あこちゃん

@88chama

第1話

 あこちゃんは、まだ四つになったばかりの小さな女の子です。ごくごく普通の、どこにでもいる女の子ですから、遠くの空を見て一週間後の天気を予知したり、通りすがりの見ず知らずの人のカバンの中身を当てたり出来る、そんな不思議な力を持っているはずはありません。

 でもたった一度だけ、あこちゃんにも超能力があったのかしら、と思わせるような出来事がありました。それはとても不思議な事で、みんなをひどく驚かせました。そして小さなあこちゃんにとって、あまりにもかわいそうで悲しすぎる事だったので、みんなの心に深く伝わったのでした。


 

 歌を歌ったり折り紙を折ったり、いつも楽しく遊んでくれる優しいお母さんでしたから、あこちゃんはお母さんのどんな所もすべて大好きでしたが、中でも一番好きなのは、一日に何度も「あこちゃんはいい子ねえ」と言って、ぎゅっと強く抱きしめてくれるところでした。


 お母さんはあこちゃんを連れて、よくクローバーのいっぱい咲いている広場へ出かけました。びっしりと生えたクローバーは、まるでふわふわのジュータンのようです。二人で寝ころんで雲の流れて行くのを見ていると、雲がいろんなものに見えてきます。とてもおいしそうなおまんじゅうだったり、それを長い鼻の象さんが食べようと追いかけて行ったり・・・。

クローバーで首飾りを作ったり、葉っぱの中からピョンと飛び出したバッタに驚いて笑ったり、広場は二人にとって最高に楽しい場所でありました。


 

 爽やかな風が広場いっぱいの、緑の葉っぱを揺らしています。その中に、久しぶりにあこちゃんの姿がありました。でも一緒にいるのは、あの優しいお母さんではなく、あこちゃんのおばあちゃんでした。ジュータンはいつも通りふわふわでしたし、毛布のような気持ち良さだって同じです。何も変わってはいないのに、そこにお母さんだけがいないのです。


 お母さんは重い病気で病院にいました。苦しくて辛い毎日でしたが、病気の辛さの何倍もあこちゃんに会えない寂しさに苦しめられていました。時どきおばあちゃんがあこちゃんを連れてお見舞いに行くと、さっきまで息をするのさえ簡単ではなかったのに、ベットの上でおままごとの相手も出来るのです。

 「お砂糖は何倍入れますか」

 こっそり持ってきた本物の砂をカップに入れると、布団の上にこぼれました。おばあちゃんが叱るとお母さんは嬉しそうに眺めながら続けさせます。力をふりしぼって「あこちゃんはいいこねぇ。」と言ってしっかり抱きしめました。



 あこちゃんはおばあちゃんと、お母さんの病気が治る日をずうっと待ちました。寂しくて何度も泣きました。そして一生懸命に我慢をしました。



そんなある日、あこちゃんが外から大急ぎで走って来て言いました。

 「おばあちゃん、今ね、ママが来たよ、ママが来たよ。」

 おばあちゃんには、あこちゃんが何を言っているのかよく分かりませんでした。

 「あこちゃん、ママは病院にいるでしょ。お家に来るわけないでしょう」

 「ううん、来たよ。お家の前に来ていたよ。本当にほんとだもんっ!」

 おばあちゃんは、あこちゃんがあまりにも真剣なので、なんだかいやな予感がしてなりませんでした。でもつとめて落ち着いた声で聞きました。

 「じゃぁ、ママはどんなだったの」

 「ママはね、元気だったよ。にこにこ笑っていたよ。そしてね、ピンクのワンピース着てね、

ほら、ここにクローバーのお花の模様がついた、かわいいお洋服着ていたよ」

 「それからママがね、あこちゃんはいい子ね、いい子ねぇって言って、頭をいっぱい、いーっぱい撫でてくれて、ぎゅーっと抱っこしてくれたの」

  

 おばあちゃんは、あこちゃんの説明が真実に違いないとさえ思えてきました。おばあちゃんの胸はけたたましく鳴る電話のベルと一緒に、ドクンドクンとなりました。悲しい知らせが届いたのは、ちょうどその時でした。



 病室に入ると、たったいま届いたばかりの洋服が窓辺で揺れていました。

「内緒で作ったのよ。元気になったら二人で着てね」と、友達からの手紙が添えられてありました。

窓からのやさしい風がハンガーを揺らすと、あのなつかしい広場を思い出させるかのように、四葉のクローバーが刺繍された、ピンクの洋服が楽しそうに揺れました。


信じられないかも知れないけれど、本当に一度だけ、あこちゃんにそんな不思議な事があったのです。

             おわり



 *** 数十年前に27歳で2人の幼い子を残して亡くなった姉の話です。ほぼ実話です。 

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