美しい孤島

どこまでも透き通る水。

綺麗なコバルトブルーの海に囲まれた、小さな孤島。

緑豊かな島の中心に、白煉瓦しろれんがが印象的な小さな城がある。


そこに住むのは、双子の可愛らしい少女。

透き通るような白い肌に、美しく大きな瞳。

バラ色の頬に、可愛らしい唇。

ふわふわウェーブの腰まで届く長い髪。


白いワンピースがとてもよく似合い、まるで天使のようだ。

赤い髪飾りをつけている方が、姉のリナ。

黒い髪飾りをつけている方が、妹のリア。

歌を歌うことと、ピアノを弾くことが好きな女の子。

二人の奏でるハーモニーは、聴く人を皆うっとりさせる。


今春、十二歳になったばかりの二人の少女は、この島で育った。

遠く離れた地に住む両親は、月に一度、新月の夜にこの島に訪れる。

三日目の夜、迎えに来る船に乗り、自分たちの家へと帰っていく。


一緒に過ごせる時間に限りはあるが、深い愛情を感じとれる言動と行動。

両親から学ぶことはたくさんあった。


テレビも電話もインターネットも繋がっていないこの場所。

ラジオもなく、新聞さえ届かないこの島では、本以外に情報源がない。

両親が話してくれる海の向こうの話しは、二人にとっては

絵本の中のおとぎ話と、なんら変わらないほどに珍しく、

そして、とても興味深いものだった。




リナとリアは、明るく楽しいメイドたち三人と、マナーに厳しい執事。

一緒に遊んでくれる庭師のお兄さん二人と、真面目な先生と愉快な先生。

優しい医者と、何を訊いても答えてくれる物知りな博士。

十人の大人たちと一緒に、この城で楽しく暮らしている。

大人たちは皆、二人のことを温かく見守っていた。


二人は、この島以外の地に、足を踏み入れた記憶がない。

島を囲む海の向こうへと行けるのは、

十五歳の誕生日を迎えてから。と言われていた。


島に民家はなく、また、定期船なども来ないので

リナとリアは、両親と、城で一緒に暮らす大人たち

この十数人にしか、人に会ったことがない。


本に書かれている世界が、海の向こう側には、本当にあるのだろうか。

自分たちより小さい子供や、赤ちゃんとは、どんな感じなのだろうか。

同じ年頃の子供たちが通う、学校とはどんなところなのだろうか。

いつか、自分の目で見てみたい。そう思っていた。


二人は毎日、たくさんの書物を読み、たくさんの音楽を聴いた。

異国の地図や、古い地球儀をクルクルと回しながら、

いつか見る景色や、いつか出会う人々、いつか聴く言葉に

胸を焦がし

その “ いつか ” が来るのを待っている。


まだ見ぬ世界に想いを馳せて。

言葉を紡ぎ、音を繋げた。




* * *




暗闇にのまれそうな新月の夜。

窓から見える景色は、空と海の境界線が曖昧だ。

リナとリアは、待ち人を想い、窓の外をじっと見つめている。


メイドが声を掛ける。

「おやすみになる時間ですよ。」


二人は窓から一ミリも離れることなく、また目を離すこともなく。

「もう少しだけ。」

リアが返事をする。


「あと少しだけ。待って、ね。」

追うように、リナも言う。


メイドは何年もの間、もう何十回もしただろう、このやり取りを想い出しながら

二人のもとへとナイトガウンを持っていき、そっと羽織らせる。


「お身体からだが冷えるといけませんから。もう少しだけですよ。」

そう言いながら、窓の前に並ぶ二人の背中に両腕を回し、一緒に海を見つめる。


遠くに、オレンジ色の灯りが見え始めた。

少しずつ近付いてくる灯りに、リナとリアの顔がほころぶ。


メイドは優しい表情で、二人に声を掛ける。

「さぁ、明日の朝は早起きですよ。そろそろ、おやすみにならないと。」


二人は、『はぁい。』と満面の笑みで返事をする。

ベットに入る二人を見届け、メイドは部屋の灯りをそっと消し、廊下へと出た。




* * *




深夜。

城へ着いた両親は、入り口で出迎えてくれる執事や、

廊下ですれ違うメイドたちに、いつものように感謝の言葉を伝え

急ぎ足で、リナとリアが眠る寝室へと向かう。


こんな夜遅く、寝顔しか見られないとわかっていても、

一瞬でも早く、娘たちの顔が見たい。

ほんの数分でも長く、娘たちと同じ時間を過ごしたい。

そう願ってしまうのだ。


眠る我が子を、見つめる両親。

スヤスヤと寝息をたてる顔は、とても愛おしく。

そして、幼さの残る表情は、あの日の表情と重なり、

毎回、どうしようもなく胸が苦しくなる。


どうすることも出来なかった、あの絶望の日。


こうやって、また二人を腕に抱きしめることができても

あの日の後悔と、悲しみは、脳裏から消えることはなかった。



二人が【 生贄 】としての役割を果たすのは十五歳の誕生日まで。

あと三年の時が過ぎれば、娘たちと一緒に暮らすことが出来る。

この孤島でも、自分たちが住む島でもない、どこか遠くで。




その日が来ることを、待ち遠しく感じながらも

いまある幸せに、心から感謝し

月に三日間だけの、特別な時間を、大切に過ごすのだった。







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