第二話 マーメイドの呪い 21
翌日
今まで取り憑かれたかのように絵を描き続けていたルイスだが昨晩から一度も筆を持っていない。それどころか人魚に固執する言動もなくなり、アーネットが別の場所に引っ越そうと誘うと嬉しそうにうなずいていた。
昨晩の話で自らに罪がないと分かって安心したのだろうが、一晩でここまで変わった理由にキマイラは心当たりがあった。
乗っていた船の仲間が消え、村八分にされルイスが立ち直るのは長期間かけても難しい。そんな状況を苦にしていたのだから、いくら無罪だと分かったところで簡単に心の傷は癒えることはないだろう。だからすぐに立ち直れたのはアーネットが手を貸したのだと容易に想像ができた。
今回、我々がルイスを助けることができたのか?そう考えると答えはNOだろう。
だが今目の前にいるルイスを見ると、経緯はどうであれルイスにとってはハッピーエンドになったようで良かったと思う。
どうであれ、ルイスは前に進むのだ。
ルイスが別の場所に移住するのであれば、この先誰も住む予定もないこの小屋はマーマンの家になりそうだ。
この小屋なら存在を知っているだろう人間も疲弊した村で暮らすごくわずかとジェフくらいだろうし、山奥だから誰かに見つかることもまず考えにくいだろう。
それに元々住んでいた巣に戻ることが出来ない今、どちらにしても新しい住処は必要だ。
この小屋には何度も来ているようだから気に入ってはいるみたいだ。
マーマンは確かに自分の番を殺めた村を恨んでいるが長年大切にしていた村なのだ。元いた巣からも大切にしていた村からもさほど離れていないこの小屋に住む可能性は高いそうだ。
***
「ねぇ、エドワードさん。」
別れ際、アーネットはエドワードを呼び止めた。そして小声でこう聞くのだ。
「マーメイドは存在したでしょう?」
その瞬間、満足そうに微笑むアーネットとは裏腹にエドワードは苦虫を嚙み潰したような表情になった。
「きっと遺伝子実験のせいですね。」
だなんて負け惜しみをエドワードがいうものだから笑いで途切れ途切れになりながら、「そういうことにしといてあげるわ」というアーネットは流した。
2人がそんな会話をしている中、メアリーは一人本当に良かったのかと少し不安になっていた。
たしかに本来アーネットが求めていた依頼内容は達成できたようだ。
だが、村とマーマンとの和解、そして人魚の遺体を引き上げない限り村への被害は続くことを考えるとまだやるべきことは沢山ある。
それは自業自得なのだ。手を出すべきではないことだと思う反面、なんとかしたいとも思ってしまう。
アーネットとルイスと別れ、二人が見えなくなってからその不安をメアリーは口にした。
「まだやれることあるんじゃないかな?なにも解決していないわけでしょ」
「まだなにも解決していないし、俺も気になっていたところだ。」
エドワードも賛成してくれた。当然キマイラも賛成してくれるだろう。
ならっとメアリーが行き先を変え村へ向かおうとしたその矢先、キマイラはメアリーの腕を掴んだ。
「私たちの依頼は終了だ。この先は私たちの仕事じゃないだろ。それよりも今はしかるべき場所に今回のことを伝えることの方が重要だ。あとのことは人に任せよう。」
キマイラの表情をみると口にしているわけではないが村へ戻ることは許さないということが伝わる。メアリーがそれでも反論をしようと口を開きかけると「報告は任せてくれるか?」と念押しでもう一度笑顔でいうキマイラにメアリーは口を閉ざしうなずいた。
本当に良かったのか?
その答えは未だでない。
調査をつづけ助けるべきだったかも知れないし、キマイラが任せた先を見届けるべきだったかもしれない。
だが、この先はキマイラが引いた一線のように感じる。
キマイラの「報告は任せてくれるか?」という言葉は優しい。
だがメアリーにはこれ以上踏み込むなという風にも聞こえた。
納得出来ない気持ちは残るものの、内心ほっとした。
知ったからには村やマーマンを助けなければと思ったし、助けるべきだとも思った。だが
助けられる自信はなかったのだ。
遺体をどうやって?
マーマンの探している人物をどうやって?
その解決にはきっと想像以上に長い時間を要するだろう。
そして同時に長い時間居続ければこの地の人々に覚えられることとなる。
最近忘れがちにはなっているがメアリーは身を隠さなければならない存在であり、決して目立ってはいけないのだ。だから今までエキドナに仕事を頼み出張時以外自分は事務に徹していた。
保身と言われればそれまでだが、もし今回の件で誰かの手を借りれるのであれば甘えたい気持ちは少なからず胸の内にあった。
結局、何も出来なかった自分を情けなく思いながらメアリーは帰路についた。
***
遺体はすぐに埋葬するから村にはこれ以上の被害は出ないだろう
そうメアリーを安心させながらキマイラは深くため息をついた。
これ以上被害は出ないが、今出ている被害に関しては時に任せることとなるのだ。
海が癒え、村が癒え、自然と人が戻ってくる
いつか人々はそのことを忘れるだろう
もしかしたら再び繰り返されるかもしれない。
だからこそ手を貸すことはないのだとキマイラは理解はしているが、そこのとを今も思い悩むメアリーに伝えられなかった。
各々の思いを乗せた帰りの機内
機内食でだされた魚料理が食べれなくなったのはメアリーだけではなかった。
エドワードは見るのも嫌だと断っていたし、横を見るとキマイラが「さすがにな」といいながら苦笑している。
この先も魚料理を見るとモヤモヤと残る後味の悪い結末を思い出してしまいそうだ。
そういえば疑問がもう一つ残っていた。
「キマイラはアーネットさんが何者か知ってたの?」
「当然知ってたさ。」
「マーメイドじゃないよね?」
「名前で分からなかったか?」
そう言われて依頼時にきいた名前を思い返す。
アーネット・オクタヴィア
それが彼女の名前だった。
名前を思い出して気づかなかった自分にメアリーは口に手を当てて笑った。
「安直すぎるよな。」
「ある意味で人魚の恋だったわけね。」
クラーケンが魚としてカウントされるのならばなとキマイラは言いかけたがやめた。
それがクラーケンであれ魚であれ、どちらにしてもどれほど奇跡的な恋なのか分かっているのだ。
そんな奇跡的な恋を応援しても冷やかすことはしたくはなかった。
希望に満ちた明るい未来を各々歩けるといい
そう切に願う
探偵社バラウル2 生への代償 万珠沙華 @manjyusyage_
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