第15話 ノープラン・トラベリング

 出発して、およそ4時間。電車と新幹線を乗り継いで、ようやく京都に到着した。

 新幹線の中でも4人で楽しく過ごしていたので、もう既に少し疲れてしまっているが、まあ問題はない。楓もゲームをしていて、割と楽しそうに過ごしていたし。

 そして京都の地について、さらに1つ、今度は青葉のミスか。

「プラン考えてませんでした」

 ノープラン、ということ。

「プランは紅葉さんの担当では?」

「企画は僕だから。すみません、完全に忘れてました」

 生活が普段に戻って、安心し過ぎたか。気抜きすぎて、青葉にしては珍しい鈍感さだ。京都に来るまで気づかなかった。

 不甲斐なさが募る。これでは紅葉のこと強く言えない。

「これ青葉君が言い出したんですね。意外です」

「会いたい友人が京都にいて、だからこの旅行を」

 私的な理由で少し悪いとも思ったが、そんなことを気にする人じゃないから、紅葉に提案したのだ。楓も気にすることはないだろう。

 少しうれしそうな表情で、紅葉が詰め寄ってくる。

「まあまあまあまあ、ミスは誰にでもあるし」

「8回言った」

「でも。普通年上がそういうの考えるべきですよね。新幹線の時間も、レンタカーも、紅葉せんせ、紅葉さん担当なんですから」

「うっ・・・・・・・ま、まあプランなんて必要ないよね!」

 自分で言ったことはすべて忘れて、昼ごはん行こー、と元気よく先に歩き出した紅葉。それにテンションも一緒に柚華がついて行っている。

 楓に目を付けられて回避するように、さっさと動いた紅葉、だが。

「楓さん、今回のは流石に僕の落ち度です」

 紅葉には非はない。青葉が気を抜いていたのが原因で、相談しなかったことも、そもそも気づかなかったことも、青葉が悪い。

 だけど、それも分かっているように紅葉。

「ま、私も少しカマかけただけですよ。ああいう紅葉さん、面白いでしょ」

「あ、そうなん、ですね」

 薄く笑いながら、イタズラしたように言う。その表情がなんだか新鮮だ。

 紅葉に関しては怒られ慣れてるせいか、楓に言われたことは全て真に受けてしまうようだ。それを分かっていて、楓もしたのだろうし。

「紅葉さんの言う通り、プランなんて必要ないです。京都に来て行くところなんて大体決まってますから。気にしないでください」

「面目ない、ありがとうございます」

「さ、私たちも行きましょう」

「うおっと、」

 青葉の手を引っ張って、楓も紅葉を追いかけるように走り始める。思わぬアクティブにびっくりする青葉だが、すぐに切り替えて一緒に駆け足で進む。

 そうだ、せっかくの旅行なのだから、悪いことなんて引きずっていられない。貴重な京都での時間を無駄にしないように、時間もテンションも無駄にしないように行くべきだ。




 -------京都・清水寺。

 お昼をお蕎麦のお店で済ませ、少し歩いて着いた京都の名所その1。京都で最も観光客の多いそこは、休日だけあって非常に混みあっている。

 そこに行って、少し時間を経て。

「うん高い!」

「気持ちいい!」

「人多いな」

「懐かしいですね」

 それぞれ別々の感想を述べて、絶景を仰ぐ。

 来たのは清水の舞台。遠くに見える山々に、気持ちいい風が頬を撫でる。これだけ前が開けていると開放感がすごい。

 なるほど、これは飛び降りたくは・・・・・・・ならないな。驚異的な高さだ。打ちどころ悪ければ普通に死なないくらいの高さに感じて、それが逆に怖い。

「にしてもすごいなぁ!私上登ったことなかったかも」

「私は記憶ありますよ。青葉君は?というか、青葉君は割と最近に来てるんですよね」

「ちょうど一年前ですかね。この景色は初めて見ました」

 青葉は中学の修学旅行で去年来ているけど、それでも新鮮な気持ちになっている。それはきっと、紅葉や楓がここにいるからだと思う。

 にしても、やっぱ京都といえば清水の舞台だ。アニメでもちょくちょく見かける場所で、聖地筆頭だ。少しテンションが上がる。

「ふーん。修学旅行のときは、青葉は好きな人とかと回ったの?」

「中学の頃は好きな人いなかったから。まあそれなりに楽しかったことは覚えていますけど、ほとんどホテルの記憶しかないですね」

「へぇー・・・・・・・って、今青葉わぁ!?」

 紅葉が襟をつかまれて思いっきり楓に引っ張られる。紅葉の目立つ声を無視して、何事もなかったかのように会話を続ける楓。

「柚華ちゃんはどうですか?京都初めてですよね」

「素敵です!これが、ワビサビ」

「「わかってないな(ですね)」」

「えっ!?」

 面白いハモり方をして、先に進む。その後ろの会話は、青葉には聞こえなかった。




「どうしたんですか、紅葉さん」

 様子のおかしいような気がして、楓が紅葉に尋ねる。

 テンションが高いのはたまにある紅葉の精神状態だけど、今日はやけに大胆な気がして、少し不安になる。

「今さ、青葉『中学の頃は』って言ったんだよ!?気づいた!?」

「今いるとは言ってないですけどね。小学生の頃かも」

「・・・・・・・確かに」

 漫画家が言葉の範囲を読み取れなくてどうする。

「それより。今日はやけに踏み込むじゃないですか。いつもはチキン発揮するところでしょう」

 青葉に対して好きな人を、あるいは好きだった人を訪ねるなんて、普通の紅葉はできなかったはずだ。

「チキンとは失礼な」

「どうしたんですか」

「・・・・・・・別に。どうもしてないよ。旅行の解放感で少しテンション上がってるだけじゃない?」

「なら、いいですけど」

 そうかもしれない。でも、楓が感じたのは、紅葉がそのテンションの裏で、なにか焦っているような感じを、何となく察知したからで。

 確証はないし、気のせいと言われればそれまでだが。

「ほら、早くいこ」

「・・・・・・・はい」

 その疑念を残したまま、紅葉たちは駆け足で少し前の青葉に追いついた。




 -------京都・二寧坂、産寧坂。

 清水寺に行く際も通ったところだ。さっきは見回らなかった。

「いろいろありますね!」

「京都一番のお土産通りですからね。柚華ちゃん何か気になるのありますか?ここは出しますよ」

「楓さん。えっと・・・・・・・特には?」

 周囲を見回してから、結論が出ないことに気づく柚華。柚華は遠慮してしまう性分だから仕方がない。

 そんな柚華に、楓が提案を模索してくれる。

「そうですねー、無難に八つ橋見に行きましょうか」

「は、はいっ」

「・・・・・・・緊張してます?」

「・・・・・・・少し」

 大分、では。楓には過剰に緊張しているように見える柚華。まだ二人で会話させるのは難しいかも。

「慣れてくださいね。いつまでの緊張されるとへこみますから」

「はい。・・・・・・・い、行きましょう!」

「ええ」

「楓さん。こっち紅葉さんの暴走止めてるんで、柚お願いします」

「え」

 難しいかもしれないけど、これを機に慣れてもらった方がいい。それに、青葉も紅葉と二人きりになりたい。

「分かりました」

「じゃあ少し経ったら連絡します」

「はーい。じゃあ行きましょう」

「は、はい」

 二人が青葉たちの元を離れていく背中を眺めて、あの様子は少し大丈夫じゃなかったかもしれない。結構ガチガチに見えた。

 まあでも、楓はコミュニケーションが上手い。話を繋げるセンスとか、話を振るセンスとか、距離を保ちながら相手の緊張をほぐすリア充のスキルを持っている。だから大丈夫だ、と思う。

 見送ったところで、隣の紅葉に目を向ける。そうすると、少し口を膨らませる紅葉の顔。

「・・・・・・・暴走してないんですけど?」

「してるでしょ。少しテンション高いですし」

「それは、青葉との旅行が楽しみだったからだよっ!」

「はいはい、行きますよー。あと、一人で買い物しないでくださいね」

「ちゃんと真に受けてよぉ!」

 その文句を背に、人通りの多い道に戻っていく。少し遅れて紅葉も追いついてくる。

 紅葉の表情に不満の色がないことを確認して、声をかける。

「何か買いたいのあります?」

「青葉さ、お揃いで何か買わない?」

「・・・・・・・まだ続いてます?」

「からかってるわけじゃなくてさ、単純に、そういう記念があってもいいかなって」

 記念、といえば確かに。コレクションの趣味はないけど。お土産で形に残るものを買ってもいいと思う。

「そうですね。すみません、今日の紅葉さんおかしいから」

「おかしくないから!」

「お揃いの木刀でも買いましょうか」

「真顔で変なこと言わないでよ。ストラップでも、置物でも。いいの選ぼうよ」

「木彫りの熊とかいいなぁ。鮭咥えてるやつ」

「一家に二つはいらないでしょ。青葉の方がよっぽどおかしいよ」

 紅葉に合わせた青葉の方が、確かにおかしい。木彫りの熊は北海道で、京都関係ないし。

 でも、お土産のお店はたくさんあって、どこに入ろうかすら迷ってしまう。ストラップなどの雑貨のお店なんて、どこもかしこも似たようなものだからこそ、大した区別がつかない。

「どこ、入ります?」

 仕方なく紅葉に聞いてみるけど、紅葉の気を引いたものはそういう店ではなく。

「片っ端からー・・・・・・・やっぱ八つ橋食べよ?」

 結局は食べ物だった。

「花より団子、記念より八つ橋ですか」

「青葉は食べたくないの?」

 意地悪な言い方をしてくる紅葉。そのむすっとした表情がなんとも。

「ま、八つ橋も記念だから」

「口が回るんだから。でも、確かに」

「行きますか」

「うん!」

 紅葉の笑顔を見て、本当にそう思う。

 形として残すのもいいけど、青葉は心に残すのも嫌いじゃない。紅葉との時間、紅葉の笑顔はかけがえのないもので、忘れることはないだろうから。

 ただまあ。

 お揃いの記念品は、普通に欲しいと思う青葉だった。




 ※




 楓さんに引っ張られて、八つ橋のお店に入る。少し、鼓動が早くなっているのを自覚して、緊張しているのが自分で分かる。

 普通に、いつも通り話せるか心配だ。

 その心配を持ったまま、楓さんと目が合う。

「色々味がありますね」

「そ、そうですね。美味しそう」

「どれか試食してみます?」

 落ち着いた楓さんの空気は、少し安心する。するのに、やっぱ緊張はする。

「じゃあ・・・・・・・これ、にします」

「桃餡ですか、無難ですね」

「そうですか?」

「じゃあ、はい。あーん」

「へ、あ、あーむ」

 楓さんが試食用の小さな八つ橋を、私の口まで運んでくれる。少し動揺してしまって、ちょっと恥ずかしい。

「美味しいですか」

「は、はい」

 微笑む楓さんの顔が、珍しくて、見惚れる。大人っぽい楓さんだけど、笑うと可愛らしいと感じる。そのせいで声が裏返ってしまった。

 自分と同じ八つ橋を食べている楓さんに、少し躊躇いながらも聞きたいことを聞いてみる。

「あの。楓さん」

「はい?」

「楓さんは、どうして今日来てくれたんですか?」

「嫌でしたか?」

「い、いえ!全然全くそんなこと絶対ないですっ!来てくれて嬉しいです!」

「必死ですね。ありがとうございます、嬉しいです」

「あ、いえ・・・・・・・はい」

 必死に否定しすぎて、恥ずかしい。でも、本心だ。楓さんも一緒で、すごく嬉しい。

 聞きたいのはそうじゃなくて。

「楓さんの予定とか・・・・・・・彼氏さん、とか。三日間もいきなりは、厳しかったんじゃないかなって」

「ああ、そういう・・・・・・・実は、ですね」

 少し言葉が詰まる楓さんの、頬がほんの少しだけ赤く染まる。

「楽しそうだったから、着いてきちゃったんです」

「・・・・・・・え?」

「みんなとの旅行、私も行きたかったんです。機会がないと、旅行なんていけないから」

「そうなん、ですか?」

「きょとんとしないでください、柚華ちゃん。恥ずかしながら。一緒に旅行に行く友達の一人もいないんです」

 言っていることが楓さんらしくなさ過ぎて、少し理解が遅れてしまった。

「彼氏さん、とかは?」

「そんなの作ってる暇ありませんよ」

「そ、そっか」

 可愛くて美人で気遣いができて、最高の彼女だと思うのに、世の男たちは何をしているのだろう。

 作っている暇がないというのが、楓さんらしい言い回しで少し面白い。確か、紅葉さんの編集さんの仕事をしていたはず。

「仕事大変なんですか?」

「あの人のせい、でもありますけど」

「ああ」

「でも。楽しい仕事ですよ。やりたかった仕事です」

「そうなんですね」

 心の底からの言葉だと分かるから、自然と私も笑みがこぼれる。

「柚華ちゃんは、何かやりたいこととか、なりたいことないんですか?」

「将来の夢とかは、何もないです。あ、でも」

「ん?」

「・・・・・・・・その・・・・・・・」

 言おうとして、次の言葉が出ない。やりたいことと聞かれて、真っ先に思い浮かんだこと。言うのが恥ずかしくて、言葉が進まない。

 でも、言いかけた手前引きづらくて、体温が高くなっているのを自覚しながら、もぞもぞと次の言葉を下手に言う。

「・・・・・・・楓さんと、もっと仲良くなりたいです・・・・・・・」

「・・・・・・・!そ、そうですか。面と言われると、照れますね」

「・・・・・・・すみません」

 緊張はする。だけど、仲良くなりたい。普通に生活して、楓さんみたいな大人の人と出会うことなんてないと思う。だから、楓さんとの縁を大事にしたいと思う。

 楓さんは私の憧れで、目標とも言える女性。遠い存在で、だからこそ、近くで見てみたいと思う。

「じゃあ、友達になってください。これ、連絡先です」

「え、いいんですか?」

「もちろん」

 楓さんの連絡先。すごいものが手に入った。

 逃げるものでもないのに、焦ってスマホを落としそうになる。少し震えながらも、無事楓さんの連絡先を登録できた。

「ところで柚華さん。ゲーム、しますか?」

「え・・・・・・・します!」

 楓さんの期待のまなざしを感じて、気づいたらテキトーに返事していた。ゲームはするし、楓さんと一緒に出来るのなら大歓迎だ。

 この先のワクワク感を抑えながら、楓さんとの二寧坂のお土産観光について行った。

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青葉の青春ハードモード 櫻川 可久 @azsgw0410

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