6.夜と狂乱のファランドール
木偶人形は素早く動いた。鋭く振り下ろされた鉈が、一瞬前の地面をえぐる。
「アラン……!」
アンナが悲鳴を上げる。僕は少女を突き飛ばし、改めて木偶人形と相対した。
真正面から見れば、動いているのが不思議なほど人形はボロボロだった。握っている鉈も、使い古されて刃こぼれしている。打ち捨てられたモノが、唐突に動き出した。そんな風にも思えるほどに、その姿は哀れなほど破壊されつくしている。
「お前は、何かな? 僕たちに何かうらみがあるのか?」
ゆっくりと問いかけたところで、答えが返るとは思えなかった。しかし、意に反して人形はうつろなまなざしを『アンナ』に向けた。
「アンナ・ベル……コロサネバ」
壊れかけの音源のような声だった。紡がれた言葉に、僕は軽く舌打ちする。何が起こっているのか知らないが、どうやら事象の中心はこの屋敷の人間らしい。
「へえ、狙いはアンナなのか? じゃあ、僕は見逃してくれるのかい」
「……オマエ、ハ。ダレダ」
「僕か? 僕はアラン・S・エドガー。しがない錬金術師にして、名もなき『たびびと』だ」
「……タビ、ビト……アラン……」
ぎ、ぎぎぎ、嫌な音が耳に届く。会話が成り立っているのかは不明だが、今なら隙だらけだ。正面に意識を向けたまま、視線だけでアンナに呼び掛ける。するとアンナはうなずいて、音をたてないように後退していく。
「アラン……? アラン? ダレダ、オマエハ……?」
「誰と言われても、僕は僕だよ。そういう君こそ誰なんだい? 鉈を振りかざしてご挨拶なんて、なかなか粋な人みたいだね?」
アンナは舞台の外まで下がりきった。さて、出来れば全力で逃げ出したいけれど、目の前のこいつは許してくれるかどうか。もし追いかけてきた場合、アンナを守りながら逃げきれる自信はない。
そんな僕の内心など知りもしないだろう。木偶人形は額に手を当てる。まるで人間みたいな様子に、僕の想像は嫌な方向に傾いていく。まさかと思うが、いや、やはりこいつは――!
「ボク? ボクハ、ダレ? ボクノナマエ、ボクハ、ボクハボクハボクハボクハボクハーー!」
ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!
不快な音を立てて、人形の首がこちらを向いた。虚ろな目は赤く輝き、とってつけたような口は大きく開かれていく。口に配置された歯ががちがちとなり、刹那、そいつは勢いよく『飛んだ』。
「アンナ・ベルゥウウウウウウウウウウウゥ!」
「きゃああああああっ!」
跳躍し、僕の上を飛び越えた人形は、逃げ出そうとしていたアンナの前に降り立つ。先ほどまで存在していた理性は残滓すらなく、ぶらぶらと腕を揺らし、鉈を振り上げる。
「アンナァアアアアベルゥウウウウウウ!」
「くそっ!」
走っても間に合わない! 僕は地面に片手をつく。まぶたを閉じ、地面に向かって魔力を『錬成』する――!
「突き上げろ!」
鉈が振り下ろされる瞬間、大地が隆起し木偶人形の腹を突き刺した。鈍い音を響かせ、人形は真っ二つに砕ける。鉈が落ち、続いて胴と脚が地面に叩きつけられた。
「あ、アラン……!」
「大丈夫か」
声がかすれる。咳をした途端、口から赤黒い塊が落ちた。どう見ても血液だ。アンナの顔がさらに青くなるが、まあ、仕方ない。
「大丈夫だよ、僕は。触媒もなしに錬成したから、反動が来ただけ」
「だ、だけど……!」
「気にしない気にしない。死んでないなら必ず治るから。さて、それよりも」
アンナのそばに歩み寄る。真っ二つに砕けた人形は完全に停止していた。アンナが止めるのに構わず、僕は人形を検分していく。
「素材は……あの時見た人形と同じか。ヴェインが魔力を通したのだとしたら……これはあれかな? 失敗作か何かなんだろうか?」
「あ、アラン」
「ふーむ? だとしてもどうしてボロボロなんだ? まるで他にもやりあったような感じ……まさか、人形たちでバトルロワイヤルとか? ははは、まさかなぁ」
「アラン、アラン!」
「しかし、この核になっているものって……何だこれは? 黒い石? これが命の核とやらか? それにしては胸糞悪い気配……一体何が原材料なのか……ああ、考えるのも嫌だな。とりあえず持ってくか……」
「あ、アラン――――っ!」
アンナに頭をたたかれて、やっと周囲の異常に気付けた。
不規則な足音を響かせ、庭の向こうから現れたモノ。それは――。
「おおっ、これは大勢のお越しだな!」
無数のぼろぼろになった木偶人形たちだった。それぞれに壊れかけた凶器を手にしたやつらは、まっすぐにこちらへ向かってくる。
「アラン、どうしよう……!」
「どうしようって、それはさ」
アンナの手を取る。らしくないことをしている自覚はある。やつらの狙いがアンナだというのなら、放置して逃げてしまえばいいのかもしれない。
「逃げるんだよ!」
だが、僕は少女の手を取って走り出していた。当然のことながら人形たちは追ってくる。それでも僕はまっすぐに事態の中心へと駆け出していく。
おそらく、すべての原因は庭の中心にある邸宅にある。何が起こっているのか、なんてのんきにはもう考えない。どうせ引き返せないなら、この手だけは離さない。
「アンナ、最後までついてきてよ」
気遣いなど存在しない言葉にも、アンナはただうなずき返してくれた。
僕たちまっすぐに進んでいく。根源があの場所だとしたら、僕たちに救いなどないのかもしれなかったけれども。
終わりは、目前に迫っている。
この結末が何をもたらすのか、僕はまだ知らずにいた。
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