2.人形たちは暗がりで踊る

 応接室に通された僕は、ソファに座ってぼんやりとしていた。

 室内はとても静かだ。思わずうとうとしてしまいそうなくらいに、吹き込む風は優しい。窓の外を眺めれば、美しい花々が咲き誇る庭が見えた。


 本当に眠くなる。あくびをかみ殺しても、退屈さは消えてくれない。そもそもの問題は、老人――ミゲール氏が戻ってこないことが原因なんだけども。


「アラン!」


 呼びかけられて、びくりとしてしまう。声を辿ると、庭の向こうでアンナが手を振っているのが見えた。傍らにはひょろりと背の高い男性が立っている。


「……元気だなぁ」


 大きく腕を振ってみる。向こうにも見えたのかな? アンナはぴょんぴょんと跳ねながら手を振り返してきた。うん、実に元気でよろしい。


「孫は貴殿に懐いているようだ。珍しいこともある」


 しゃがれた低い声が響く。うわ。反射的に声をあげてしまう。気配なんて全くしなかったのに、いつから? 驚く僕に構わず、ミゲールは杖を突きながらソファに歩み寄る。


「お待たせして申し訳ない。準備が整ったのでな。話を始めてもよろしいか」


 一方的すぎないかな? ちらりと思ったけれど、口には出さなかった。

 ミゲールはソファに腰を下ろす。室内のわずかな暗さが、急に重いものに変わった気がしたのはなぜだったのだろう。


「それで、お話というのは?」


 とりあえず先を促してみる。ミゲールは僕の問いかけに、濁った銀色の瞳を動かす。


 改めて観察して思ったけれど、この老人には生気というものが感じられない。なんていったらいいか、生きているのに生きてない……うん、上手く説明できない。


 沈黙が苦しくて、僕は応接テーブルに視線を落とす。そこには白いティーカップが置かれていた。居心地悪さを誤魔化すように、カップを手に取る。


「まずは……そうだな。改めて名乗らせてもらう。私はミゲール・ド・サンドリヨン。錬金術師だ。貴殿の師であるアリサ・S・ビナーとは同門だったこともある」

「それはご丁寧にどうも。僕の自己紹介……は、いりませんよね? 早速ですが、本題に入ってもらっても?」

「性急だな。何か理由でもあるのか」

「いえいえ! 別に深い理由はないんですよ。ただ、こういう性分なんです。気に障ったならすみません」


 平謝り、というにしても軽薄だったかもしれない。けれど、ミゲールは特に気にした風もなく、ゆっくりとうなずいてくれる。意外と寛大なじいさんなんだろうか?


「わかった。ならば、こちらも長い前置きはなしにさせてもらおう。……ここへ」


 ミゲールはしわだらけの手を打ち鳴らす。乾いた音が響き、扉の向こうからきしんだ音が聞こえてくる。なんだろう? 出来の悪いからくり人形が動いているみたいな――。


 がちゃん。ひときわ大きな音が耳に届く。ややあって扉がひとりでにゆっくり開き、奥から大きな人影がぎこちなく進み出てくる。


「これは」


 らしくもなく絶句してしまった。僕の目の前で停止した『それ』は――。


「見ての通り、魔法ゴーレムだ。あまり出来が良くないものでな、見苦しくてすまない」


 僕の傍らで、ゴーレムはのっぺりした顔をミゲールに向けた。


 仕立ての良いスーツを身にまとっているから、遠目からなら人間と間違えるかもしれない。だが、近くで見れば結局は土塊の人形でしかなく。この意味を考え始めたら、こめかみがじんじんと痛くなってきてしまった。


「まさか、アリサ師が作った『命のもと』を使ったんですか!?」

「ふむ、わかるか。さすがアリサの直弟子」

「そういうことじゃなくて……!」


 咎めるような声音になってしまった。だが、ミゲールは眉一つ動かさない。それが無性に腹立たしくて、僕はさらに強く詰め寄る。


「なぜ、あなたが『命のもと』を使えるんですか。あのレシピが門外不出であること、さすがに知らないとは言いませんよね」


 そう、『命のもと』とは――命なき物体にかりそめの命を与える、秘儀中の秘儀。その調合レシピは、アリサ師の編み出した錬金術式の中でも一、二を争う難易度を誇る。


 だけど、僕が問題にしているのはそこじゃない。どうして、この老人がアリサ師の――ばあちゃんの秘術を知っているのか?


 さすがに僕の抱く険しさが伝わってきたのだろう。ミゲールは両手を軽く上げ、薄い唇に笑みを浮かべた。


「そう目くじらを立てないでくれ。これは、アリサからの遺言で託されたものなのだ」

「遺言……? 何言ってるんです? ばあちゃんはまだ生きていますよ」


 嫌な予感が胸にせり上がってくる。故郷を飛び出すときに見た、何とも言えない苦々しい笑顔が思い出される。ばあちゃんが死んだ? そんなわけない……。


「アリサはひと月ほど前に亡くなった。死に際しては、私の従者である魔術師が確認している。もしや、知らなかったのか」

「はは……まあ、そうですね。ばあちゃんの知り合いが、あの人を差し置いて僕に連絡を取ってくる時点で、察するべきでした。そうか、あのひとはもう」


 衝撃が去ったあと、胸に残ったのは薄い喪失感だけだった。悲しいといえば悲しいけれど、想像していたよりも胸は痛まない。薄情だろうか? だけど、不思議と涙のひとつも浮かんでこない。


「お悔やみを申し上げる」

「ありがとうございます。いえ、それよりも」


 僕は改めてゴーレムを見つめなおす。ばあちゃんがミゲールにレシピを託したというなら、僕が協力する理由にもなる。ただ、あの人以上に精密かつ高度な錬金術など、僕は持ち合わせていないのだけども。


「改めて確認させてください。新たに構築したい錬金術式というのは、このゴーレムに関することですか?」

「……ほぼ正解だ。正確に言うならば、『この』ゴーレムを素材に、新たな命の錬成を行いたいのだ」


 新たな命の錬成。それは『命のもと』をベースにした発展形ということなのか?

 僕はゴーレムの腕をそっとつかむ。まぶたを閉ざし、『分析』世界を構築していく。


 ゴーレムの材質は、想像通り粘土だった。それ故に脆いが、魔力を通すことによって強度を増している。青く走る魔法の命脈を辿りながら、僕は質問を投げかける。


「このゴーレム、普通の人形ではありませんよね。ただの観賞用ならば、ここまで強度を上げる必要はないはずだ」

「そうだ。『これ』には器としての役割を担ってもらうつもりだ。新たな命とたましいを注ぐための入れ物として」

「ホムンクルスでも作るおつもりですか? 聞いていると、新たな命を創造しようとされているようにも感じられる」

「違う。違うな。ホムンクルスは『命の創造』。私が成したいのは、『命の再生と循環』だ」


 目を開く。ゴーレムは相変わらず何の表情も浮かべず佇んだままだ。けれど、ミゲールの声はさらなる熱を帯び始める。


「貴殿にはわかるかね? その意味するところが」

「むろん、わかりますよ。荒唐無稽だとは思いますけど」

「ほう、それはどうして?」

「なぜなら、命はすべからく終わるように定められているからです。だから」


 仕方なく正面を向く。僕としたらどうでもいいことだけど、この老人にとっては重要な話なんだろう。だとしても、同情はできないけれど。


「……『永遠の命』なんて、求めるだけ無駄なんですよ」


 僕の言葉はどう響いただろう。ミゲールは落胆したように肩をすくめる。


 ミゲールが成そうとしていることが、なんとなく見えてきた。ゴーレムを器にして、そこに魂を移し替える。そうして出来上がるのは、死ぬことのない不滅の命を持つ、ばけものだ。


 永遠の命への憧れは、何も錬金術師だけが持つわけではない。魔導を志す者ならある程度は持ち合わせている願望だろう。真理を追い求めるには、一生はあまりにも短すぎる。


「手を貸してはもらえないのかな?」

「アリサ師ならわかりませんけど、僕は特に興味のない題材ですから。申し訳ないですが、この件は辞退させてください」

「ふむ、残念だ」


 ミゲールはゆっくりと立ち上がる。杖を手に、窓辺へと歩み寄っていく。開かれた窓の外からは、少女たちの楽しげな声が聞こえてくる。


 この老人は、あの輪の中には入らないのかな? ふと疑問を感じた瞬間、ミゲールの瞳が僕を真正面からとらえた。


「私は、もっと長く生きねばならぬ。あの子のためにも……私は生きねばならぬのだ」

「それは」

「すまんな。だが、もう少し考えてみてはくれぬか。あと少しなのだ。あと少し……『命の核』さえ、完成すれば」


 狂気というには切実すぎる視線だった。僕は目をそらす。切実であろうと狂気は狂気……そう割り切る僕はやはり、薄情なんだろう。


「考えてはみます。ただ、期待はしないでください」

「構わぬ。ありがとう。……孫も喜ぶだろう」


 頬を緩める様子は、孫を可愛がる祖父そのもので。何となく後味の悪いまま、僕はその場を後に――。


「きゃーー――――!?」


 できなかった。悲鳴は窓の外から響いてくる。僕は窓際に駆け寄り、周囲を見渡した。


「何事!?」

「だ、だれか、お助けを~! お嬢様がぁああっ」


 庭に響く情けない男の声音が、切迫感を伝えてくる。お嬢様、アンナに危機が迫っている!


「アンナ!」


 窓枠を乗り越え、庭へと降り立つ。すぐに問題の場所は見つかった。

 けれど、アンナを取り巻いていた状況はあまりにも――。


「……えぇっ」

 

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