見習い錬金術士ミミリと朧月夜の錬成スイーツ
うさみち
見習い錬金術士ミミリと朧月夜の錬成スイーツ
ーーカリッ!カリカリッ!
夜は更け、同じ家に住む家族が寝静まった頃。
木製の玄関の扉を、外から引っ掻く音がする。
これは、事前に打ち合わせして決めておいた、来訪の合図。
「ーー来た!」
少女は、自室のベットからそっと出て、家族を起こさないように、そろりそろりと家の中を歩いて玄関へ向かう。
そして扉の取手に手をかけて、音が鳴らないよう慎重に開け、来訪者と密かに落ち合った。
朧月夜、来訪者はそこにいた。
来訪者は、全身に纏ったはちみつ色のふわふわな毛を夜風になびかせる。
薄い雲に透けた柔らかな月光の薄明かりが、その者の赤い瞳を映えさせた。
少女に向かって愛おしげに目を細め、クゥンと鳴いた巨体の持ち主、その来訪者に向かって、少女は呼びかける。
「ポチ! 来てくれてありがとう。行こっ?」
ポチと呼ばれた超大型犬は、少女が着ている猫耳のフードを優しく噛んで、勢いよく首を振り、少女を自身の背に乗せた。
「わぁっ! 乗せてくれるの? ありがとう。じゃあ、しゅっぱーつ‼︎」
ポチは家の柵を飛び越えて、そこから続く緩やかな傾斜を軽快に駆けていく。
愛しい少女を、その背に乗せて。
「ふふっ! はやーい!」
ポチの背の上で暖かな夜風を切りながら、少女はある「目的地」へと向かって行く。
ーー白色の猫耳としっぽ付きのセットアップワンピースを身に纏い、フードからは二つに結ったピンク色の髪を覗かせる13歳の少女。
少女の名前は、ミミリ。
見習い錬金術士のミミリは、お目当ての錬成素材アイテムに胸を躍らせ、晴れた空色の瞳を輝かせている。
みんなに内緒の外出は、ちょっぴりいけない気分。ミミリはこのドキドキを抱えてどこまでもどこまでも駆けていきたいところだが、このお出かけには、タイムリミットがあるようで。
「みんなが起きる前に帰らなくちゃ! 急ごう! ポチ!」
「グルルゥ」
ミミリとポチは草花茂る傾斜道を眼下に、朧月夜の月光に照らされる川へ向かって、静寂の夜に消えて行った。
ーーその頃、ミミリの家では。
ミミリの家族である、機械人形(オートマタ)のアルヒとうさぎのぬいぐるみのうさみが、ダイニングテーブルを挟んで椅子に腰掛けていた。
この2人、実は手練れの剣士と凄腕魔法使いで。ミミリはこっそり出て行ったはずだったが、この2人が気づかないはずはなく。ミミリが起きた気配で目を覚ましていた。
しかしミミリの意志を尊重し、引き留めたい心を抑えて見送ったのだ。
「まったく、こんな夜更けにどこいくのかしら! モンスターにエンカウントしたらどうするのよ⁉︎」
うさみは、怒りながら短い灰色の足を組み、感情に任せてコーヒーを一気飲みする。
「えぇ、本当に。この界隈の主であるポチが一緒なので、よほどのことがない限り大丈夫でしょうが、万一に備えて探索魔法をお願いしますね」
見目麗しいアルヒは冷静なようで落ち着かず、目の前のホットミンティーを飲むこともできない。
「今夜は徹夜ね」
「えぇ、そうですね」
保護者2人は顔を見合わせた後、ミミリを想って窓の外の朧月を眺めるのだった。
ーー今夜起こった事件に気づかずに。
もう1人の住人は、すぅすぅと気持ちよさそうに眠っていた。
「ーーあった! ポチ、あれ見て!」
ミミリが指し示したその先に、それはあった。
朧月夜の川辺に咲いた一輪の花。
淡く紫がかった青色に咲く儚げなその花は、ミミリに哀色を想わせた。
この花、「月幸一夜(げっこういちや)」が花開くのは朧月夜の一夜だけ。
一夜を終えたこの花は、日が明ける前に萎んで跡形もなく地に還る。
「よかったぁ」
ミミリは、無事に月幸一夜(げっこういちや)を見つけることができてホッとする。
ランタン片手にミミリは花へ近づいて、その花弁についた雫を確認した。
「わぁ、綺麗。本当に、花びらに雫が溜まるんだ」
月幸一夜(げっこういちや)に溜まった雫を材料に作ったスイーツは、食べた者を幸運にするという言い伝えがある。
「採集完了、っと」
ミミリは、
・月幸一夜(げっこういちや)の幸運の雫
を手に入れた。
ミミリは、採集に付き合ってくれたポチを見上げ、優しく微笑んで語りかける。
「ポチ、今日はありがとう。帰ろっか」
ーーしかし、ポチの視線はミミリには向かず、心もここにはない。
「グルルルルルルルル‼︎」
ポチは川向こう、モンスターが跋扈(ばっこ)する森の異変を感じ取っていた。
「エッ⁉︎ 何かいるの?」
錬金術士のミミリは、肩から提げた小さな【マジックバッグ】の中から、ミミリの身長の半分程度の長さの木のロッドを急いで取り出した。
左手を精一杯伸ばしてランタンを森のほうへと翳(かざ)してみても、ぼんやりと左手の周りが暖色で照らされるだけで、川向こうを詳細には確認することができない。かろうじて今見えるのは、月光の薄明かりに照らされて、川向こうの森の木々が風でザワザワと揺らぐ、その姿のみ。
ーーウミャア!
途端、仔猫のような鳴き声が森のほうから聞こえてきた。
あまりに小さな鳴き声は、ミミリの近くの川のせせらぎに邪魔されて中々聴き取ることができないが、確かに川向こうから、仔猫の鳴き声は聞こえる。
ーーガサガサ‼︎
月夜の薄明かりでも、モンスターらしきものが森から飛び出して来たことが目視できた。
何やら、口には何かをぶら下げているよう。
「ウ……ミャア……」
息も絶え絶えな、仔猫の声。
「ーーまさか⁉︎」
ミミリが気がついたその時には、ポチはすでに、川向こうへと駆け出していた。
「グワアァァァオオオォォン‼︎」
という、けたたましい叫び声とともに。
ポチが橋を渡りきる前に、ポチの叫び声におののいて、モンスターは咥えていた仔猫と思われるものへの牙を収め、それをボテッとその場へ置き去りに、森の奥へと帰って行った。
「はあっ、はあっ、やっと、追いついた……」
ミミリも漸(ようや)く橋を渡りきり、波打つ鼓動と荒い自分の息遣いを聞きながら、ポチの足元へ横たわるそれに、ランタンの光を翳した。
「ーーうっ! これは‼︎」
ぐったりと横たわる灰色の仔猫。首元には、ズブリと深い噛み跡がある。子猫は流す血すら失ってしまったのか、どうやら流血は見られない。
仔猫は、力なく「ウミャア」とひと鳴きした。
「どっ、どうしよう‼︎ こんな時、うさみだったら回復魔法をかけられるのに……一刻を争うし、うさみのところへ連れて帰るには遠すぎる」
ポチは仔猫をペロペロと舐めるが、仔猫は自分よりも大きなポチの舌でずりずりと引きずられてしまい逆効果のよう。
ミミリは、目の前で命の灯火が消えかかっていくのを手に取るように感じてしまう。
「迷ってる場合じゃない!私にできること、やってみよう‼︎」
ミミリは仔猫を優しく抱き上げ、ヒューヒューと息をするその小さな口へ、【マジックバッグ】から取り出した錬成アイテム、【ひだまりの薬湯】をそっと流し入れた。
【ひだまりの薬湯 体力・MP回復(小) 特殊効果:飲むと身体がぽかぽかして、体力・MP(魔力)を回復する】
「……ケホッケホッ! ウミャ……」
「猫さん、頑張って!」
仔猫は最初は薬湯を吐き出してしまったが、ミミリが根気よく何度も続けるうちに、少しずつ飲み込めるようになっていった。
……シュウゥゥ‼︎
そうして何度も続けるうちに、仔猫が薬湯を一杯飲み干す頃には、深かった噛み跡が音を上げて塞がっていった。
「よ、よかったあぁ‼︎」
ミミリは思わず、キュッと仔猫を抱きしめた。
「イタイ、イタイニャア」
「ーー⁉︎」
ミミリもポチも、顔を見合わせる。
空耳なのでなければ、確かに仔猫は「イタイ」と言った。
「ソンナニ、ギュッ、シタラ、イタイニャ」
「ーーエェ⁉︎」
ミミリもポチも、唐突に喋り出した仔猫に驚いた。
仔猫は先程までグッタリしていたのが嘘のように、ミミリの腕からピョンッと跳び降り、四つ足でピンと立った。
ーー灰色の毛に長いしっぽ。愛らしい仔猫の顔に印象的な、赤色の瞳。首には、月幸一夜(げっこういちや)を想わせる淡く紫がかった青色のベルトに、朧月を想わせるまぁるい金の飾りがついた、首輪をつけて。
「タスケテクレテ、アリガトウ。ボク、ヤサシイ、カゾク、サガシテタ」
「パパとママ、どこかに行っちゃったの?」
ミミリは先程は驚いたが、普段から機械人形(オートマタ)のアルヒとうさぎのぬいぐるみのうさみと生活しているため、状況をすんなり受け入れた。
ミミリの質問に、仔猫はプルッと首を振る。
「チガウノ、アノ、オツキサマ、ノ、トコロカラ、アタラシイカゾク、サガシテタ」
「えっ?あの、朧月から?」
ミミリは、仔猫が指し示したその先、夜空に浮ぶ朧月を見た。
「ソウナノ。ヤサシソウナコ、ミツケテ、モリニ、オリテキタラ、タベラレタ。イタカッタニャ」
「優しそうな子?」
「ソウ、キミノコト。ヤッパリ、ヤサシカッタ、タスケテクレタ」
ミミリはよくわからなかったが、たどたどしく喋る愛らしい仔猫に胸を打たれて、そっと優しく抱き上げた。
「ふふ、よくわからないけど、貴方みたいに可愛い家族なら、大歓迎だよ」
ミミリは普段うさみにするように、腕の中の愛らしい仔猫に頬擦りした。
途端、灰色の仔猫は眩い光を放ち始める。
瞳を閉じてしまいたくなるような、鮮烈に輝く金の光。
「まぶしっ……」
ミミリは思わず、目を閉じた。
「アリガト、ボクノ、カゾク。マタ、アオウネ」
そう言い残して、灰色の仔猫はミミリの腕の中で光とともに消え去った。
「わあっ‼︎」
ミミリは抱いていた仔猫が急に消え去った反動で、思わず前傾姿勢になってしまった。
ポチは慌てて、ミミリの猫耳フードを優しく噛んでミミリの身体を支えてやった。
「あれ……?」
気づけばミミリの腕の中には、首輪だけが残っている。
「……オイテイクネ、マタ、アオウネ」
仔猫の声が、空に浮かぶ朧月から聴こえた気がした。
夢のような朧月夜の一夜の出来事。
ーーその幕引きとともに、夜が明けた。
ミミリとポチは、山陵から顔を出し始めた暁光(ぎょうこう)でハッと我に返り、顔を見合わせた。
「あぁぁぁぁぁ〜‼︎ 朝になっちゃった! 帰ろうポチ、怒られるうぅぅ‼︎」
「キュウゥゥン‼︎」
ミミリとポチは、慌てふためき家路を急いだ。
ーーそして今、場面は家の錬金釜の前。
家に帰ったミミリは、主にうさみにこんこんと怒られ、しょんぼりしながら木のロッドで釜の中をぐるぐるとかき混ぜて、アイテムを錬成していた。
ポチもまた、うさみにこっぴどく怒られたため、庭先でアルヒに慰められているところ。
そしてもう1人の住人、人間の少年、ゼラはというと。
たまたま早起きしてきたところ、夜中からミミリが帰って来ていないことを知って、心配のあまり飛び出して行ったらしい。
ゼラが飛び出して行ってそんなに時間を空けずミミリたちが戻って来たので、入れ違いになってしまったのだ。
ゼラは、モンスターが徘徊する森へは行かず、比較的安全な川の内側までを範囲に捜索すると約束して出て行ったので、うさみはミミリをこんこんと叱った後、探索魔法を頼りにゼラを迎えに行っている。
「うぅぅ。ゼラくんにも怒られちゃうのかなぁ。」
錬金釜で錬成中のミミリの背中は、しょんぼりしょんぼり小さくなっていく。
ーーガチャ!
「ただいま〜! ミミリ、帰って来たんだってな」
うさみとともに帰宅したゼラ。
金の短髪に赤の瞳。端正な顔立ちをした少し年上の少年。
「ごめんなさい……」
ミミリはまた怒られる前にと、ゼラのお説教に先立ち謝った。
ミミリの予想に反して、優しいゼラの手がミミリの頭をワシャワシャッと撫でる。
「すでにさんざんうさみから怒られただろ? もう充分わかってるだろうから、俺は怒らないよ。無事でよかった。おかえり、ミミリ」
ミミリはゼラの優しさに、思わず瞳を潤ませた。
「ゼ、ゼラくん……」
「あっ! ちょっと、うちの子泣かさないでよね⁉︎」
「エェ⁉︎ 俺なんで怒られてんの?」
うさみの鋭い視線に思わず目を逸らして自分の足元を見たゼラは、その過程で視界に入った、自分が左手に持っていたある存在を思い出す。
「あ、そうだ。ミミリにお土産」
ゼラはミミリの瞳に似た、晴れた空色を咲かせた愛らしい小花を、そっとミミリの耳元の髪に飾った。
「嬉しい。ありがとう。ゼラくん」
ミミリは耳元の小花を触りながら、照れまじりに少し俯いてお礼を言う。
晴れた空色の愛らしい小花は、ミミリの透き通った白い肌をほんのり桜色に染めさせた。
ゼラはミミリが喜ぶ様子を見て嬉しそうに微笑んだ。
「だいたいさ、ミミリが訳もなく内緒で外出するなんておかしいだろ? そういうときは、大抵誰かのためなんだ。お疲れ様、ミミリ」
ミミリは優しく微笑むゼラに、込み上げる感謝を抑えることができなくなって。
「ゼラく〜ん!」
と思わず抱きついた。
「あっ! コラ! ミミリから離れなさいっ! この、スケコマシ!」
「だから、これは不可抗力なんだって〜。……嬉しいけど。……っていうかドサクサに紛れてスケコマシって呼ぶなよな⁉︎」
……プスプス。
和やかな団欒のひとときが繰り広げられる背後で、何やら錬金釜から黒煙が。
そして何だか、焦げ臭い匂いもする。
「あれ? なんか臭わないか?」
「ねえ? あの釜の状態、大丈夫なの?」
2人の声掛けに、ミミリは漸(ようや)く思い出す。
「あぁぁぁ〜‼︎ 錬成中だったの、忘れてたぁぁ〜‼︎」
「ミミリ〜‼︎」
「ごめんなさ〜い‼︎」
ミミリはまたまたうさみに叱られた後、今度は元気にアイテムを錬成した。
暖かい家族に、見守られながら。
ーー数々の事件を経たものの、無事に錬成を終えたミミリは、愛しい家族へスイーツを贈ることができそうだ。
ミミリは一つ一つ、心を込めてラッピングをする。
ミミリがみんなを想って作った錬成スイーツで、大好きな家族が幸せになってくれることを願って。
……健康で、いつも、いつまでも幸せでありますように。
そして、手元に1つ残った蒸しパンケーキを、ミミリは【マジックバッグ】へと収納した。
【月幸一夜(げっこういちや)の蒸しパンケーキ 幸せの味 体力・MP回復(大) 特殊効果:朧月夜を想わせる丸く黄色いパンケーキのあまりの美味しさで食べたものを幸運へ導く】
この蒸しパンケーキは、また会おうね、と言い残して朧月夜に消えていった、あの灰色の仔猫の分として。
見習い錬金術士ミミリと朧月夜の錬成スイーツ うさみち @usami-chi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます