第2話 夢じゃ……ねえよな?
「……なんだこりゃ?」
質感のない、不思議な板が空中に浮かんでいる。
いや、これは板なのか?
ボンヤリと光って、横から見ると全く厚みがない。
迷宮都市タチカワは迷宮からの発掘品で成り立っている町だ。
中には不思議なマジックアイテムもたくさんあると言われているが。
これもその一種か?
おそるおそる。板に触れてみる。
手応えはない。すり抜けそうな感覚を覚えていると。
パパパパパっ!
恐ろしい速度で板の表示が変化する。
よくわからないアルファベットがびっしりと並んだ小窓が一瞬表示されたかと思うとすぐさま消え、また大量の小窓が表示・消滅する。
なにこれ。すげー不安になるんですけど。
しばらくしたら『本システムを利用する為には、以下の利用規約を必ず読み、内容にご同意頂く必要があります』というメッセージと共に、すげー小さい字で膨大な分量の条項が表示される。
もちろん一文字も読むことなく『同意する』を押す。
【ステータスを表示します】
【ミッションを表示します】
「うおっ!?」
板にこんな表示が変出た。
・マサキ
・レベル1 ( 1024 / 65536)
・ジュエル:0
・スキル:なし
これ、俺のステータス?
ギルドで確認出来る、自分のステータスと同じ感じだけど……なんか変な項目があるな。
まず、レベルの横に変な数値がある。
これはなんだ?なにかの分数みたいだけど。
1/1になるとなにかあるのか? 分母がやたらに大きいな。
……もしかして、経験値か?
レベルを上げるにはモンスターをたくさん倒す必要があって、その量には個人差あって。
その「モンスターを倒した量」を冒険者用語で経験値って呼んだりするけど。
俺の場合、これを65536だかまで上げないとレベルを上げられない、とか?
他の人と比較できないからわからないけど、なんかすげー多い感じしない?
「ジュエルってなんだ。聞いたことないな」
画面に触れる。
指でスッと弾くと画面もスッと動くね。
フリックする、と表現しよう。
「おっ!?」
画面を横スライドすると、また新しい画面が現れる。
・デイリーミッション
・期間限定ミッション
・メインミッション
何やらミッション?とかいうものを示す表示になる。
それぞれを押すとその中身が見られるようだ。
【デイリーミッション】
(鍛錬)
・ウォール・プッシュアップをしよう (0/20回)
・ウォール・プルアップをしよう (0/20回)
・リバース・スクワットをしよう(0/20回)
・チェアーズ・レッグレイズをしよう(0/20回)
(回復)
・睡眠を取ろう(8.3/12時間)
(栄養)
・タンパク質を摂取しよう (0/60g)
・野菜を摂取しよう(0/300g)
【期間限定ミッション】
・ダンジョンに行くのを控えよう (0/3日)
メインミッションってのは、大量の項目があって数え切れない。
やれ、「デイリーミッションを全て達成しよう(0/1)」とか、「ゴブリンを100匹討伐しよう(0/100)」とか、「パーティを結成しよう(0/1)」とか。とにかく一杯ありすぎて全体感が掴めない。
バーっと下の方まで見ると、「デイリーミッションを1年間毎日達成しよう(0/365)」ってのもあるな。なんだかハードルが高そうだが。
しかしこのデイリーミッションってのの中身……。
「……トレーニングメニューか?」
プッシュアップとか、プルアップとか。筋トレメニューだよなこれ。
これをやれっていうのか?俺に?
誰の意思だ?この板か?それとも神様的ななにかか?
「……今更こんなこと、やったところでな。
いやいや、強くなる為だ。なんだってやるけどさ」
筋トレぐらい、これまでだってやってきた。
でも、多少体力が増したところでレベルが1だとたかが知れてる。
大体このメニューはなんだ。
プッシュアップは腕立て伏せ、プルアップは懸垂だよな?ウォール?って壁?
メニュー名を長押しすると、解説が出てくる。
ウォール・プッシュアップとは、壁に向かって手をついてやる腕立て伏せらしい。
姿勢の正し方、呼吸のリズム、腹圧の掛け方などが事細かに注意点が並ぶ。
解説用の動画(⁉︎空中に謎の男が実演している⁉︎)まで出てくる周到さだ。
「壁付きって……楽勝だろ」
普通の上下する腕立てと違って、横方向だ。
体重がかからないから楽に決まっている。こんなのトレーニングになるのか?
フッフッフ。
リズミカルに10回ほどこなす。
・ウォール・プッシュアップをしよう(3/20回)
あれ、3しか増えてないぞ。
もしかして、フォームが悪い?呼吸もか?
気を取り直して再トライ。
フーッフーッ。一回一回を丁寧に。反動をつけずに。
うん、ちゃんと数が増えてる。
ちゃんとやると意外にキツイね。
10回、ミスを含めると25回程やったところで一息つく。
限界ってわけじゃないが、ちょいと目先を変えたい。
ウォール・プルアップは壁を掴んで前後に自分の体をひっぱるような懸垂。
リバース・スクワットはこう、説明が難しいが、首と肘を床につけた逆立ち状態で、足の重みだけを負荷にした膝の曲げ伸ばし。
チェアーズ・レッグレイズは椅子に浅く腰掛けて両手を腰の後ろについて体を支えた状態でやる、腹筋で膝を下腹部に引き寄せる腹筋運動だ。
どれも、通常のスクワットや懸垂なんかに比べれば大分楽だ。
何しろ、自分の体重の一部しか負荷にしてないからね。
でもその分姿勢や呼吸の判定がシビアだ。結構いい刺激になる。
10回ずつの2セットに分けてこなしていく。
ウォール・プッシュアップを20回達成したところ。
【デイリーミッション「ウォール・プッシュアップをしよう」を達成しました。】
【メインミッション「デイリーミッションを一つ達成しよう」を達成しました。ボーナスとして、ジュエルを一つ取得します】
「うおびっくりした!」
突然目の前にメッセージが表示される。
というか、手で持ってるわけでもなくただ浮かんでいる板だが、俺が体の向きや体勢を変えても自動的に目の前についてきてくれるな。
表示されたのは俺のステータスだが……
・マサキ
・レベル1
・ジュエル:1
・スキル:なし
「おっ」
なんか増えてるな。ジュエルって奴が。
なんだろうねこれ。ちょっと聞いたことない言葉だわ。
何の気なしに表示に触ると。
『ジュエルを消費しますか?』
というメッセージが浮かび上がってくる。
少し迷ったが……俺は『Yes』を選択する。
『ジュエルの消費先を選択してください』
という表示とともに、画面全体が薄暗くなる。
一箇所だけ光ってるところがあるな。俺のステータスの、「レベル」の箇所だけが明るい。
今選択できるのはここだけってことか?
レベルの部分を押す。
『ジュエルを消費してレベルを上げますか?』
ドクン。
無意識に、心臓の鼓動が大きくなるのを感じた。
これは……いや、まさか。
しかし……いや、落ち着け。期待するな。
そんなはずはない。こんなことはあるはずがない。
ゴクリ。
生唾を飲み下しながら、『Yes』を選択する。
すると、ピロリン、という軽快な音と共に俺のステータス表示が更新される。
【ジュエルを一つ消費し、レベルが2になりました。】
【レベルアップに伴い、ジュエルが一つ支給されます。】
・マサキ
・レベル2 (0/55)
・ジュエル:1
・スキル:なし
「夢じゃ……ねえよな?」
上がっている。
幻覚ではない。
7年間、上がらざること山の如しだった俺のレベルが、上がっている。
レベル2。
夢にまで見た、この数字。
普通の冒険者なら半年と待たずに到達する、低いハードル。
「お……おお……」
あかん、泣けてきた。
胸の奥底にしまい込んだ、固く重い、見えない何か。
それが溶け出したように、熱い涙が頬を流れる。
「つ、次だ!次のミッションに取り掛かるぞ!」
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