第2話 失楽園
神が作った生き物のなかで、最も筋肉質な生き物は蛇であった。その無駄のない流線形の肉体、ほぼ全てが筋肉でできているということから蛇は神のお気に入りであった。
「お前は神から、エデンの園の中心にある木から実をとって食べてはいけないと言われたのか」
最初の人間アダムの妻であるイブは、エデンの園にて汗を流しながら体を鍛えている際に蛇に尋ねられた。
「はい、オロポもアクリも、プロテインも飲んでいいと言われましたのに、その中心にある木の実だけは食べると死んでしまうと、そうおっしゃられたのです」
「プロテイン有り難がって飲んでるとか味覚おかしいのかよ」
「あら古い時代の人なのですね。プロテインは今の時代すごく美味しいのですよ。イチゴ味なんか特に美味しくて」
イブにやり込められた蛇は腹立ちまぎれにこう言った。
「エデンの園の中心にある木から実を食べても死ぬことはない。その実は神のごとき肉体を得ることができる木の実だ。神はお前たちがそうなることを嫌がって食べさせたくないだけだ」
イブがその木を見れば、確かにこちらを誘惑するような見た目の木の実がある。バナナや近年栄養豊富で有名なアボカドなど足元にも及ばないような、非常に高たんぱく質、低カロリーそうな果実である。それがなんなのかは具体的にはわからないが、なんとなく筋肉によさそうなのである!
イブは木から実を取り、無線イヤホンで「主よ人の望みの喜びよ」を聞きながらルームランナーを走っていたアダムに声をかけ、休憩を兼ねて共に食べた。すると自らがまとっているものが鋼の肉体のみであることに気が付き、一瞬恥ずかしいかと思ったがこの肉体に別に恥ずべきところは存在しないと考え直した。
その日のうちに、神がエデンの園を軽くジョギングする足音が聞こえた。アダムとイブは研ぎ澄まされた肉体を自慢するため、神の前へとそれぞれ背筋を魅せるポージングを行った。
「なぜそのように前を隠すのか。ダブルバイセップス・フロントをすべきである」
ダブルバイセップス・フロントとは仁王立ちで両腕を誇示するポーズであり、王道である。
するとアダムとイブはサイドチェストを繰り出し、神へとその美しい肉体を誇示した。
「やはり前を隠しているではないか。誰かがお前たちが裸であることを教えたのか。エデンの園の中心の木の実を食べたのか」
アダムは流石に叱られていることを理解し、いらえを返した。
「イブが栄養補給によいとくれた木の実を食べました」
それを受けたイブは自信満々にした。
「蛇が食べろと言ったのでそうしてしまいました」
神は嘆息して、こう告げた。
「お前たちは罰としてその肉体を鍛え続けなければ衰えるようにする。最後には鍛えても筋力がつかず、土へと戻るようになる」
さらにイブに向けて言う。
「お前は産みの苦しみを大きく…その肉体で苦しみ大きくなる?ちょっとわかんないけどそういうことで」
続けてアダムに向けて言う。
「お前は一生プロテインを得ようと苦しむだろう。土はお前を呪い、裸足でジョギング中に小石を踏んでしばらく悶絶したり、草を踏んで血が出るようになるだろう。タンスの角に小指をぶつけて骨折したり、弁慶の泣き所をぶつけてのろいの言葉をつぶやくようになるだろう」
その後、神から追われてアダムとイブは設備の整ったスポーツジムである楽園、エデンの園から去ることになった。人は筋トレのかわりに土を耕すようになり、労働の責め苦を知った。これを失楽園という。
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