に、店長が直々に店番をしていた。

 その美貌をいかにも偏屈そうな表情で台無しにする、年齢不詳のダークエルフのお姉さんだ。

 豊満すぎるボディを、気難しげに組んだ腕で、こう、下から上に持ち上げる感じになっていて、どうにも目のやり場に困る。



「ご無沙汰してます。今日は使ってる武器を診てほしくて」



 そう言って、愛用のロングソードを差し出す。



「ほう……随分と使い込んだな。これはもう、修理では効かないぞ」



 店長の言葉通り、俺の剣はかなり傷んでいた。

 昨日の朝丁寧に手入れしたものの、もう7年も使っているし、何より昨日1日で随分無理をさせた。

 そろそろ寿命だったのかもしれない。



「すみません、ダメにしちゃって」


「いいや、こいつもここまで使い込んでもらえて本望だろうさ。

 お前さんの使い方が良かったからここまで持ったんだ」


「そう言ってもらえると救われます。

 やっぱり新しいの買わないとですかね」



 先立つ物がないんだよなあ。

 稼げる見通しが立ったばかりなのに。

 剣がないと稼げない。稼げないと剣を準備できない。服を買いに行く服がない。



「いや待て。

 マサキ。お前そこに立ってみろ。真っ直ぐに。

 ……うん、今度は歩いてみろ。え?普通にだ。そうそう。

 今度はジャンプ。いいからやれ。反復横跳び。そこの荷物を持ち上げてみろ」



 突然店長がアレコレと出す指示に、訳もわからず従う。

 なんだ、急に。

 店長はじっと俺の動きを見ている。



「うん……うん、うん。

 今度はこの木剣を振ってみろ。いや、そこの練習用人形を斬ってみろ」



 木剣を受け取る。はいはい、やりますよ。

 柄を握った瞬間、自分と剣の境目がなくなる。


 ヒュン。ヒュン。

 軽く素振りをする。

 腕ではない。背中で剣を振るう感覚。

 正しい剣筋を実現するには、まず足の裏から正しい位置に置かなくてはならない。



 練習用人形に向き合う。

 でも、壊しちゃまずいよな。

 できるだけ無難な。頑丈そうな箇所をを狙ってーーー



 タァン!

 強烈な一撃を叩き込む。


 剣術スキルの賜物。間違いなく一昨日までの俺とは段違いの斬撃だ。



 だが。



「誰が「叩け」と言った。私は「斬れ」と言ったんだ。

 時間を無駄にするな」



 店長の反応はにべもない。

 斬れ、か。

 そう言われたなら仕方ない。



 練習用人形をじっと眺める。

 呼吸を繰り返す内に、視界に変化が訪れる。

 昔からある感覚だ。



 人形のほころびが見える。感じる。

 内部に蓄積したダメージ。構造上の弱点。


 わかる。ここだ。

 この線上。このライン通りの剣筋で、あそこに剣を振り抜ければ斬れる。

 過度な力みは必要ない。ただ、自然に振り抜けばいい。


 今までの俺なら、ラインが見えていても、技量の問題で数センチ太刀筋がずれて実現できなかった。

 でも、今なら。



 ストン。

 気付けば剣は人形をすり抜けていた。

 ドサっ。

 一瞬遅れて人形の半身が床に落ちる。



 ふと我に帰る。

 え?俺今、「木剣」で人形を斬ったの?

 頑丈な木で骨組みを作り、藁を巻いて、その上を革で覆った、「いくら斬撃を叩き込んでも壊れないように」作られた人形を?




「ふむ……やはりな」



 しかし店長は、人形には目もくれず俺を見ている。

 俺を、というより俺の体幹、正中線の辺りを。



「いい鍛錬を始めたようだな。

 成果が出るには時間がかかるだろうが、倦むことなく続けることだ。

 きっとそれがお前の力になる」



 出し抜けにそんなことを言われた。

 ……この人に褒められるのは初めてだな。いつもすげー厳しい人だから。


 流石はレベルアップとスキルアップの成果だな。

 やっぱわかる人が見るとわかっちゃうもんなんだなあ。



「違うよ。レベルだの、スキルだの。

 そんな表層的なものに惑わされるな。大切な物はもっと内側にある。

 お前は今強くなった気でいるんだろうが、お前が本当に強くなるのはここからだ。

 目先の些事に囚われるなよ。決して焦るな。お前を作り上げるのは、日々の積み重ねに他ならないのだから」



 ……。

 何を言ってるのかわからない。

 何だ、急に。


 レベルやスキルより大切なものなんてないだろう。

 俺が、俺がどれだけそれを求めて苦しんできたと思っているんだ。



 いや、店長が悪い訳じゃない。

 むしろ俺を元気づけようとしてくれているんだろう。

 俺の成長を感じ取り、それを最大限讃えてくれているんだ。


 ただ、「突然現れたステータス・コンソールに従ったら数日で大量にレベルアップとスキル獲得しました」という異常事態を予測できるはずがないから 、こういう言葉になっているだけで。

 ありがたいことだよ。



 店長はそんな俺を、なぜか少し悲しげな目で見ている。



「よし、お前の武器だが、私が直々に打ってやろう。

 少々高いが、それでも相当サービスしてやってのことだからな。

 1週間待て。お前に最適な武器を用意してやる。


 それまではそうだな……これを使うといい」



 そう言って店長が差し出してきたのは……なんと、安物のナックルガーターだった。

 体術で戦う格闘家が使うやつだ。


 ええっ!?

 なぜ俺がこれを?け、剣で戦うスタイルなんですけど!?



「あ、あの、店長。

 すごくありがたい申し出なんですけど、『天下十二工』に数えられた店長直々に打ってもらえるなんて、身に余る光栄なんですけど。

 お、俺は剣術で戦うスタイルでして」


「わかっている。心配するな。

 お前にピッタリの代物を用意してやるよ。

 だから、まずは一週間それで頑張れ。

 サボるなよ?ズルするなよ?大切なものは現場にしか落ちてないのだから。

 必死で、武器にふさわしい自分になってこい」



 困ったことになった。

 一週間後にD級昇格の試験に挑戦するってのに、ぶっつけ本番の武器で挑むことになるのか。



 とはいえ、逆らえる相手でもない。



 俺はその後、縄跳びを買ってミッションをこなし、早めの昼食(ローストチキン定食のチキン2枚盛りサラダ大盛りパン小さめ追加注文で大根サラダと鮭の塩焼き)を食べ、ギルドに向かう。



【メインミッション「武器を修理に出そう」を達成しました。技能スキル「体術」取得します】


 見透かしたようなスキルがついてきたな。

 俺のこと監視してるのか?思考盗聴されてないかしら。頭にアルミホイル巻かなきゃ(使命感)。



 さて、ダンジョンに潜るにあたって。

 狙うはこいつだな。


【メインミッション】

 ・コボルトを討伐しよう  (0/100匹)



 コボルトは2階層に出現する獣人だ。

 ゴブリンの2割増しの身体能力と、稀に毒を塗った凶器を使ってくる難敵だ。


 それを、剣なしで。そもそも体術なんて使ったことないぞ、俺。

 まず今日の冒険を生き延びることができるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る