第3話 カインとアベル
失楽園の後、アダムとイブはまずカインを、それから弟アベルと産んだ。カインは土を耕し、アベルは羊飼いとなった
カインとアベルはそれぞれ筋骨隆々な青年となり、神へ贄ををささげるためにそれぞれのものを持ち寄った。カインは土を耕して手に入れた野菜を、アベルは牝羊から最初に生まれた丸々と太った子羊を贄に持ってきた。
各々が神へとささげものの祭壇を作るために、カインは地面へ直火で組んだ炉、燃料として藁と生木、塩を用意した。しかしアベルは牽引式のバーベキューコンロ一式、高品質の備長炭、お抱えシェフに作らせた特製のタレを用意した。次々出てくる最新かつ高性能な道具の数々を見て、カインは瞠目した。
準備が整うと、カインとアベルは祭壇に祈り、神の来訪を希った。果たして神は降臨し、宴が始まった。
アベルお抱えのシェフは目の前で丸々と太った子羊の解体ショーを行い、部位ごとに切り分けた肉を使って最上の料理を作った。澄んでいながらも濃厚な子羊のスープ、とれたばかりの羊乳と甘いナツメヤシのシャーベット、子羊を一頭つぶして作った贅沢で風味豊かなチーズなどが素晴らしく盛り付けられて出てきたとき、カインは目を疑った。
お抱えシェフは神のために、甲斐甲斐しく火の調子を見ながら肉を焼き、カインが持ち寄った野菜も添え物としていくらかを焼いた。しかし神は野菜や塩へ目もくれず、アベルの肉と特製タレを食べるのみだった。
バーベキューにつきものである煙が、少々煩わしいと神が呟けば、電気タイプの無煙コンロで調理をして喜ばせ、やはり煙の香りが恋しいと神が呟けば、スモーキーなウイスキーをふりかけ冷燻までしてみせた。見た目、味、香り、そしてエンタメと楽しませ、神は非常に満足なされた。
「アベル、あなたはわたしのさいわいである。このようにわたしを楽しませ、慰めた」
神はこのようにアベルを褒め、カインへは一瞥をくれることなく天上へと帰っていった。
「なぜ兄弟でここまで所得格差があるのか。なぜ神はここまで扱いに差をつけるのか」
カインは激しく怒って顔を伏せ、アベルへと尋ねた。
「天は自らを扶くる者を扶く。神は努力しない者を祝福しない。おまえが努力しなかったから低所得のままだったんだろう」
それを聞くやいなや、いきりたったカインはアベルへと掴みかかり、同時に試合開始のゴングがなり、鍛え上げられたこぶしをアベルへとぶつけた。
アベルも巌のような肉体を持つため、痛痒を感じるのみだったが、それでも謂れのない攻撃を受けて反撃を開始したのであった。この戦いは三日三晩をかけて続けられ、その間に神は食休みで寝ていたので何が起きているのか知ることはなかった。
ジャブ、フック、エルボー。骨法流の浴びせ蹴り。倒れた相手にはストンピングで足を痛めつけ、リングコーナーからのフライングボディプレス。熾烈な戦いはより過激さを増し、パイプ椅子や蛍光灯、毒霧を使った反則攻撃へと移り変わることもあった。
最後はカインのパイルドライバーにより終止符が打たれ、会場は大盛り上がりとなった。しかしアベルはこの試合により大けがをし、治療の甲斐なく死んでしまったのだった。
神はその後食休みから起きだし、カインへと尋ねた。
「おまえの弟アベルはどこにいるのだ」
「わかりません。どこかの病院じゃないでしょうか」
「病院から電話がかかってきたのだ。アベルは死んでしまった。なんということをしてしまったのか。おまえは今、のろわれた。おまえの弟の血を吸ったリングよりも、のろわれし者となった。これからお前は土を耕しても今までのように多くの実りを得ることはできないだろう」
それを聞いたカインは腫れあがった顔を蒼白にしつつ、こう言う。
「わたしの罪により、ここを追放され、流刑となってしまえばわたしを誰もが指をさすことになるでしょう。これでは生きていけません」
弟を殺したとはいえカインをかわいそうに思ったのか、神は懐からプロレスマスクを取り出し、これを素顔を隠すカインのしるしとした。
神の去り際にカインは悔しそうに尋ねた。
「神よ、なぜあなたは肉を選ばれたのですか」
「タンパク質といえば肉である。豆にもタンパク質が含まれるが、肉と比べればその含有量はすくない。これがわたしのことばである」
こうした一連の騒動がバーベキューの起源であり、人類最初の殺人である。またカインは後の覆面レスラーの祖ともなった。
以来、神へのささげものはすべて肉となったのであった。
新約パワー聖書 アロハニンジン @arohaninzin
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