しなばれかわ
平 遊
しなばれかわ
彼のことが大好きだったから。
だからあたしは、不安で不安でしかたなかった。
彼から求められて始まった付き合いだったけど、今ではどうだろう?
きっと、あたしの方が、彼を好きなんだと思う。
最近。
彼があまり笑わなくなった。
彼があまり話さなくなった。
あたしを見て、目を逸らすようになった。
あたしたち、もう、終わりなのかな。
いつの頃からか、そんな言葉がずっと、胸の奥にひっかかって。
聞きたい。
でも。
聞けない。
喉に刺さって抜けない魚の小骨のように、胸に小さな痛みを与え続けていた。
「じゃあね。おやすみ」
今日も彼は、家の前まであたしを送ってくれた。
いつも、そう。
ずっと、そう。
少しでも長く一緒にいたいから。
独りでいると危ないから。
そう言って、彼は必ず、あたしを家の前まで送ってくれる。
でも。
最近、ないよね。
『またね』
の言葉。
これが最後なの?って、いつも不安を押し殺して、最近のあたしは彼の背中を見送ってたんだ。
さんざん迷って。
さんざん悩んで。
遂にあたしは、彼にメッセージを送った。
『あたしと、別れたいんでしょ?』
彼からの返信を待つ時間が、凍りついてしまったかのようで、ひどく長く感じられた。
やがて受信したメッセージを、祈るような思いで確認する。
『いつの日か
たとえ
烈火のごとき怒りで
顔を真っ赤にしても
わかり合えるはず』
…えーっと?
彼からの返信の意味が分からなさすぎて、あたしは暫く考え込んだ。
別にあたし、怒ってるわけじゃないんだけどね?
それに、なによ。
烈火のごとき怒りって。
あたしそんな、怒りんぼじゃないわよ、失礼ね!
おまけに、なによ、これ?
ポエムのつもり?!
「ぜんぜん、わからないんですけどっ!!」
スマホ画面に向かって思わず叫んだ時。
【既読】になったまま何の連絡も来ない事を心配したのか、彼から電話が掛かってきた。
“もしも…”
「なによこれっ?!」
彼の言葉を遮って、メッセージの意味を問う。
当たり前じゃない!
あたしがどれだけ悩んで、あのメッセージを送ったと思ってるのよ!
“ちゃんと、見てくれた?”
「読んだわよ!」
“違うよ”
あたしの神経を逆撫でするかのように、彼が小さく笑う。
“ちゃんと、見て”
「だから読んだってば!」
“読まないでいいから”
「…は?」
イラついたあたしの心にできた、一瞬の空白。
…読まないで、見る?
どーゆーこと?
“簡単な暗号だよ。最初の文字を繋げてみて”
言われた通り、あたしは彼からのメッセージの最初の文字を繋げてみた。
【いたれかわ】
なんのこっちゃわからない文字の並び。
再びイラつくあたしに、彼が続ける。
“逆に読んで”
またまた、彼に言われた通りに、逆から読んだあたしはー。
「やっぱり…」
急すぎて、我慢できずに溢れてきた涙を拭うこともできなかった。
ひどい。
ひどすぎる。
わざわざ別れ話に、こんな手の込んだことするなんて。
そのまま通話を切ろうとした時。
“ねぇっ、ちゃんと分かってる?!”
スマホから聞こえる、珍しく焦ったような彼の声。
これが最後だろうからと、通話を切らずに黙っていると。
“逆に、書いたんだからねっ?!”
再び彼の声が聞こえた。
知ってるよ。
さっき自分で言ったじゃない。
逆に読んでって。
そう思ったけど、どうしても口を開く気にはならず、あたしはやはり黙ったままでいた。
すると。
“【わかれたい】の逆だよ?!ちゃんと、分かってる?!”
ドン底に沈んだあたしの心に再びできた、一瞬の空白。
別れたい、の、逆?
…それって…?!
少しずつ少しずつ、心に光が戻ってくる感じ。
冷え切った手先に、血が通い始める感じ。
それって、それってっ?!
“別れたいわけ、ないでしょ”
穏やかに響く彼の声が、またあたしの涙腺を崩壊させる。
「だって…だって…」
“素のままの僕を好きでいてくれるキミが、僕は大好きなんだから。前よりも、ずっと。好きすぎて、たまに照れくさくてまともに見られないくらい”
ばか…
何度もつぶやきながら、あたしは久しぶりにわんわん泣いた。
今まで抱えていた不安が、嬉しさで全部洗い流されてゆく。
後日。
なんでわざわざあんな手の込んだ返事をしたのかと問えば。
「ちょっと頭にきたから。こんなこと聞いてくるなんて、って。だから、少しは反省してもらおうかと思ったんだ」
だって。
分かりにくい愛情表現するのが悪いんでしょっ!
とも思ったけど。
まぁ、いっか。
結果オーライ。
どう?
これがあたしたちの【しなばれかわ】だよ。
ふふふ(笑)
【終】
しなばれかわ 平 遊 @taira_yuu
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