3.幸福の庭は少女のためだけに

「お嬢様! 今お助けします!」

「ヴェイン、こっちに来ちゃだめ! 今ここには巨大蜘蛛が……!」


 アンナたちは木陰に座り込み、小さな卓を囲んでいた。きらきらと零れ落ちる木漏れ日の中に、数体の人形の姿が浮かび上がる。


「わたしが倒すわ! ヴェイン、魔法で援護お願い! ペンは正面を守って!」

「承知した」


 それぞれに人形を動かし、アンナと男性二人が何かしている……?

 さすがに意味が分からなくて、僕はゆっくりと後ろからのぞき込む。すると、戸惑う気配に気づいたんだろう。ひょろりとした紳士がこちらを振り返った。


「おや、新入り殿ではないですか! あなたもゲームをしに来たのです?」

「違う違う! ヴェイン、これはゲームじゃないわ! アンナたちの『冒険』よ! 悪い死霊術師に囚われた王子様を助け出すため、わたしたちは戦っているんでしょ!」


 アンナは両手に腰を当てて立ち上がる。それではっきり見えたけど、卓の上には人形だけでなく、地図やダイス、様々なアイテムが置かれている。


 なるほど、これは最近よく聞くロールプレイというものか。まじまじと卓の上の人形たちを眺めてしまう。小さいが、どれもよくできた人形たちだ。


 アンナによく似た少女人形に、骸骨紳士と白黒の大きめの鳥、あとはジンジャーマンみたいなやつと、細長いゴーレムのような人形とかもある。


 僕が真剣にじいさんとやりあっている間に、こんな楽しいことをしていたとは。誰が悪いわけではないものの、何となく恨めしく思ってしまう。


「ほら、アランもちょっと引いちゃってるじゃない! ゲームだなんて言ったら詰まんなくなっちゃうじゃないの!」

「おおっ、これは失礼致しました! 謝罪と言っては何ですが、のちほど、吾輩の『メチャウマ☆ミラクルティー』を振舞いましょう!」

「いらないわ! ヴェインのお茶くそまずいんだもの!」

「何たる暴言!」


 楽しそうでいいなぁ。何となく和んでしまうと、もう一人の男性と目が合った。

 背が高くて、ひときわ体格もよく、どう見ても『素人』でなさそうな雰囲気の男性だった。反射的に口ごもる僕に、深い色の目は笑うこともなく促してくる。


「特に用がないなら、お嬢様の『冒険』に付き合うがいい。ちょうど物語も終盤だ」

「あ、はあ。じゃあ、お邪魔させてもらおうかな」

「俺はペテルギウス。向こうの男はヴェインだ。よろしく」


 男性が席を開けてくれたので、僕はありがたく隙間に収まってみる。

 木陰の下ではどんなゲーム……ではなく、冒険が繰り広げられていたのだろう。よくよく眺めてみると、地図の中央には巨大な黒い塔がある。道行を観察するに、どうやらそこがラストダンジョンのようだった。


「アランもいっしょに冒険してくれるの!?」

「ああ、よければ参加させてくれないかな。どんな役でもするけど、何かあるかい?」

「わあ、本当! じゃあ、アランにはこのゴーレムさんと王子様と……ボスの死霊術師もやってもらおうかしら?」


 わぁお、いきなり盛りだくさんだ。アンナはにこにこ笑いながら人形を差し出してくる。それは先ほども見たゴーレムの一体で――それを手の上に載せて、首をかしげた。


「了解。いいよ。ねえアンナ、このゴーレムさんは名前なんていうんだい?」

「名前? あの……実は決めてないの。ゴーレムさんは死霊術師に操られていたのだけど、アンナたちが術を破って助け出したのね。だけど、そのせいで自分の名前を忘れてしまっているの」

「なるほど、そういうせって……ううむ、状況なのか。じゃあ僕がつけても問題ない? 呼び名がないとわかりづらいし」

「いいわよ! どんな名前を付けるの?」


 きらきらと目を輝かせるアンナに、つい苦笑いを浮かべてしまう。僕のネーミングセンスはかなり微妙だと、様々な方面から定評があったりするのだけどね。


「さて、そうだな。うーん、このゴーレムの名前は」


 物語を紡ぐのならば、名前にも意味がなくてはならない。だとしたらこの配役に与えられる名称は、それに沿ったものでなければ面白くないだろう。


 考えて、ふと顔を上げる。光が葉の間からこぼれて雨みたいだ。きれいな午後、穏やかに流れていく時間。どこかに何かを置き忘れてしまったかのように、記憶の奥底がうずく。


「ドゥセル」

 口から零れ落ちた名前は、すとんと胸の内に落ちた。手の中で冷たい感触を伝える木偶人形は、何も語らない。だけどなぜか、僕にはそれが『彼』のものだということが分かった。


「このゴーレムの名前は『ドゥセル』だ」


 僕は繰り返す。言葉にすればするほど、それ以外には考えられなかった。じっと手の中の人形を見つめていると、横からアンナが顔をのぞかせた。


「……どぅせる? 不思議なお名前ね? どういう意味があるの?」

「意味はない」


 アンナの目を見つめ返し、笑う。意味がないとの答えに、少女は困惑を浮かべる。僕はとっておきのいたずらをしたときみたいに、耳元に唇を寄せて『答え』をささやいた。


「造語。その名前自体に意味はない。だけど、意味がないからこそ何者にも成れる」

「うーん? 難しいのね? だけど、わかったわ! この子の名前は、今から『ドゥセル』よ!」


 ゲームマスター兼主人公の宣言により、この物語に新たな名前が刻まれる。



 ――命のない土塊の人形は、悪意ある死霊術師によって生み出された。しかし、アンナ・ベルたちに出会うことによって自分のいびつさを知り、自らを壊してくれるように願う。


 アンナたちは彼の願いを半分だけ聞き届けた。ゴーレムのたましいを縛る術を破り、彼を呪縛から解放したのだ。その代償として、彼は真の名前を失い――だが、それでも『ドゥセル』と自らを定義し、アンナたちと死霊術師に立ち向かっていく。



 これが、アランこと『ドゥセル』が辿る物語の一端だ。

 仲間は銀の乙女『アンナ・ベル』と従者の魔術師『ヴェイン』。そして鳥の戦士『ペン・ギン』に、僕であるところの『ドゥセル』だった。


 僕たちは旅をする。たかが盤面の上の、短い物語の中だとしても。

 外側で起こっていることなんて気にせず、楽しめばよかった。



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